山子 茂教授、茅原 栄一特定助教、Patel, Vijay Kumar研究員「世界最小の“炭素ナノリング”の化学合成に成功」(2014年1月27日「Journal of the American Chemical Society」誌にオンライン公開)

平成26年1月 トピックス

山子 茂教授、茅原 栄一特定助教、Patel, Vijay Kumar研究員
(材料機能化学研究系 高分子制御合成研究領域)


左から茅原栄一特定助教、 Patel, Vijay Kumar研究員、山子 茂教授

この研究成果は、2014年1月27日に米国化学会誌Journal of the American Chemical Society誌にオンライン公開されました。
 材料機能化学研究系 高分子制御合成研究領域の山子茂教授、茅原栄一特定助教、Patel, Vijay Kumar研究員は、五個の「ベンゼン環」をリング状につなげた構造を持つ、世界最小の“ナノリング”炭素分子の化学合成に世界で初めて成功しました。
 シクロパラフェニレン (CPP) はベンゼン環をリング状につなげた分子であり、科学者を魅了するシンプルで美しい構造を持つ分子です (図1aの構造)。CPPは、有機ELや有機半導体などの材料に活用されている、アームチェア型のカーボンナノチューブ (図1bの構造) やフラーレン (図1cの構造) の最小構成単位であることから、次世代の有機(光)電子材料として興味が持たれています。しかし、ベンゼン環をつなげた分子は、本来平面状の構造をとるため、ナノ炭素リング分子である CPPの化学合成は長年達成されていませんでした。この数年の間に、本研究グループを含めた3つのグループによりCPPの化学合成が報告され、CPPをはじめとした炭素ナノ分子の合成研究が、急激に盛んになってきています。本研究グループでは、すでに理論計算により、小さなリングを持つCPPが特に興味深い電子物性を持ち、例えば、 [5]CPPはC60と同じ直径(約0.7ナノメートル)を持ちますが、両者のバンドギャップはほぼ同じであることを予測しています。しかし、 [5]CPPは非常に歪んでいるため、その合成は未だ達成されていませんでした。

図1 (a) シクロパラフェニレン(CPP)の構造、(b) アームチェアカーボンナノチューブの構造、(c) フラーレンC60の構造。アームチェアカーボンナノチューブ、C60内のCPPの部位を紫色で示している。
 研究チームは、これまでにベンゼン単位と白金錯体との組織化に基づいたナノ炭素リング分子の効率的化学合成法の開発に成功しています。今回は、その手法とアメリカのグループが報告している合成法を融合させた新しい合成手法を開発することで、世界最小のナノ炭素リング分子、[5]CPPの合成に世界で初めて成功しました。具体的には、シクロヘキサジエンジオールと呼ばれるベンゼン環に変換できる部位(図2内のオレンジ色の部位)と分子末端に反応点を持つ分子1を、ベンゼン環同士の結合反応として優れているカップリング反応を用いて、末端のベンゼン環同士をつなげることで、[5]CPPの前駆体2を合成しました。さらに、2のシクロヘキサジエン部位を塩化スズを用いた芳香族化反応によってベンゼン環に変換することで、[5]CPPの合成に成功しました。[5]CPPが空気中でも安定であると共に、種々の有機溶媒によく溶ける等、取り扱いが容易であることも明らかになりました。
有機エレクトロニクス材料として欠かせない特性であるバンドギャップを紫外可視吸光スペクトル、電気化学的測定、および理論計算より評価しました。その結果、[5]CPPがフラーレンC60に匹敵する狭いバンドギャップを有していることが明らかになり、有機EL、有機半導体、有機太陽電池などの有機エレクトロニクス材料の鍵分子になる可能性が示されました。

図2 合成世界最小の“ナノリング”炭素分子、[5]CPPの合成
 本研究で開発した合成法は大スケールでの合成法にも向いていると共に、様々な反応性を持つことが期待されます。[5]CPPを出発原料とした「誘導体化」の研究により、電子物性などをさらに精密に制御できることが期待されます。電荷移動材料をはじめとする有機ナノエレクトロニクス材料の開発研究へ大きな波及効果が期待される成果です。
●用語解説●
バンドギャップ(Band Gap):
半導体や絶縁体の最安定の電子状態において、電子が詰まっている一番上の準位と電子が空の一番下の準位の間に電子が存在できないエネルギー差がある。このエネルギー差をバンドギャップという。

・日刊工業新聞(1月31日 27面)、京都新聞(2月22日10面)に掲載

 本成果は、JST戦略的創造研究推進事業(CREST)研究領域「プロセスインテグレーションに向けた高機能ナノ構造体の創出」(入江正浩 研究総括)の研究課題「超分子化学的アプローチによる環状π共役分子の創製とその機能」(研究代表者山子教授)によって支援されました。