原子磁石どうしが捻れて並ぶ現象のミクロな起源を解明
―新原理の情報記録技術をめざして―

本成果は、2018年4月25日に国際学術雑誌Nature Communicationsにオンライン公開されました。
 京都大学化学研究所のSanghoon Kim(サンフン・キム)研究員(現在:韓国ウルサン大学准教授)、上田浩平研究員、森山貴広准教授、小野輝男教授、高輝度光科学センターの中村哲也主席研究員、鈴木基寬主幹研究員、小谷佳範研究員、三重大学の中村浩次准教授、東京大学大学院工学研究科の千葉大地准教授、小山知弘助教らの研究グループは、高麗大学校、韓国科学技術院、サウジアラビア・アブデュラ王立工科大学との共同研究により、磁気カイラリティと呼ばれる原子磁石どうしの捻れ現象のミクロな起源を、SPring-8X線磁気円二色性測定技術を用いて実験的に解明しました。本成果は磁気カイラリティの物理に関する基礎的な理解に重要であるだけでなく、将来の高いエネルギー効率を有するスピントロニクス素子や、磁気カイラリティを用いた新しい磁気記録材料の開発につながることが期待されます。
 
1. 背景
 ハードディスク(HDD)は、最も普及している情報記録装置です。データを記録したり、それを読み出すためには、データを記録したディスクを高速で回転させながら、磁気センサーを備えたデータ読み取り機構(磁気ヘッド)を用いています。しかしディスクを回転させる機構を採用しているために、高速でデータの読み書きをするためには大きな消費電力を必要とする問題があります。この課題を背景に、最近、レーストラック方式と呼ばれる磁気記録技術が注目されています。レーストラック方式では、磁性体で作られた電極そのものを記録素子(メモリ)として使います。図1a, bで示したように、個々の原子がもつ磁化(原子磁石)の向きが、上向き整列と下向き整列の間で変化するには、原子磁石の配列の捻れが生じます。図1aの原子磁石の捻れ部分は「磁壁」、また、図1bのような円盤状の捻れ構造は「スキルミオン」と呼ばれています。この磁壁やスキルミオンを電流によって動かすことができます。
 磁壁やスキルミオンといった磁気的な対象物を効率良く操作するためには、電極においてジャロシンスキー・守谷相互作用(以下DMI)と呼ばれるエネルギー効果が作用する必要があります。ひとたび電極にDMIが生じると、原子磁石の方向に継続的な変化が、図1cに示すようなカイラリティを形成するので、わずか数ナノメートルの磁気的な対象物がトポロジー的(幾何学的)に安定となります。言い換えれば、カイラルな磁壁やハリネズミを連想させるスキルミオンのようなナノメートルサイズのカイラルスピン組織が、DMIによって安定に存在することになります。このようなカイラル体はトポロジー的に安定であり、しかも簡単かつ高効率に移動させることができるので、潜在的には、超高密度、低消費電力、かつ、高速なメモリデバイスへの応用が期待されます。すなわち、DMIが強く働くような金属磁性体を探し出すことが不可欠です。2013年、極薄の強磁性(FM)薄膜と重金属(HM)の界面に安定なDMIが見出されて以降、大きなDMIを探そうと、FM/HM界面を有する数多くの二層薄膜が研究されてきました。このようにFMやHMとして数多くの組み合わせが研究されてきたものの、DMIの起源は明らかになっていませんでした。
 
