ペロブスカイト太陽電池の高性能化に向けた濡れ性の高いテトラポッド型正孔回収単分子膜材料PATTIの開発

本研究は、2024年8月8日にドイツ化学会誌「Angewandte Chemie International Edition」にオンライン掲載されました。 

 京都大学化学研究所 若宮淳志 教授、チョンミンアン 助教らの研究グループは、山田琢允 同特定助教、金光義彦 同特任教授、九州大学 飯久保智 教授らとの共同研究成果として、ペロブスカイト太陽電池において、ペロブスカイト層から効率的に正孔を取り出すテトラポッド型正孔回収単分子膜材料(4PATTI-C3)を開発しました。4PATTI-C3の溶液から透明電極にスピンコートすることで、従来の単分子膜材料と違って、ペロブスカイト前駆体溶液に対して濡れ性の高い単分子膜が得られることを明らかにしました。このテトラポッド型4PATTI-C3の単分子層を正孔回収層に用いた逆型ペロブスカイト太陽電池のミニセル(0.1cm2)およびミニモジュール(1.62cm2)でそれぞれ21.7%および21.4%の光電変換効率を達成するとともに、100時間の連続光照射後でも97%以上の出力を保つ高い耐久性を実現しました。

 
概要図 : 本研究の分子デザインコンセプト:テトラポッド型4PATTI-C3の分子構造
 
1. 背景
 ABX3型(A:1価の陽イオン、B:2価の陽イオン、X:ハロゲン化物イオン)のペロブスカイト半導体を光吸収材料に用いたペロブスカイト太陽電池が塗布法で作製できる次世代の高性能太陽電池として注目されています。ペロブスカイト太陽電池の実用化に向けては、高い光電変換効率の実現とデバイスの耐久性の向上が求められています。
 これまで、主に、ペロブスカイト層の作製法の改良により、光電変換効率が向上してきました。その一方で、ペロブスカイト層で光吸収により生成した電荷(正孔と電子)を選択的に取り出す電荷回収材料の開発がさらなる特性向上のためのボトルネック課題となっています。特に正孔回収材料については、世界的に活発に開発研究が行われているにもかかわらず、従来の高分子材料であるポリトリアリールアミンなどを超える性能を示す材料がほとんどないのが現状です。従来の材料では、各層間での電荷のもれを防ぐために100–200nm 程度のアモルファス性の厚い膜として用いられてきました。しかし、この材料自体が厚いため光を吸収してしまい、ペロブスカイト層に届く光が減少し、取り出せる電流密度が低下してしまいます。また、この厚膜のモルフォロジーの安定性がデバイス自体の低い熱安定性の原因となっています。さらに、一般的に有機半導体の厚膜材料では電気伝導度が比較的低いため、p型のドーパントやイオン性の添加剤を必要とします。しかし、これらの添加剤の高い吸湿性と各イオンのペロブスカイト層への遊泳が、ペロブスカイト層や電極などへのダメージとなり、太陽電池デバイスの耐久性を低下させてしまうという問題がありました。ペロブスカイト太陽電池の特性と耐久性を向上させるためには、これらの視点から、優れた添加剤フリーの正孔回収材料の開発が重要となります。
 近年、Getautisらによってホスホン酸アンカー基を導入したカルバゾール誘導体を透明導電酸化物膜に吸着させ、単分子膜を正孔回収層として用いることで、優れた効率と安定性を示すペロブスカイト太陽電池が得られることが報告されました(参考文献 12。当研究室では、独自の多脚型分子という分子設計コンセプトを提唱し、トリアザトルキセンの平面骨格に三つのアルキルホスホン酸基を導入したトリポッド型単分子膜材料(3PATAT-C3)を開発しています(参考文献 3。この分子をペロブスカイト太陽電池の正孔回収単分子材料として用いることで、高い光電変換効率と優れた安定性を示すペロブスカイト太陽電池が得られることを実証しました。しかし、PATAT誘導体ではアンカー基がすべて透明電極基板に吸着されるため、正孔の回収効率は高いのですが、単分子膜の表面が疎水的になり、ペロブスカイト材料の極性溶液を塗る際に弾きが生じるため、大面積で高品質なペロブスカイト層の作製が容易でないことが課題となっています。ペロブスカイト層と単分子膜材料との間の親和性を向上させるために、単分子膜分子の骨格に、上向きに張り出した極性官能基を導入することができれば、ペロブスカイト層との密な相互作用を実現することが可能になり、大面積でも高品質なペロブスカイト層の作製が可能になるものと期待されます。
 
