超分子組織化を利用した自在な分子配向制御―ポルフィリンの中心金属が薄膜構造を決める―

本研究成果は、2022年1月18日(日本時間)に、国際学術誌「Chemical Communications」にオンライン掲載され、Outside Back Coverに選ばれました。

 π共役骨格からなる分子性半導体を活性層に用いた有機薄膜デバイスは、次世代の光電子デバイスとして大きな注目を集めています。このような材料の物性を自由に制御するためには、薄膜中での分子の並び(分子配向)を自在に制御することが重要です。これまで、分子の共役環平面を基板に対して平行に並べる(face-on配向)試みは数多く行われている一方で、基板に対して垂直に配向させる(edge-on配向)ための制御手法は開発されていませんでした。

 

 京都大学化学研究所 長谷川健 教授、下赤卓史 助教、塩谷暢貴 助教、冨田和孝 博士課程学生(研究当時)、脇岡正幸 助教の研究グループは、テトラピリジルポルフィリンが分子間で形成する配位結合を利用することで、この類縁化合物では珍しい垂直配向を実現しました。この成果は配位結合を分子配向制御に用いた初めての例であり、有機半導体だけでなく、有機金属構造体(MOF)に代表される超分子材料の分子配向の自在制御にもつながると期待されます。

 
図:テトラピリジルポルフィリンの化学構造(左図)と本研究で実現したedge-on配向膜の模式図(右図)。
 
1. 背景
 機能性分子を二次元的に敷き詰めた有機薄膜は、有機薄膜太陽電池をはじめとする機能性デバイスの要で、膜中での分子配向の自在な制御は、自由な物性制御の鍵です。これまで、分子の自発的な二次元集合の発現には、水素結合や分散力が主として用いられてきました。また、薄膜支持基板の表面と薄膜間の相互作用にπ–π相互作用を取り入れ、基板表面をグラフェンで被覆する工夫などもなされてきました。しかし、これらのアプローチは分子の基板に平行な配向(face-on配向)を得る目的で使われており、多環芳香環の平面を基板に垂直に向けたedge-on配向を実現する制御手法は開発されていませんでした。
 
2. 研究手法・成果
 本研究では、テトラピリジルポルフィリン(図1a)を配位結合によって強く分子間相互作用させ、被覆なしのシリコン基板上にedge-on配向させることに初めて成功しました(図1b)。この際、ポルフィリンの中心金属を二価のFe、Co、 Ni、 Cuイオンで系統的に変えた化合物を合成し、配位結合の主体を担うdz2軌道の電子数を系統的に変えることで、ピリジル基の窒素の不対電子の受容性を制御し、配位結合の強さの制御が叶うかどうかを検討しました(図2)。その結果、受容がもっとも進むFe2+を中心にしたとき、狙い通りのedge-on配向が実現することを、二次元微小角入射X線回折法(2D-GIXD)と多角入射分解分光法(MAIRS)により定量的に実証しました。さらに、中心金属をCo2+にすると分子は結晶性を維持したまま配向性を失い、Ni2+やCu2+にすると結晶多形を変えつつface-on配向になることもわかりました(図1b)。これら一連の結晶多形と配向の変化は、金属の電子構造による考察で十分に説明がつくこともわかり、今後の薄膜構造制御の在り方に新しい道をつけることに成功しました。
 
図1:テトラピリジルポルフィリンの化学構造(a)と本研究で実現した超分子構造の模式図(b)。
 
図2:ポルフィリン環の中心金属の電子配置(a)とdz2軌道の形状(b)。
 
3. 波及効果、今後の予定
 薄膜デバイスの開発では、配位結合を分子配向制御に用いた例はありませんでした。本研究の成果により、薄膜構造制御における配位結合の有用性を示し、新たな選択肢を開拓することができました。また、これにより、近年薄膜化の研究が進んでいる有機金属構造体(MOF)の構造制御への波及も期待されます。具体的には、MOF中の孔の並び方の制御にも活用できる可能性があります。
 
4. 研究プロジェクトについて
 本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(A)(15H02185)、挑戦的研究(萌芽)(21K18979)、若手研究(B)(17K14502)、若手研究(19K15602)、特別研究員奨励費(20J10803)の支援を受けて行われました。
 

●用語解説●

2D-GIXD:薄膜のX線回折を高感度に、かつ広い波数空間に渡って一度に測定し、結晶多形とその配向をもれなく知ることのできる分析手法。

 

MAIRS:薄膜の分子集合構造を解析する分光学的手法で、化学研究所の長谷川研究室で開発された。分子配向を官能基単位で定量的に明らかにできる。X線回折では解析が困難な非晶質の構造も解析でき、X線回折と相補的な役割を持つ分析手法。

 

配位結合:原子に局在した電子が、別の原子の空軌道に入ることで生じる化学結合の一種。錯体の配位子が金属に結合するときの結合メカニズムとして知られる。本研究では、これを超分子の構成に用いている。

 

MOF:金属イオンと配位子の配位結合によって形成される多孔質のネットワーク構造。ガス吸着材や、触媒などへの応用が期待されている。