カルボン酸基をもつトリポッド型分子3CATAT-C3の開発
京都大学化学研究所 若宮淳志 教授、チョン ミンアン (TRUONG, Minh Anh) 助教らの研究グループは、山田琢允 同特定助教、金光義彦 同特任教授、千葉大学 吉田弘幸 教授、東レリサーチセンター 浅原千鶴 博士らとの共同研究成果として、ペロブスカイト太陽電池において、ペロブスカイト層から効率的に正孔を取り出す単分子膜材料として、カルボン酸基をもつトリポッド型分子(3CATAT-C3)を開発しました。従来の正孔回収単分子膜材料に比べて、3CATAT-C3の単分子膜は濡れ性が高く、その上にペロブスカイト層を容易に均一に塗布成膜することが可能になりました。また、この3CATAT-C3はペロブスカイト前駆体溶液に混ぜ込んで同時に成膜する「共堆積法」でも高性能なペロブスカイト太陽電池を作製でき、23.1%の光電変換効率を達成するとともに、高い耐久性を実現しました。この光吸収層と共堆積可能な正孔回収単分子膜材料の開発により、ペロブスカイト太陽電池の製造工程数が削減でき、製造の低コスト化も可能になります。
ABX3型(A: 1価の陽イオン、B: 2価の陽イオン、X: ハロゲン化物イオン)のペロブスカイト半導体を光吸収材料に用いたペロブスカイト太陽電池が、材料の塗布で作製できる次世代の高性能太陽電池として注目されています。ペロブスカイト太陽電池の実用化に向けては、高い光電変換効率の実現とデバイスの耐久性の向上とともに製造の低コスト化が求められています。
これまで、ペロブスカイト太陽電池の光電変換効率は、主にペロブスカイト層の作製法の改良により、向上してきました。さらに特性を向上するためには、ペロブスカイト層で光吸収により生成した電荷(正孔と電子)を選択的に取り出す電荷回収材料の開発が重要な課題となっています。特に正孔回収材料については、世界的に活発に開発研究が行われているにもかかわらず、従来の高分子材料であるポリトリアリールアミンなどを超える性能を示す材料が限られているのが現状です。従来の材料では、各層間での電荷のもれを防ぐために100–200 nm 程度のアモルファス性の厚い膜として用いられてきました。しかし、この材料自体が厚いため光を吸収してしまい、ペロブスカイト層に届く光が減少し、取り出せる電流密度が低下してしまいます。また、この厚膜材料のモルフォロジーの安定性がデバイス自体の熱安定性を低下させてしまう原因となっています。さらに、一般的に有機半導体の厚膜材料では電気伝導度が比較的低いため、p 型のドーパントやイオン性の添加剤が必要となります。しかし、これらの添加剤の高い吸湿性と各イオンのペロブスカイト層への遊泳が、ペロブスカイト層や電極などを劣化させ、太陽電池デバイスの耐久性を低下させてしまうという問題となっています。ペロブスカイト太陽電池の特性と耐久性を向上させるためには、これらの視点から、優れた添加剤フリーの正孔回収材料の開発が重要となります。
近年、Getautisらによってホスホン酸アンカー基を導入したカルバゾール誘導体をITO基板などの透明導電酸化物膜に吸着させ、単分子膜を正孔回収層として用いることで、優れた効率と安定性を示すペロブスカイト太陽電池が得られることが報告されています1,2)。当研究室では、多脚型分子という独自の分子設計コンセプトを提唱し、トリアザトルキセンの平面骨格に三つのアルキルホスホン酸基を導入したトリポッド型単分子膜材料(3PATAT-C3)3),(注1)やテトラポッド型分子(4PATTI-C3)4),(注2)を開発しています。これらの分子をペロブスカイト太陽電池の正孔回収単分子膜材料として用いることで、高い光電変換効率と優れた安定性を示すペロブスカイト太陽電池が得られることを実証しました。しかし、トリポッド型のPATAT誘導体ではアンカー基がすべて透明電極基板に吸着するため、正孔の回収効率は高いのですが、単分子膜の表面が疎水的になり濡れ性が悪く、ペロブスカイト材料の極性溶液を塗る際に彈きが生じるため、大面積で高品質なペロブスカイト層の作製が容易でないことが課題となっていました。単分子膜に基板の上向きにも張り出した極性官能基をもたせることができれば、ペロブスカイト層の塗布がより簡単になり、大面積で高性能なペロブスカイト太陽電池の作製が可能になるものと期待されます。
