多脚型分子PATATの開発: 単分子層でペロブスカイト太陽電池を高性能化 ―23%の光電変換効率と高耐久性を達成―

本研究成果は、2023年3月23日(現地時刻)に米国化学会誌「J. Am. Chem. Soc.」にオンライン掲載されました。 

 京都大学化学研究所 若宮淳志 教授、チョン ミンアン 助教らの研究グループは、山田琢允 同特定助教、金光義彦 同教授、塩谷暢貴 同助教、長谷川 健 同教授、菅 大介 同准教授、島川裕一 同教授、千葉大学の吉田弘幸 教授、九州大学の飯久保 智 教授、辻 雄太 同准教授、北海道大学の鈴木孝紀 教授らとの共同研究成果として、ペロブスカイト太陽電池の高性能化を可能にする三脚型の正孔回収単分子材料(Phosphonic acid functionalized triazatruxene, PATAT)を開発しました。𝜋共役骨格に基板への吸着基(アンカー基)を複数個導入したPATATは、透明電極基板上に溶液として塗ることで、分子の𝜋共役骨格平面が水平方向に「パタっ」と寝た構造の単分子膜を形成することを、先端分光法による測定と理論計算結果により明らかにしました。この水平配向したPATATの単分子層はペロブスカイト層から効率的に正孔を取り出すことを可能にし、これを用いたペロブスカイト太陽電池で23%の光電変換効率を達成しました。また、本デバイスは高い耐久性も発現し、窒素ガス雰囲気下での保管で >2000時間、および100時間の連続光照射後でも安定に95%以上の出力を保持することも確認しました。

 
 
 
1. 背景
 ABX3型(A: 1価の陽イオン、B: 2価の陽イオン、X: ハロゲン化物イオン)のペロブスカイト半導体を光吸収材料に用いたペロブスカイト太陽電池が塗布法で作製できる次世代の高性能太陽電池として注目されています。これまでは、主に、発電層のペロブスカイト半導体薄膜の高品質化により、光電変換効率が向上してきました。その一方で、光吸収によりペロブスカイト層で生成した電荷(正孔と電子)を選択的に取り出す電荷回収材料の開発がさらなる特性向上のためのボトルネック課題となっています。特に正孔回収材料については、世界的に活発な開発研究が行われているにもかかわらず、ポリトリアリールアミン(PTAA)などの従来の p 型半導体材料を超える性能を示す材料がほとんどないのが現状です。従来の材料は、各層間での電荷の漏れ(リーク)を防ぐために100–200 nm 程度のアモルファス性の厚膜層として用いられてきました。しかし、厚い膜として用いることで、材料自体の光吸収によりペロブスカイト層に届く光が減るため、発電で得られる電流密度が低下し、また、この厚膜の熱安定性(モルフォルジーの安定性)がデバイス自体の熱安定性の低下の原因となっています。さらに、従来の厚膜層では、有機系半導体材料の比較的低い電気伝導を向上させるために p 型のドーパントやイオン性の添加剤を必要とします。しかし、これらの添加剤は高い吸湿性をもち、また、各イオンがペロブスカイト層や電極へ拡散してしまうため、太陽電池デバイスの耐久性が低下してしまうことが知られています。これらの観点から、ペロブスカイト太陽電池の特性と耐久性を向上させるためには、添加剤フリーで機能する優れた正孔回収材料の開発が求められています。
   近年、リトアニアのGetautisらは、カルバゾール誘導体にアルキルホスホン酸をアンカー基として導入し、透明導電酸化物膜に吸着させ、この単分子膜を正孔回収層として用いることで、比較的良好な光電変換効率と高い安定性を示すペロブスカイト太陽電池が得られることを報告しています1-2)。その後、単分子層として用いる材料の開発が注目されつつありますが、これまでは𝜋共役骨格に吸着基(アンカー基)を一つ導入した一脚型の分子に限られ、この場合、𝜋共役平面は透明導電性基板に対して「立った」構造(垂直配向)になっているものと考えられています。基板に分子が「寝た」水平配向で単分子膜を形成することができれば、ペロブスカイト層と単分子膜材料との軌道の重なりが大きくなり、さらに電荷の取り出し効率を向上でき、より高性能なペロブスカイト太陽電池が実現できるものと期待されます。
 