2. 研究手法・成果
 そこで本研究では、ペロブスカイト層に対して上向きに張り出した極性官能基をもつマルチポッド型正孔回収単分子膜材料(PATTI)を開発し、太陽電池特性への効果について明らかにしました。
 まず、π共役骨格として、サドル型を有するシクロオクタテトラエン骨格に四つのインドール骨格が縮環したシクロオクタテトラインドール骨格(TTI)に着目し、アンカーとしてアルキルホスホン酸基(PA)を四つ導入したテトラポッド型4PATTI-C3を設計および合成しました。比較化合物として、アンカー基の長さを炭素一個伸ばした4PATTI-C4も合成しました。
 合成したPATTI誘導体のDMF溶液を金属酸化物(ITO)上にスピンコートすることでPATTI誘導体の単分子膜を作製しました。まず、PATTI分子を吸着させたITO基板を作用電極として用いて、サイクリックボルタンメトリー測定を行った結果、テトラポッド型4PATTI-C3および4PATTI-C4の吸着量がそれぞれ9.63×1012と9.00×1012分子cm–2であり、我々が以前報告しているトリポッド型PATAT誘導体(1.04×1013分子cm–2)と同程度であることが確認できました。
 次に、これらの単分子膜上での水の接触角度を測定した結果、世界中に盛んに用いられているカルバゾール誘導体(2PACzMeO-2PACz、およびMe-4PACz)やπ共役骨格が平面構造をもつPATAT誘導体をITO基板に吸着させた膜では接触角が60°から80°までと疎水的であったのに対して、サドル型構造の4PATTI-C3では40°、4PATTI-C4では45°と親水性がどちらも向上することが明らかになりました(下図-a)。これは、COT骨格のサドル型構造に起因して、PATTI誘導体では透明電極に吸着した際に、期待通り、二つのホスホン酸基がITO基板に吸着し、残りの二つのホスホン酸基は、上部のペロブスカイト層側に張り出していることを示唆する結果です。実際、従来の単分子膜に比べても、ITO/PATTI誘導体膜の上には、均一性の高いペロブスカイト層を作製できることがわかりました(下図-b)。

 
図 : (a)ITO/単分子膜上での水の接触角度(b)ITO/単分子膜上に成膜したペロブスカイトの写真
 
 光電子収量分光測定を行い、4PATTI-C3の単分子膜のイオン化ポテンシャル(HOMO)は–5.44eV であることを確認しました。4PATTI-C3のHOMO準位とペロブスカイト材料の価電子帯 (VB) 準位の差がどのようにペロブスカイト太陽電池の特性に影響を及ぼすかを検討するために、VB準位が異なる2種類のペロブスカイト薄膜を用いて、一連のPATTI単分子膜を正孔回収層として用いたデバイス(FTO/PATTI/perovskite/EDAI2/C60/BCP/Ag)の作製及び特性評価を行いました。4PATTI-C3のHOMO準位に近いVB準位 (–5.58eV) をもつペロブスカイトを用いた場合では光電変換効率が19.3%にとどまりましたが、4PATTI-C3のHOMO準位より0.25eV深いVB 準位(–5.69eV)をもつペロブスカイトを用いると、4PATTI-C3/ペロブスカイトの界面での再結合が抑制され、光電変換効率が21.7%にまで大幅に向上することがわかりました。さらに、デバイスの面積が10倍大きくなったミニモジュールでも、デバイス特性の損失がなく、21.4%の光電変換効率を示すこともわかりました。また、得られた太陽電池は高い耐久性を示し、不活性ガス雰囲気下で、100時間連続光照射条件下で、97%の特性を保持しました。
 これらの実験結果をもとに、平面型のPATAT誘導体とサドル型のPATTI誘導体のITO基板上に吸着した構造特性と、ペロブスカイト太陽電池の特性を詳細に比較することで、優れた正孔単分子膜材料に求められる構造因子など、分子設計指針を提唱することができました。
 
