所長挨拶
(元素科学国際研究センター 先端無機固体化学)教授
京都大学における最初の附置研究所として1926年(大正15年)に設立された化学研究所は、2年後の2026年に100周年を迎えます。私は、この長い歴史のある化学研究所の第36代の所長を拝命するにあたり、その担うべき責任を使命とし、化学研究所がこれまでに築き上げてきた伝統と多くの成果を引継ぎ、さらにその先の未来へ向けての一層の発展と進化を目指すために、微力ながら全力を尽くす所存です。
化学研究所は、「化学に関する特殊事項の学理及びその応用を究める」という設立時の理念を念頭に置きながら、常に時代の変革に柔軟かつ積極的に対応することにより、多様な先駆的・先端的な研究を展開してきました。100年に届こうとする時代の流れの中では科学技術の大きな進歩により人々の生活環境は激変し、目指すべき化学や社会から求められる化学も大きく変わってきました。そのなかで、化学研究所は研究者の内なる探求心と向上心を礎に、広い視点と外との連携を深めてきたことで、質の高い研究を発展させてきました。100年前に化学療法剤である化合物サルバルサンを作ることで始まった当時の化学研究所の研究ではフラスコとビーカーによる合成化学が中心であったと察します。それが現在では、原子・分子のレベルで物質・材料を設計して合成し、量子ビームやインフォマティックスを駆使した解析手法を発展させることで、化学・物理・生物・情報におよぶ広範なサイエンスを通して社会の発展に貢献しているのです。実際に化学研究所がこれまでに積み上げてきた知識と技術、現在有している多くの実験・解析装置、そして何よりも所内の有能な人材と国内外に広がるネットワークは、社会や産業のニーズにもさまざまな形で応えてきていると自負しています。
それでも昨今のAIを中心とする新たな科学技術の台頭や教育・研究機関としての大学を取り巻く環境や役割の急激な変化に対応するためには、研究のみならず研究所の運営においてもこれまで以上の知覚やセンスと判断力が問われています。そして、その判断を実行に移し、成果に導く情熱と努力が必要です。このような状況でまさに100年の節目を迎えるようとする化学研究所は、改めてその長い歴史と伝統を振り返り、次の100年の発展と進化へ向けての将来を議論する重要な位置にあると考えています。くしくも、国の大学政策と京都大学の将来構想も新しい仕組みである国際卓越研究大学へ向けて動き出しています。国際的なレベルで化学研究所のプレゼンスを一層高め、さらに世界で活躍する次世代の若手人材を育成することが重点的に取り組むべき課題であると考えています。豊かな未来を支えるための新しい大学と研究所の将来像を、研究所内外との連携を含めて描き出していきたいと思っています。
新型コロナ感染症はWHOの緊急事態宣言終了の発表もあり、日々の生活はパンデミックの終息を思わせます。多くの活動がパンデミック前の状態への復活と同時に、4年余りの困難な環境下で生み出されてきたさまざまな様式を採用するという新しい時代に入りました。化学研究所の研究活動もまさに混乱期を終えた新時代への飛躍を迎えています。しかし、真に大切なことは、社会を支え、未来を豊かにする技術革新は、常にしっかりとした基礎研究の成果の上に成り立つということを忘れるべきではありません。まさに設立理念である「学理を究める」を改めて認識して未来に向かいたいと思っています。
この4月からは栗原達夫、寺西利治の両副所長、小野輝男国際共同研究ステーション長と共に新しい運営体制の下、研究と研究所の一層の発展と進化を目指していく所存です。教職員・学生が一体となり、素晴らしい未来を築いていくことを楽しんでいきたいと思っています。今後とも皆様のご理解とご支援を賜りますようよろしくお願い申し上げます。
2024年4月