また、ペロブスカイト太陽電池の製造過程では、電荷回収層とペロブスカイト層を別々に作製する積層塗布法が一般的ですが、ペロブスカイト太陽電池の実用化には低コスト化のために製造工程数の低減が求められています。最近、従来のモノポッド型正孔回収単分子膜材料(Me-4PACz)を用いて、ペロブスカイト前駆体溶液に混ぜ込んで透明電極基板上に塗布成膜することでも、高性能なペロブスカイト太陽電池が作製できる例が報告されています5)。しかしこのような共堆積法では、塗布成膜過程で、「正孔回収分子がどのように透明電極とペロブスカイト層の間の界面に自発的に偏在して正孔回収層を形成するのか」といったメカニズムは未解明のままとなっていました。そこで本研究では、ホスホン酸基をもつ3PATAT-C3より弱い吸着基としてカルボン酸基を導入したトリポッド型正孔回収単分子膜材料(3CATAT-C3)を新たに開発しました。実際にこれらを用いた太陽電池を共堆積法で作製し、これまでに開発した3PATAT-C3を用いた場合と特性を評価することで、アンカー基の効果を明らかにし、共堆積法のメカニズムを解明することに成功しました。
まず、標的分子として、トリアザトリキセン骨格(TAT)に、アンカーとしてホスホン酸基より金属酸化物への吸着力が弱いアルキルカルボン酸基(CA)を三つ導入したトリポッド型3CATAT-C3を合成しました。
合成した3CATAT-C3のDMF溶液を用いて、ディップコート法で金属酸化物(ITO)上に単分子膜を作製しました。得られた膜に対して、サイクリックボルタンメトリー測定により分子の吸着量を評価したところ、3CATAT-C3の吸着量は1.01×1013分子 cm–2と、我々が以前報告したホスホン酸基をもつ3PATAT-C3(1.07×1013 分子 cm–2)と同様に単分子膜を形成することを確認しました。次に、これらの単分子膜上での水の接触角度を測定した結果、3PATAT-C3膜では75°と疎水的であったのに対して、3CATAT-C3膜では33°と親水性の向上とともに極性溶液の濡れ性が向上することがわかりました (図1)。これは、ホスホン酸基よりカルボン酸基の吸着力が弱いため、3CATAT-C3の場合では透明電極に吸着するアンカー基に加えて、基板の上側(ペロブスカイト層側)に張り出す親水性のアンカー基が存在することに起因するものと考えられます。
共堆積法のメカニズムを解明するために、まず、3CATAT-C3や3PATAT-C3をペロブスカイト材料の溶液に混ぜ込んだ共堆積法で作製した薄膜に対して、トリアザトリキセン骨格の指標となるC24H12N3–の空間分布を飛行時間型二次イオン質量分析法 (ToF-SIMS) で観測しました。その結果、いずれの分子も主にITO/ペロブスカイト界面に存在するものの、ペロブスカイト内部(最表面から250 nm程度の深さの領域)ではホスホン酸基をもつ3PATAT-C3がカルボン酸をもつ3CATAT-C3より2から5倍程度多く分布することがわかりました (図2)。このことは、アンカー基の種類の違いが、正孔回収分子のペロブスカイト膜中の空間分布に影響を与えることを示唆しています。
そこで、共堆積法での前駆体溶液(インク)のモデルとして、3CATAT-C3や3PATAT-C3に対してペロブスカイト前駆体組成のPbI2(3当量)を混ぜたDMF-d7とDMSO-d6の混合溶液を作製し、これらに対して、NMRを用いて拡散整列分光(DOSY)を測定しました。その結果、カルボン酸をもつ3CATAT-C3の拡散係数は3.01×10–10 m2 s–1であり、ホスホン酸基をもつ3PATAT-C3(2.53×10–10 m2 s–1)より大きいとわかりました。このことから、共堆積法でのインクの塗布成膜過程において、PbI2などペロブスカイト半導体の前駆体と相互作用がより弱いカルボン酸基をもつ分子(3CATAT-C3)の方が拡散が速く、ペロブスカイト半導体膜の形成と競合する際に、より選択的にITO基板上(ペロブスカイト膜の下側)に吸着しやすくなることすることがわかりました。
