フェニルアニオンのゲルマニウム類縁体の合成
〜新たな低配位ゲルマニウム導入試剤として期待〜

水畑吉行助教、藤森詩織氏(大学院生)、
笹森貴裕准教授(現 名古屋市立大学教授)、時任宣博教授

(物質創製化学研究系 有機元素化学研究領域)

 

水畑吉行助教、藤森詩織氏(大学院生)、笹森貴裕准教授(現 名古屋市立大学教授)、 時任宣博教授(写真左より)

本成果は、2017年3月8日に国際学術雑誌Angewandte Chemie International Edition誌にオンライン公開され、VIP (Very Important Paper)およびInside Coverに選出されました。また英国王立化学協会Chemistry Worldにて紹介されました。 
京都大学化学研究所 水畑吉行助教、藤森詩織氏(大学院生)、笹森貴裕准教授(現 名古屋市立大学教授)、時任宣博教授らのグループは、フェニルアニオンのアニオン炭素原子をゲルマニウムに置き換えたゲルマベンゼニルアニオンを安定な化合物として合成・単離することに初めて成功し、その構造・性質を明らかにしました。
 
概要
  ベンゼンは最も単純な芳香族化合物であり、多くの有機化合物に含まれる基礎骨格として知られています。石油化学等、工業的に重要であるだけでなく、その骨格上のπ電子を持つ原子が環状に並んだ構造を有することに起因する「芳香族性」を示す最も基本的な骨格として古くから盛んに研究が行われてきた化合物です。

 そのベンゼン環上の炭素原子を炭素と同じ14族の高周期元素すなわち「重い元素」(ケイ素・ゲルマニウム・スズ・鉛)に置き換えた「重いベンゼン」は、その芳香族性に対する関心から非常に古くから実験・理論の両面から研究が行われてきました。しかしこれらの化合物は非常に高反応性の化学種であり、例えばベンゼン環の構成炭素を一つケイ素に置き換えたシラベンゼン(HSiC5H5)は–200 ºCというごく低温でさえも自己多量化反応によって分解してしまいます。我々の研究グループではこれまでに非常にかさ高い置換基であるTbt基(図参照)などを用いた自己多量化の抑制によって、これら「重いベンゼン」類を室温でも取り扱える安定な化合物として合成・単離することに成功してきました。これらの化学種は「芳香族性」を有し、かつユニークな電子状態を有することを明らかにしてきましたが、安定化に必要なかさ高い置換基の存在がそれらのさらなる応用展開を困難なものにしていました。

 本研究では、Tbt基を有する安定なゲルマベンゼン(ベンゼンの骨格炭素を一つゲルマニウムに置き換えた化合物)2に対し、カリウムグラファイト(KC8)という還元剤を作用させたところ、Tbt基が脱離したゲルマベンゼニルカリウム1が単離可能な化合物として生成することを見出しました。化合物1はゲルマベンゼン骨格を保持したアニオン、すなわちフェニルアニオン(⊖C6H5)のゲルマニウム類縁体とみなすことができます。実験・理論の両面から化合物1の性質を検証したところ、芳香族性を有する一方、フェニルアニオンでは無視できる二価化学種の極限構造の寄与も示すというゲルマニウム(重い元素)による置換の効果を明確に示すことができました。
 
 
 
 この化合物はゲルマベンゼン骨格の導入試剤として期待でき、実際いくつかの誘導化に成功しています。本研究による知見は、ゲルマベンゼン環を組み込んだ新規な機能性分子の設計・開発に寄与するものと期待されます。
 

●用語解説●

芳香族化合物/芳香族性:一般には[4n+2] (n = 0, 1, 2, …)個のπ電子(ベンゼンでは6個)からなる環状共役構造をもつ化合物群のことを芳香族化合物と称し、これらの構造が特に安定になること(ヒュッケル則)が知られている。芳香族化合物群は、その際だった安定性以外にも、構造、反応性、磁気的性質等に特徴ある性質を示すが、それらを総合して「芳香族性」を持つという。
高周期元素/「重い元素」:元素周期表における横の並びを周期という。有機化学においては第一および第二周期の元素を取り扱うことが多いが、第三周期以降の元素をここでは総称して高周期元素と呼ぶ。周期が高くなれば、必然的に元素の原子量は大きくなることから、「重い元素」となる。
(14族元素)二価化学種:一般に14族元素は四本の結合をもつ四価状態をとるが、二本の結合からなる二価化学種も知られている。炭素ではカルベンと総称され、高反応性化学種の一つ。カルベンのゲルマニウム類縁体をゲルミレンという。二価化学種の安定性は高周期元素になるほど高くなることが知られている。