光エネルギーでハロゲン化アルキルを温和な条件で合成 ―安価な有機分子の高付加価値化に成功―

本研究成果は、2024年2月1日にアメリカ化学会誌「Journal of the American Chemical Society」にオンライン掲載されました。 

 京都大学化学研究所 大宮寛久 教授、長尾一哲 助教、同大学大学院薬学研究科 渋谷将太郎 博士後期課程学生らの研究グループは、光エネルギーを用いて医薬品や機能性材料およびその合成中間体と知られているハロゲン化アルキルを温和な条件で合成することに成功しました。
 ハロゲン化アルキルは、医薬品や機能性材料として我々の暮らしを支えている有機分子の一つです。ハロゲン化アルキルを合成する方法として、アルケンにハロゲン化水素を付加させるヒドロハロゲン化反応が知られています。この反応では、ハロゲン化水素がアルケンをプロトン化し、生成したカルボカチオンハロゲン化物イオンが反応することでハロゲン化アルキルを与えます。ハロゲン化水素のもつ高い酸性度はアルケンのプロトン化に必須である一方で、酸性条件で分解してしまう官能基を共存させることができず、供給できるハロゲン化アルキルの骨格を制限していました。
 本研究では、アルケンからハロゲン化アルキルを温和な条件で合成する手法の開発に成功しました。光照射下、コバルト触媒、光酸化還元触媒と弱酸であるコリジンハロゲン化水素酸を活用することで、従来法とは異なる方法でアルケンに水素とハロゲン原子を導入しました。コリジンハロゲン化水素酸を変更することでフッ素からヨウ素まで網羅的に導入することができます。本研究により供給できるハロゲン化アルキルが拡張され、医薬品や機能性材料の迅速かつ高効率合成に繋がることが期待されます。

 
 

本研究の概要図 : 光エネルギーを用いたアルケンのヒドロハロゲン化反応

 
1. 背景
 ハロゲン化アルキルは、医薬品、生理活性天然物、有機高分子およびそれらの合成中間体として我々の暮らしを支えている有機分子の一つです(図1上)。ハロゲン化アルキルを合成する方法として、アルケンにハロゲン化水素を付加させるヒドロハロゲン化反応が知られています(図1下)。この反応は、ハロゲン化水素がアルケンをプロトン化し、生成したカルボカチオンとハロゲン化物イオンが反応することでハロゲン化アルキルを与えます。ハロゲン化水素のもつ高い酸性度はアルケンをプロトン化に必須である一方で、酸性条件で分解してしまう官能基を共存させることができず、供給できるハロゲン化アルキルの骨格を制限していました。
 

図1 :身の回りにあるハロゲン化アルキルと従来の合成法

 
2. 研究手法・成果
 本研究グループは、青色 LED照射下、光酸化還元触媒とコバルト触媒を組み合わせることで、弱酸であるコリジン臭化水素酸を用いたアルケンのヒドロ臭素化反応が進行することを見出しました(図2、ヒドロ臭素化の例)。本手法の成功の鍵は、光酸化還元触媒による一電子移動を、コバルト触媒を介した「プロトンの一電子還元」と「臭化物アニオンの一電子酸化」に活用することで、「水素原子(ラジカル)等価体」と「臭素原子(ラジカル)等価体」としてアルケンに導入したことです。アルケンをプロトン化する必要がないため、弱酸であるコリジン臭化水素酸を水素および臭素原子源として利用することができ、反応条件の温和化に成功しました。
 

図2 :本手法の反応機構(ヒドロ臭素化の例)

 

 本手法では、コリジン臭化水素酸が弱酸性であるため、強酸性条件で分解してしまう官能基がアルケン基質に含まれていても、官能基を損なうことなく臭化アルキルを与えました(図3左)。ロテノンをはじめとした医薬品や天然物に含まれるアルケンもヒドロ臭素化反応に適用できました。用いるコリジンハロゲン化水素酸のハロゲン原子を変更するだけで、フッ素化、塩素化、ヨウ素化に拡張することができ、幅広いハロゲン化アルキルを合成することが可能です(図3右)。本手法で使用するコリジンハロゲン化水素酸は安価なコリジンと対応するハロゲン化水素から容易に調製することが可能です。

 

図3 :本手法で合成できるハロゲン化アルキル化合物

 
3. 波及効果、今後の予定
 本研究では、光エネルギーと光酸化還元触媒/コバルト協働触媒を用いることで、弱酸であるコリジンハロゲン化水素酸を用いたアルケンのヒドロハロゲン化を実現しました。従来法よりも反応条件が温和になったことで、ハロゲン化アルキルの合成に必要であった保護・脱保護を省き、医薬品や機能性材料の迅速かつ高効率な合成に繋がることが期待されます。
 
4. 研究プロジェクトについて
 本研究は、JSPS科学研究費補助金「基盤研究A(JP21H04681)」、「学術変革領域研究A 炭素資源変換を革新するグリーン触媒科学(JP23H004912)」、「若手研究(JP21H04681)」「特別研究員奨励費(JP21J21380)」の支援を受けて実施されました。
 

●用語解説●

ハロゲン化アルキルアルカンが持つ水素が1個ハロゲンに置き換わった化合物。

 

アルケン炭素―炭素二重結合(C=C)を持つ有機化合物。

 

ハロゲン化水素水素とハロゲンの化合物。

 

カルボカチオン炭素原子上に正の電荷を持つ化学種のことを指す。

 

ハロゲン化物イオンハロゲン原子が電子を1個受け取って生じる陰イオン。

 

光酸化還元触媒光を吸収して生じた励起子が他の分子と一電子酸化および還元を起こす触媒。

 

コリジンハロゲン化水素酸コリジン(2,4,6-トリメチルピリジン)とハロゲン化水素が中和してできる塩。

 

ラジカル不対電子を持つ原子または分子。