最後に、アンカー基の違いがどのようにペロブスカイト太陽電池の特性に影響を及ぼすかを検討するために、3CATAT-C3や3PATAT-C3を用いた共堆積法で逆型ペロブスカイト太陽電池デバイス(ITO/3CATAT-C3 or 3PATAT-C3 + perovskite/EDAI2/C60/BCP/Ag)を作製し、特性評価を行いました。3PATAT-C3を用いた場合では光電変換効率が17.3%にとどまりましたが、3CATAT-C3を用いると、ペロブスカイトの内部での再結合が抑制され、光電変換効率が20.8%まで大幅に向上することがわかりました。さらに、ITO基板側の光マネジメントを最適化することで、23.1%もの高い光電変換効率を示すこともわかりました。また、得られた太陽電池は不活性ガス雰囲気下での保管で8000 時間以上初期性能を維持する高い安定性を示しました。
本研究は、共堆積法においてマルチポッド型構造をもつ正孔回収分子が選択的にITO基板上に吸着するメカニズムを解明するとともに、それを可能にする単分子正孔回収材料の分子設計指針を示すものであります。アンカー骨格の工夫により、共堆積法で高性能なペロブスカイト太陽電池が作製可能なマルチポッド型の単分子正孔回収材料が開発できることを実証し、製造コスト低減への有用なアプローチになることを示しました。本研究成果は、ペロブスカイト太陽電池の開発分野に大きなインパクトをもたらすとともに、その実用化を大きく加速できるものと期待できます。得られた研究成果は、京大発ベンチャー「(株)エネコートテクノロジーズ」(注3)にも技術移転し、ペロブスカイト太陽電池の実用化に向けた開発研究を展開していく予定です。
注釈
- 注1:京都大学 プレス発表 「多脚型分子PATATの開発:単分子層でペロブスカイト太陽電池を高性能化―23%の光電変換効率と高耐久性を達成―」、2023年3月27日
https://www.nrel.gov/pv/cell-efficiency.html
https://www.kuicr.kyoto-u.ac.jp/sites/topics/230327/ - 注2:京都大学 プレス発表 「ペロブスカイト太陽電池の高性能化に向けた濡れ性の高いテトラポッド型正孔回収単分子膜材料PATTIの開発」、2024年8月9日
https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2024-08-09
https://www.kuicr.kyoto-u.ac.jp/sites/topics/240809/ - 注3:株式会社エネコートテクノロジーズ:京都大学化学研究所でのペロブスカイト太陽電池の研究成果をもとに、京都大学発のベンチャーとして、2018年1月に設立。代表取締役 加藤尚哉氏。
https://www.enecoat.com/
参考文献
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- 未来社会創造事業 「地球規模課題である低炭素社会の実現」領域(国立研究開発法人科学技術振興機構)
「『ゲームチェンジングテクノロジー』による低炭素社会の実現(探索加速型)」
研究課題名:「SnからなるPbフリーペロブスカイト太陽電池の開発」
研究代表者:若宮淳志(京都大学化学研究所 教授)
研究期間: 令和4年度〜令和8年度 - 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)
「太陽光発電主力電源化技術開発/太陽光発電の新市場創造技術開発」
研究課題名:「高自由度設計フィルム型ペロブスカイト太陽電池の基盤技術研究開発」
研究代表者:若宮淳志(京都大学化学研究所 教授)
研究期間:令和2年度〜令和6年度 - 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)
「グリーンイノベーション基金事業/次世代型太陽電池の開発」
研究課題名:「設置自由度の高いペロブスカイト太陽電池の実用化技術開発」
研究代表者:若宮淳志(京都大学 化学研究所 教授)
研究期間:令和3年度〜令和7年度 - 科学研究費助成事業 基盤研究A(独立行政法人日本学術振興会)
研究課題名:「Sn系ペロブスカイト半導体の薄膜界面の電子・構造制御」
研究代表者:若宮淳志(京都大学化学研究所 教授)
研究期間:令和6年度〜令和8年度 - 科学研究費助成事業 基盤研究B(独立行政法人日本学術振興会)
研究課題名:「二元機能をもつ多脚型正孔回収単分子膜材料を用いたペロブスカイト太陽電池の高性能化」
研究代表者:チョンミンアン(京都大学化学研究所 助教)
研究期間:令和6年度〜令和8年度
カルボン酸基をもつトリポッド型分子3CATAT-C3の開発