P–Al結合が示す新奇な反応性 –単結合化合物によるオレフィンに対する可逆的付加反応–

本成果は、2021年6月9日に国際学術雑誌「Chemistry – A European Journal」誌にオンライン公開され、Inside Cover(7月14日公開)に採択されました。

 京都大学化学研究所 柳澤達也 博士(令和2年3月修了)、水畑吉行 准教授、時任宣博 教授らのグループは、P–Al単結合化合物(ホスファニルアルマン)が、末端アルケンに対し室温で付加し、加熱によりアルケンが脱離する「単結合による可逆的反応」を発見し、さらにその付加生成物が特異な反応性を有していることを明らかにしました。

 
概要
 炭化水素や二酸化炭素のような小分子を化学反応によって我々が利用できる形に変換することは、小分子活性化として注目が集まっています。反応性の低い小分子を活性化する反応は工業的にも産業的にも重要であり、中でも遷移金属元素は、稀少ながらも反応性が高く、かつ多様な価数を取ることから触媒として用いることができるため重宝されてきました。近年、この遷移金属元素の役割を、地球上に豊富に存在する典型元素で代替する研究に注目が集まっており、様々な典型元素化合物と小分子との可逆的な反応が調査されてきました。中でも、Frustrated Lewis Pair (FLP)や低配位化合物のような化合物は有効であり、反応性の低いオレフィンに対しても可逆的に付加しうることが見いだされています。
 我々は、オレフィンと典型元素低配位化合物との反応に着目し、ルイス酸となる13族元素とルイス塩基となる15族元素の間に直接結合を有する化合物が、オレフィンに対して低配位化合物と類似した相乗的な軌道相互作用を示すと考えました。しかし、広く研究がおこなわれている第二周期元素であるホウ素を含む化合物では隣接の15族元素との相互作用が無視できないため、ルイス酸/塩基による機能が十分に発揮できないこと、また炭素との結合の強さから、可逆的な反応を示さないことが予想されます。
 そこで、高周期元素化間の長い結合に起因する小さな元素間相互作用および高周期元素−炭素間結合の弱さに着目し、第三周期元素であるアルミニウムとリンとの間に単結合を有するホスファニルアルマンとオレフィンとの反応を検討しました。
 
 
 我々は、これまでに炭素置換基のみを有する新規なホスファニルアルマン類を合成し、実験、理論の両面からルイス酸/塩基の機能を保持していること、反応性の低い小分子である内部アルキンを活性化できることを明らかにしてきました(Yanagisawa, T.; Mizuhata, Y.; Tokitoh, N., Inorganics, 2019, 7, 132–143, T. Yanagisawa, Y. Mizuhata, N. Tokitoh, ChemPlusChem, 2020, 85, 933-942., 2020年化研研究トピックスP–Al結合を利用したアルキンの変換で反応性化学種を創製)。
 今回、ホスファニルアルマン1とオレフィンとの反応を試みたところ、かさの小さな末端オレフィン(エチレン、プロピレン、1-ヘキセン)に対して1のP–Al結合が室温でもシス型で1,2-付加した2が得られることを見出しました。また、これらの付加体2を加熱すると、エチレンに付加した2Hでは変化がなかったものの、プロピレン、1-ヘキセンに付加した化合物2Me, 2Buでは、プロピレンや1-ヘキセンが脱離して1が再生するという可逆反応性を有していることを実験的・理論的に示しました。
 通常、単結合は一旦切断されると、結合を作っていた原子同士はお互い関与せず、ばらばらになってしまうと考えられます。今回の1は、P–Al結合が切断された後も、付加体2においてそれぞれがルイス酸、ルイス塩基のユニットとして振る舞い、両者の間で弱い相互作用を有していたために、オレフィンが脱離した後に、P–Al結合が再生し、1に戻りました。
 
 
 以上の実験で得られる付加体2Hは、P/Al原子をベースとした新規なFLPになると考えられました。これまで同様の構造を持ったP/B原子をベースとしたFLP Aは広く研究がされていました。我々は、2Hが試薬の選定によって、エチレン架橋が保持されたAと同様の反応性と、エチレンの脱離を伴うAとは全く異なる新規な反応の二面性を持つことを明らかにし、高周期元素であるAl原子の導入したことでこれまでにない新たな機能発現を実証することができました。
 
 
 本研究成果は、典型元素を活用した触媒的な小分子変換反応に新たな方法論を提示したと言え、さらなる触媒反応の実現にむけて研究をおこなっております。
 
研究プロジェクトについて
本研究は、下記の助成⾦の⽀援を受けて⾏われました。
●日本学術振興会(JSPS) 科学研究費補助金 (研究番号:JP24109013, JP26620028, JP19H05528, JP18H01963, JP19H05635, JP19J14359)
●統合物質創製化学研究推進機構 Integrated Research Consortium on Chemical Science (IRCCS).
 

●用語解説●

Frustrated Lewis Pair (FLP):電子対を受け取る化学種をルイス酸、電子対を供与する化学種をルイス塩基という。通常、ルイス酸とルイス塩基の対が近接すると錯体を形成しルイス酸/塩基の機能は失活してしまうが、立体などの要因を理由にそれが妨げられている(frustratedしている)場合はその機能が保持され高い反応性を示す。

 

低配位化合物:中心原子からみた最隣接原子の数が通常の場合よりも少ない化合物を指す。例えば炭素は通常隣接する4個の原子と結合を形成するが、低配位の炭素化合物であるカルベンやアルキンでは隣接原子が2個となる。低配位化合物は通常配位数の化合物と比較して反応性が高くなる。

 

高周期元素/「重い元素」:元素周期表における横の並びを周期という。有機化学においては第一および第二周期の元素を取り扱うことが多いが、第三周期以降の元素をここでは総称して高周期元素と呼ぶ。周期が高くなれば、必然的に元素の原子量は大きくなることから、「重い元素」となる。