2. 研究手法・成果
 そこで本研究では、p型の𝜋共役骨格平面に複数個のアンカー基を導入した「多脚型分子」を設計することで、基板とペロブスカイト層に対して分子が水平配向(寝た)した正孔回収単分子膜材料が開発できるものと考えました。実際に一連のモデル化合物(PATAT)を合成し、これらが単分子膜としてどのように分子配向し、それが太陽電池特性の向上に及ぼす効果について明らかにしました。
   まず、複数個のアンカー基を導入できる𝜋共役骨格として、ベンゼン環に三つのインドール骨格が縮環した平面な構造をもつトリアザトリキセン骨格(TAT)に着目し、アンカーとしてアルキルホスホン酸基(PA)を三つ導入した三脚型3PATAT-C3を設計・合成しました。比較化合物として、アンカー基を一つ導入した一脚型1PATAT-C3および二つ導入した二脚型2PATAT-C3も合成しました。
 

図1 :
多脚型分子として合成した一連のモデル化合物(PATAT)。
 
   合成した一連のPATAT誘導体のDMF溶液を金属酸化物(ITO)上にスピンコートで塗布成膜することでPATAT誘導体の薄膜を作製しました。水の接触角度を測定した結果、何も塗っていないITO基板では8° の接触角を示したのに対して、PATATを塗った基板では、アンカー基の数に関わらず、いずれも75° 程度の接触角を示すことが分かりました。このことは、ITO基板表面が疎水的に改質され、PATAT分子のホスホン酸基が基板に吸着していることを示唆しています。
   つぎに、基板上でのPATAT分子の吸着様式について詳細に調べました。3PATAT-C3の粉末と金属酸化物に吸着した膜に対して、赤外線反射吸収分光測定を行ったところ、粉末状態に比べて吸着膜ではP–O–H伸縮振動に対応するピーク(1157、 1146および 945 cm–1)とP=O伸縮振動に対応するピーク(1234 cm–1)の比が大きく減少し、3PATAT-C3はほぼ全てのホスホン酸アンカー基が金属酸化物表面に二座の様式で化学吸着していることが分かりました。また、紫外光電子分光法(UPS)と準安定原子電子分光法(MAES)を用いることで、基板上での分子の配向様式を明らかにすることができました。サンプルの最表面のみの電子情報が得られるMAESスペクトルでは、数ナノメートル程度の膜自体の電子情報が得られるUPSスペクトルと比較すると、3PATAT-C3の𝜋軌道に由来するピークが顕著に観測され、また、σ軌道に由来するピークの寄与が小さくなることが分かりました。この結果から、単分子膜では、三脚型3PATAT-C3分子が水平に配向していることが明らかになりました。
   さらに、PATAT分子を吸着させたITO基板を作用電極として用いて、サイクリックボルタンメトリー測定を行った結果、三脚型3PATAT-C3の吸着量(1.0 ×1013 分子 / cm–2)が一脚型1PATAT-C3(6.6 ×1012 分子 / cm–2)および二脚型2PATAT-C3(5.7 ×1012 分子 / cm–2)より多く、基板上により密に吸着していることがわかりました。
 

図2 :
本研究の分子設計コンセプトと三脚型分子PATATの構造。
 
   実際に、一連のPATAT単分子膜を正孔回収層として用いてペロブスカイト太陽電池デバイス(FTO/PATAT/perovskite/EDAI2/C60/BCP/Ag)を作製し、特性を評価すると、いずれの場合も21%以上の光電変換効率が得られました。特に、水平配向の三脚型3PATAT-C3を用いたデバイスでは、垂直配向の一脚型1PATAT-C3や部分的な水平配向の二脚型2PATAT-C3を用いたデバイスと比べて、ペロブスカイト界面での再結合がより抑制され、正孔回収効率が向上することが明らかになりました。その結果、3PATAT-C3を用いたデバイスは最高で23%の効率を示すことがわかりました。また、得られた太陽電池は高い耐久性を示し、不活性ガス雰囲気下で保管したデバイスは、2000時間後でも初期とほぼ同様の特性を保持し、連続光照射条件下でも、100 時間でも95%の特性を保持しました。 
 
