一つの超短レーザーパルスでダイヤモンド量子センサ源を広領域で作製 ―超短時間でダイヤモンドを超高感度量子センサに―

本成果は、2023年3⽉14⽇に米国物理学協会(AIP)の国際学術誌「APL Photonics」にオンライン掲載され、更に論文はFeatured Article に選ばれました。 

 京都大学化学研究所 水落憲和 教授、東海大学 橋田昌樹 教授、京都大学化学研究所 時田茂樹 教授、藤原正規 同特定研究員、升野振一郎 同研究員らの研究グループは、一つの超短レーザーパルスをダイヤモンドに照射し、窒素-空孔(NV)中心をミリメートルレベルの広域で形成することに成功しました。
 ダイヤモンド中のNV中心を用いた量子センサは、高感度、高空間分解能を有することから注目されています。センサとして用いるNV中心の数を増やすほど感度が上がり、室温で超伝導量子干渉計並みの高感度を実現することが期待されています。これまでフェムト秒レベルの超短パルスレーザーを用いてNV中心を作製したという報告はありましたが、ダイヤモンドはグラファイト化しやすいため、フルーエンスを抑えて多数のパルスを照射し、且つNV作製領域はマイクロメートル程度が最大でした。今回、最適な条件を見出だし、一つのパルスでミリメートルレベルという従来の100倍以上の広域で形成することに成功しました。今回、一つのレーザーパルスのみで、高温アニール処理を施すことなく作製できた点は、レーザー光照射によるNV中心の生成機構を解明する点で学術的に重要です。また、応用の観点では、高感度量子センサを作製する簡便、高速な技術として注目されます。

 
 

図 :
ダイヤモンド基板にフェムト秒レーザーパルスを1回照射するだけで、NV中心をミリメートルサイズで形成することを実現。
 
1. 背景
 近年、超高感度センサや量子情報素子応用の観点からダイヤモンド中のNV中心が注目されています。センサの観点からは磁場、電場、温度、圧力などの高感度センサとしての応用が期待され、NV中心による量子センサは高空間分解能、且つ高感度を要求される細胞内計測、タンパク質物質の構造解析などの生命科学分野や、微細なデバイス評価装置用センサなどへの応用も期待されています。
 センサの感度は一度に計測するNV中心の数を増やすことにより、空間分解能は悪くなってしまいますが、さらに感度を飛躍的に高めることができます。原理的には、液体ヘリウムを用いないと動作できない超伝導量子干渉計の感度(フェムトテスラ)レベルや、気相中のガスを用いた光ポンピング磁力計の感度(フェムトテスラ)レベルに、固体でありながら室温でも到達することが期待できます。このため、心磁計、脳磁計などの医療機器を含め、極めて高い感度が要求される分野においても、幅広い応用が期待されます。
 現在、多量のNV中心作製には、高エネルギーの電子線を照射して空孔欠陥を生成し、その後に高温アニール処理を行ってNV中心を作製する技術があります。しかしこの方法では、メガエレクトロンボルトレベルの高いエネルギーを持つ電子線照射のための加速器や、照射に伴うX線などの放射線を防ぐ、大規模な施設が必要で、実施できる施設が世界でも限られています。他のNV中心作製技術としては、窒素イオン注入による技術もありますが、広い領域でのNV中心作製には限界があります。一方で、これまで超短パルスレーザーを用いてNV中心を作製する報告はありましたが、ダイヤモンドはグラファイト化しやすいためフルーエンスを抑えて多数のパルスを照射しており、NV中心が作製された領域はマイクロメートル程度が最大でした。
 
2. 研究手法・成果
 今回用いたフェムト秒レーザーは化学研究所先端ビームナノ科学センターで独自に開発された高強度短パルスレーザーです。パルスの時間幅は35フェムト秒, パルス1発のエネルギーは最大500 mJに達するため、十分なフルーエンスを維持しながら、従来よりも格段に大きなビームスポットが実現できます。

 

図1 :
(a) フェムト秒レーザーパルスのパルス照射回数、フルーエンスを変えてダイヤモンド基板に照射するための測定系。(b)照射位置でのビームスポットの画像。(c) ダイヤモンド基板上にフルーエンスを変えながら照射した後に観察した発光画像。各画像ともパルス数は1回ずつ照射した。
 