3. 波及効果、今後の予定
 本研究成果ではマルチポッド型構造を用いた分子の有用性を実証することにより、本太陽電池の開発分野に多大なインパクトをもたらすとともに、その実用化を大きく加速できるものと期待できます。本研究成果は、京大発ベンチャー(株)エネコートテクノロジーズ(注1)にも技術移転し、高性能のペロブスカイト太陽電池の実用化に向けた開発研究を展開していく予定です。
 
注1) 株式会社エネコートテクノロジーズ:京都大学化学研究所でのペロブスカイト太陽電池の研究成果をもとに、京都大学発のベンチャーとして、2018年1月に設立。代表取締役 加藤尚哉氏。
 
4. 研究プロジェクトについて
(1) 未来社会創造事業 「地球規模課題である低炭素社会の実現」領域
(国立研究開発法人科学技術振興機構)

「ゲームチェンジングテクノロジー」による低炭素社会の実現(探索加速型)」
研究課題名:「SnからなるPbフリーペロブスカイト太陽電池の開発」
研究代表者:若宮 淳志(京都大学 化学研究所 教授)
研究期間: 令和4年度〜令和8年度

 

(2) 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)
「太陽光発電主力電源化技術開発/太陽光発電の新市場創造技術開発」
研究課題名:「高自由度設計フィルム型ペロブスカイト太陽電池の基盤技術研究開発」
研究代表者:若宮 淳志(京都大学 化学研究所 教授)
研究期間:令和2年度〜令和6年度

 

(3) 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)
「グリーンイノベーション基金事業/次世代型太陽電池の開発」
研究課題名:「設置自由度の高いペロブスカイト太陽電池の実用化技術開発」
研究代表者:若宮 淳志(京都大学 化学研究所 教授)
研究期間:令和3年度〜令和7年度

 

(4) 科学研究費助成事業 基盤研究A(独立行政法人 日本学術振興会)
研究課題名:「Sn系ペロブスカイト半導体の薄膜界面の電子・構造制御」
研究代表者:若宮 淳志(京都大学 化学研究所 教授)
研究期間:令和6年度〜令和8年度

 

(5) 科学研究費助成事業 基盤研究B(独立行政法人 日本学術振興会)
研究課題名:「二元機能をもつ多脚型正孔回収単分子膜材料を用いたペロブスカイト太陽電池の高性能化」
研究代表者:チョン ミンアン(京都大学 化学研究所 助教)
研究期間:令和6年度〜令和8年度

 
参考文献

1)A. Magomedov, A. Al-Ashouri, E. Kasparavičius, S. Strazdaite, G. Niaura, M. Jošt, T. Malinauskas, S. Albrecht, V. Getautis, Adv. Energy Mater. 2018, 15, 1870139.

 

2)A. Al-Ashouri, E. Köhnen, B. Li, A. Magomedov, H. Hempel, P. Caprioglio, J. A. Márquez, A. B. M. Vilches, E. Kasparavičius, J. A. Smith, N. Phung, D. Menzel, M. Grischek, L. Kegelmann, D. Skroblin, C. Gollwitzer, T. Malinaukas, M. Jošt, G. Matič, B. Rech, R. Schlatmann, M. Topič, L. Korte, A. Abate, B. Stannowski, D. Neher, M. Stolterfoht, T. Unold, V. Getautis, S. Albrecht, Science 2020, 370, 1300.

 

3)M. A. Truong, T. Funasaki, L. Ueberricke, W. Nojo, R. Murdey, T. Yamada, S. Hu, A. Akatsuka, N. Sekiguchi, S. Hira, L. Xie, T. Nakamura, N. Shioya, D. Kan, Y. Tsuji, S. Iikubo, H. Yoshida, Y. Shimakawa, T. Hasegawa, Y. Kanemitsu, T. Suzuki, A. Wakamiya, J. Am. Chem. Soc. 2023, 145, 7528.