3. 波及効果、今後の予定
 本研究成果は多脚型構造をもつ正孔回収性分子の有用性を実証するものであり、23%を超える光電変換効率と高い耐久性を併せもつデバイスが開発できたことは、本太陽電池の開発分野に多大なインパクトをもたらすとともに、その実用化を大きく加速できるものと期待できます。本研究成果は、京大発ベンチャー「(株)エネコートテクノロジーズ」注1)にも技術移転し、高性能のペロブスカイト太陽電池の実用化に向けた開発研究を展開していく予定です。

注1) 株式会社エネコートテクノロジーズ:京都大学化学研究所でのペロブスカイト太陽電池の研究成果をもとに、京都大学発のベンチャーとして、2018年1月に設立。代表取締役 加藤尚哉氏。 https://www.enecoat.com/

参考文献
1) A. Magomedov, A. Al-Ashouri, E. Kasparavičius, S. Strazdaite, G. Niaura, M. Jošt, T. Malinauskas, S. Albrecht, V. Getautis, Adv. Energy Mater. 2018, 15, 1870139.

2) A. Al-Ashouri, E. Köhnen, B. Li, A. Magomedov, H. Hempel, P. Caprioglio, J. A. Márquez, A. B. M. Vilches, E. Kasparavičius, J. A. Smith, N. Phung, D. Menzel, M. Grischek, L. Kegelmann, D. Skroblin, C. Gollwitzer, T. Malinaukas, M. Jošt, G. Matič, B. Rech, R. Schlatmann, M. Topič, L. Korte, A. Abate, B. Stannowski, D. Neher, M. Stolterfoht, T. Unold, V. Getautis, S. Albrecht, Science 2020, 370, 1300.

 
4. 研究プロジェクトについて
(1) 未来社会創造事業 「地球規模課題である低炭素社会の実現」領域((国立研究開発法人科学技術振興機構)
「ゲームチェンジングテクノロジー」による低炭素社会の実現(探索加速型)」
研究課題名:「SnからなるPbフリーペロブスカイト太陽電池の開発」
研究代表者:若宮 淳志(京都大学 化学研究所 教授)
研究期間: 令和4年度〜令和8年度
(2) 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)
「太陽光発電主力電源化技術開発/太陽光発電の新市場創造技術開発」 研究課題名:「高自由度設計フィルム型ペロブスカイト太陽電池の基盤技術研究開発」
研究代表者:若宮 淳志(京都大学 化学研究所 教授)
研究期間:令和2年度〜令和6年度
(3) 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)
「グリーンイノベーション基金事業/次世代型太陽電池の開発」 研究課題名:「設置自由度の高いペロブスカイト太陽電池の実用化技術開発」
研究代表者:若宮 淳志(京都大学 化学研究所 教授)
研究期間:令和3年度〜令和7年度
(4)科学研究費助成事業 基盤研究A(独立行政法人 日本学術振興会)
研究課題名:「鉛フリー型ペロブスカイト太陽電池の高性能化のための基礎化学研究」
研究代表者:若宮 淳志(京都大学 化学研究所 教授)
研究期間:令和3年度〜令和5年度
(5)科学研究費助成事業 研究活動スタート支援(独立行政法人 日本学術振興会)
研究課題名:「独自の電荷回収層材料の開発によるスズ系ペロブスカイト太陽電池の高性能化」
研究代表者:チョン ミンアン(京都大学 化学研究所 助教)
研究期間:令和2年度〜令和3年度
(6)科学研究費助成事業 若手研究(独立行政法人 日本学術振興会)
研究課題名:「マルチポッド型単分子膜材料を正孔回収層に用いたペロブスカイト太陽電池の高性能化」
研究代表者:チョン ミンアン(京都大学 化学研究所 助教)
研究期間:令和4年度〜令和5年度