 最初に、我々は直径41 μmのスポット径を持つレーザーパルスを、ダイヤモンド試料に照射しました(図1(a, b))。直径41 μmであっても、従来の研究例よりも10倍以上大きいスポットです。様々な照射回数、フルーエンスのパルスをダイヤモンド基板に照射した結果、グラファイト化閾値を超える高いフルーエンスで照射する場合、照射領域で、パルス1回照射で照射領域にNV中心が形成できたことを確認しました。次に、パルス照射回数を1回に固定して、フルーエンスを増やしながらダイヤモンド基板に照射すると、フルーエンスが1.8 J/cm2以上でNV中心の形成が確認でき、10 J/cm2程度でビームスポット径と同じ大きさまでNV中心が形成されました(図1(c))。更にフルーエンスを上げていくとNV中心の形成領域が拡大し, 測定した限りフルーエンス54 J/cm2のときに形成領域が100 μmまで拡大することを確認しました。  
 ここまでの測定で用いたパルスエネルギーは従来の研究例よりも遥かに高いものですが、それでも1 mJ以下であり、我々のレーザーのポテンシャルを十分に引き出せていません。そこで、今度はエネルギー100 mJ台のパルスを用いて、十分なフルーエンスを維持しながらミリメートルサイズのレーザースポット径を照射することを考えました。これほど高いエネルギーですと、空気中を通過するだけで空気の分子と反応を起こしたり、途中の光学部品にもダメージを与える可能性がありますので、パルスが通過する領域は全て真空にしたり、集光直前までは十分大きなビーム径にしてダメージを抑制する等の調整を行いました。最終的にパルスエネルギー166 mJ、フルーエンス33 J/cm2、スポット径1.13 mmのパルス光をダイヤモンド基板に照射しました。図2はパルス照射後に表面を洗浄してから顕微鏡で観察した発光画像です。ここで 我々の顕微鏡で一回に測定可能な範囲は0.1 mm四方のため、ダイヤモンド基板の位置をずらしながらパルス照射領域内外を複数箇所測定しています。照射領域の複数箇所で発光スペクトル測定を行った結果、NV中心に由来するスペクトル形状が得られ、パルス1回の照射によってミリメートルサイズの領域にNV中心が形成されたことを確認しました。  
 レーザー光照射によるNV中心の生成機構は、まだ十分に解明されていません。今回、グラファイト化閾値とされる値を超える高いフルーエンス条件で、一つのレーザーパルス照射後に、高温アニール処理を施すことなくNV中心を作製できた点は、レーザー光照射による生成機構を解明する点で学術的に重要です。

 

図2 :
ダイヤモンド基板に直径1.1 mmのスポット径を持つレーザーパルスを1回照射した試料の表面観察結果。位置を確認しやすくするため、基板の写真を背景に表示。
 
3. 波及効果、今後の予定
 今回は大面積領域におけるNV中心の作成を実証しましたが、今後は3次元的に広い領域での作製実証を目指す予定です。更にそれを用いた量子センサの高感度化も実証していきたいと考えています。
 ダイヤモンドを用いた高感度量子センサは、極めて高い感度が要求される分野、例えば医療機器、化学分析や、素粒子探索研究への応用など、幅広い分野での適用が期待されます。今後は、これらの実証実験への展開も行っていきたいと考えています。

 
4. 研究プロジェクトについて
 文部科学省光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)「先端ビームによる微差構造形成のためのオペランド計測」(代表者:橋田昌樹 京都大学化学研究所研究員/東海大学教授、JPMXS0118070187)、「固体量子センサの高度制御による革新的センサシステムの創出」(代表者:波多野睦子 東京工業大学教授、JPMXS0118067395)の支援を受けて行われました。
 

●用語解説●

超短レーザーパルスレーザーパルスのパルス時間幅が特に短いもの。一般的には時間幅がピコ秒(1兆分の1秒)からフェムト秒(1000兆分の1秒)程度の時間幅を指す。

 

窒素-空孔(NV)中心ダイヤモンド結晶を構成する炭素原子の代わりに不純物として窒素原子(Nitrogen)が配置され、その隣に炭素原子の抜け穴(空孔, Vacancy)が配置された、窒素と空孔のペアを窒素-空孔(Nitrogen-Vacancy, NV)中心と呼ぶ。

 

フェムト秒時間を表す単位。1000兆分の1秒に相当する。

 

グラファイト炭素原子が層状的な2次元結晶構造をとった時の物質名のこと。ダイヤモンドとグラファイトは共に炭素原子から構成された物質ではあるが、結晶構造が大きく異なるため、物質の性質(硬さ、色など)は大きく異なる。

 

フルーエンスエネルギー密度、すなわち単位面積(1 cm2)あたりのパルスエネルギーのこと。パルスエネルギーをビームスポットの面積で割り算することで求められる。

 

フェムトテスラ磁場の強度を表す単位。1000兆分の1テスラに相当する。

 

メガエレクトロンボルトエネルギーを表す単位。100万エレクトロンボルトに相当する。

 

グラファイト閾値あるフルーエンス以上のレーザーパルスをダイヤモンドに照射し続けると、結晶構造が変化してグラファイトに変化する。この特定のフルーエンスのことをグラファイト閾値と呼ぶ。この値は、ダイヤモンド結晶の特性(単結晶か多結晶か)、パルスの時間幅、レーザー波長など様々なパラメータに依存するが、おおよそ1 ~ 4 J/cm2であることが報告されている。