地産地消の海洋ウイルス
~酸素の安定供給との関連も示唆~

本成果は、2018年1月30日に国際学術雑誌ISME Journalにオンライン公開されました。

 海洋ウイルスの活動は一日の中で周期的に変動している。そんな様相を、京都大学化学研究所 緒方博之教授、京都大学大学院農学研究科 吉田天士准教授、東京工業大学 西村陽介研究員、大阪府立環境農林水産総合研究所 山本圭吾主任研究員らの共同研究グループが、最先端の遺伝子解析技術を駆使して明らかにしました。この結果から、光合成細菌が海洋で安定して存在するためにウイルスが不可欠である可能性が見えてきました。
 

概要

 海洋全体で10の30乗個におよぶウイルスがいます。コーヒーカップ1杯の海水には10億個のウイルスが漂っています。実は、ウイルスは海洋環境において最も数の多い生命体なのです。ウイルスは細菌や藻類など微視的な世界に生きるプランクトンに感染します。そして、感染した宿主を死に至らしめ、その結果、生命と物質の循環を駆動していると考えられています。しかし、多様なプランクトンに感染する様々なウイルスの生態については、未解明な部分が多いのが現状です。
 共同研究グループは、大阪湾で24時間にわたり海水を採取し、最先端の遺伝子配列解析技術を駆使して、海水サンプルに含まれるウイルスの大規模な遺伝学的データ(DNAとRNAの配列)を取得しました。ウイルスのDNAとRNAの双方を自然界でモニタリングするという、世界的にも先駆的な研究です。
 共同研究グループが最初に明らかにしたのは、大阪湾で比較的高頻度に観察されるウイルス粒子は、その大部分が現場で活発に複製された産物であるという事実です。これまで、ウイルスについては、海流に乗って分布域を広げているという説がありましたが、少なくとも大阪湾のウイルスは「地産地消」であるということが明らかになったのです。

 

図1 蛍光顕微鏡で見た海洋ウイルス。緑色の無数の点がウイルスを表す。

 

 24時間サンプリングのデータのさらなる解析により、ウイルス活性(RNAで計測)とウイルス粒子の増殖(DNAで計測)の間に時間差があることが分かりました。海の有機物供給源である光合成細菌に感染するタイプのウイルスでは、昼間に遺伝子発現の活性が高く、その間に複製の準備をします。その後、宿主内で大量の粒子を形成して、深夜から明け方に宿主を殺し(溶菌し)、有機物とともに宿主細胞の外に出ていく様が明らかになりました。
 光合成細菌は夜に高い致死率を示すことが、米国の研究グループによってすでに明らかになっています。夜間の大量死滅により、光合成細菌の個体数が長期間にわたり安定的に存在することができるのです。しかし、光合成細菌の致死率の原因については、これまで明らかではありませんでした。共同研究グループの今回の研究により、光合成細菌の夜間における高い致死率にウイルスが関与していることが分かったのです。光合成細菌は地球上の酸素の25%を生産しています。つまり、私たちの命にもかかわる光合成細菌の安定的な生存に海洋ウイルスが役割を果たしている可能性が見えてきたのです。
 今後、共同研究グループは、プランクトン群集が急速に変化する「赤潮」などの現象を解析し、ウイルスによる微生物集団制御の具体的な描像を明らかにしていく予定です。そして、ウイルスモニタリングにより海洋環境を理解する「ウイルス海洋学」を展開していきたいと考えています。

 

図2 光合成細菌に感染するウイルスの活動。矢印の付け根の丸は転写活性が高い時刻を表し、矢印の先端はウイルス粒子が増殖する時刻に対応している。
 

●用語解説●

ウイルス: 単細胞生物や多細胞生物に感染し、細胞の複製機構を乗っ取り、ウイルス粒子を生産する。病原性のウイルスが広く知られているが、感染を顕在化させないウイルスも存在する。本研究では、海洋の単細胞生物(原核生物)に感染するウイルスの解析を行った。

 

光合成細菌: 光合成を行う細菌。海での主な有機物の供給源。本研究で対象としたのは、地球上の酸素生産の25%をになうと推定されているシアノバクテリア。