反強磁性体におけるスピントルク効果を実証
~反強磁性体スピントロニクス素子への応用に期待~

本成果は、2017年12月29日に米国科学誌Physical Review Lettersにオンライン公開されました。 
 京都大学化学研究所の森山貴広准教授、Kim Kab-Jin助教(現KAIST助教)、小野輝男教授、大学院生の神屋道也氏、小田研人氏、田中健勝氏らは、電子スピンの流れ(スピン流)と磁気モーメントの相互作用によるスピントルク効果が反強磁性体においても有効であることを見出しました。
 これまで、スピントルク効果は強磁性体において有効であることが知られていましたが反強磁性体における同効果は実験的に未解明でした。今回の成果は、これまで不可能と考えられてきた反強磁性体の磁気モーメントの方向制御をできる可能性を強く示唆しています。
 
1. 背景
 反強磁性体は、原子スケールでミクロな磁化を有するが、隣り合う磁気モーメントが互いに打ち消しあうように整列しているため、全体として自発磁化を持たない物質です。近年、この反強磁性体を積極的に用いて、超高密度・超高速スピントロニクス素子等の新規デバイスを目指した「反強磁性体スピントロニクス」の研究が盛んにおこなわれています。
 
2. 実験手法・成果
 スピントルク効果とは、電子の持つスピン角運動量が磁性体の局在磁気モーメントに作用し、磁気モーメントに回転力(トルク)を与える現象です。これにより低エネルギーで磁気モーメントの操作が可能になるため、スピントロニクスにおいて欠かせない効果の一つです。スピントルク効果は、強磁性体においては有効であることがすでに知られており、強磁性体を主材料とした様々なスピントロニクス素子において利用されています。しかしながら、反強磁性体における同効果は理論的には示唆されているものの、実験的には未解明でした。
 研究チームは、交換結合した反強磁性体/強磁性体の二層膜を利用して、反強磁性体中のスピントルク効果による電子スピンの散逸を定量化する手法を確立しました。具体的には、強磁性共鳴法を利用して、強磁性体の磁気ダンピング定数を測ることでスピンポンピング効果により隣接する反強磁性体のスピン散逸特性を調査しました。
 さらに、交換結合により、強磁性体の磁気モーメントの方向を変えると反強磁性体の磁気モーメントに「ねじれ」を導入することができます。この「ねじれ」に対してスピン散逸特性を測定したところ、「ねじれ」が大きいほどスピン散逸が大きくなることが分かりました(図1参照)。この実験結果は理論的な予想と一致しており、反強磁性体においてもスピントルク効果が有効であることが実証されました。
 
図1 (a) 交換結合した反強磁性体/強磁性体の二層膜を利用した「ねじれ」の導入、(b) ねじれ角 ϕに対する磁気ダンピングの変化、(c)磁気ダンピングの増加量 Δα と交換バイアス(≡ ねじれ度合に比例する量)の関係。
 
3. 波及効果
 全体として自発磁化を持たないという性質から、反強磁性体の磁気モーメントを外部から制御することは困難であると考えられてきました。今回の成果は、電子スピンの流れによるスピントルク効果を利用すれば、これまで不可能と考えられてきた磁気モーメントの方向制御ができる可能性を強く示唆しています。
 
4. 今後の予定
 今回の成果を踏まえて、今後はスピントルク効果を利用して実際に反強磁性磁気モーメントの方向を自在に制御し、さらに電気的に検出することを目指します。反強磁性体スピントロニクス素子において、必要不可欠な磁気モーメントの「制御」・「検出」という基本動作原理を確立することで「反強磁性スピントロニクス」の研究・開発を展開していきます。
 

●用語解説●

スピンポンピング: 強磁性体の磁気モーメントを共鳴条件において歳差運動させると、隣接する物質にスピン流が流れ込む現象。

 
 本研究の一部は、科学研究費補助金「特別推進研究」、「若手研究A」、「新学術領域研究:ナノスピン変換科学」、「特別研究員奨励」、京都大学化学研究所共同利用・共同研究拠点研究によって支援されました。