2. 研究手法・成果
 本研究は、図2aに示すように、まず、Co/Pt薄膜におけるDMIによる有効磁場(DMI磁場)およびDMIのエネルギー(DMIエネルギー)が大きな温度依存性を示すことを見出しました。Co層(前出のFMに対応)とPt層(HMに対応)の厚さは、それぞれ、約0.6 nmと 2.0 nmです。Co/Pt薄膜のミクロな磁気特性は、SPring-8の固体物質の電子状態や磁気状態、表面構造などを円偏光軟X線によって解明することを目的としたBL25SUと、硬X線領域の分光実験や回折実験を行うBL39XUを利用したX線磁気円二色性(XMCD)測定によって観察しました。XMCDを用いると、スピンモーメント双極子モーメント軌道モーメントの3種類の磁気的なパラメーターが得られます。図2b と図2cに示したように、Co/Pt薄膜面に垂直な方向(面直)にCoの双極子モーメントと軌道モーメントに、大きな温度依存性がみられます。この2つのパラメーターは、ともに特別な電子密度分布に関係します。すなわち、図3のように、CoとPtの界面では、CoとPtの双方の原子核の周りにある電子密度が面直方向には非等方に分布し、その分布が温度によって大きく変化することを示しています。このことは、DMIと非等方な電子分布に相関関係があることを意味します。当共同研究グループでは、このような非等方な電子分布はCoとPtの軌道混成効果によって生じることを理論的に明らかとしました。
 このように微視的な手法によってしか明らかにできない電子分布とDMIの関係について示した研究は、本研究が初めてとなります。これまで幾つかの理論的な予測はありましたが、今回の実験的な研究は、こうした理論研究を補うもので、DMIだけでなく界面磁性の研究にとって今後非常に重要となるものです。
 
3. 波及効果、今後の予定
 本研究によって、これまで固体物理分野の難しい問題の1つとされたDMIの微視的な起源が、実験的に初めて明らかになりました。物質中の電子密度分布は、光学的性質、電気的性質、磁気的性質などに強く影響するので、本研究で得た結果は磁気デバイスの研究者だけでなく、様々なデバイス研究の研究者の関心を集めると考えられます。
 
図1:(a)磁気細線に生じた磁壁の様子、(b) スキルミオン、(c) 一次元のカイラル磁気構造。記号Dは、DMIエネルギーベクトル(本文参照)を表す。この磁気(スピン)配列は鏡面対称のカイラリティを有している。
 
図2:(a) DMI, (b) スピンモーメント、および、双極子モーメント、(c) 軌道モーメントの各温度依存性。
 
図3:(a)均一な電子分布の様子、および、(b)不均一な電子分布の様子。
 

●用語解説●

大型放射光施設 SPring-8: SPring-8の施設名はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来します。兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設であり、その運転と利用者支援などは高輝度光科学研究センターが行っています。

 

X線吸収分光法(X-ray Absorption Spectroscopy)、X線磁気円二色性(X-ray Magnetic Circular Dichroism): 内殻電子軌道から価電子帯への光学遷移にともなうX線吸収を利用して、特定の原子の電子構造を調査する手法をX線吸収分光法と呼びます。また、円偏光したX線を用いて吸収分光測定を行うことで、磁性体中の電子スピンや電子の軌道運動による磁気的性質を調べることができます。この手法をX線磁気円二色性と呼びます。

 

ジャロシンスキー・守谷相互作用(DMI = Dzyaloshinskii-Moriya Interaction): 磁気モーメント間に捻れを生じさせる相互作用。

 

スピンモーメント: 電子スピンの磁気モーメント

 

双極子モーメント: 双極子は一対の正負の同じ大きさの単極子をわずかに離れた位置に置いたものであり、双極子モーメントは双極子の強さを表わす量を指します。

 

軌道モーメント: 電子軌道の磁気モーメント。

 

磁気モーメント: 磁石の強さ(磁力の大きさ)とその向きを表すベクトル量。外部にある磁場からもたらされる磁石にかかるねじる方向に働く力のベクトル量を指します。

 
 本研究の一部は、科研研究費補助金「特別推進研究」、「基盤研究(S)」、「新学術領域研究:ナノスピン変換科学」、「特別研究員奨励費」、スピントロニクス学術研究基盤連携ネットワーク、東北大学電気通信研究所共同プロジェクト研究、京都大学化学研究所共同利用・共同研究拠点研究、内閣府革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)の助成を受けて行われました。また、放射光実験はSPring-8の長期利用課題(実験責任者 小野輝男教授)の一環として行われました。