小野 輝男教授ら「運動する磁気渦に誘起されたスピン起電力の実時間観測」(2012年5月22日「Nature Communications」誌にオンライン公開)

平成24年5月 トピックス

小野輝男教授ら
(材料機能化学研究系 ナノスピントロニクス研究領域)


小野 輝男教授、田辺 賢士さん、千葉 大地准教授(左より)

この研究成果は、2012年5月22日のNature Communicationsに掲載されました。

材料機能化学研究系ナノスピントロニクス研究領域の小野 輝男教授、小林 研介准教授(現大阪大学教授)、千葉 大地准教授、大学院生の田辺 賢士さんは、大江 純一郎講師(東邦大学)、葛西 伸哉主任研究員(物質材料研究機構)、河野 浩准教授(大阪大学)、S. E. Barnes教授(マイアミ大学)、前川 禎通センター長(日本原子力研究開発機構)との共同研究で、ミクロな強磁性円盤から発生するスピン起電力の実時間観測に成功しました。

 古典的な電磁気学では、磁場の時間的な変化が回路に起電力をもたらします。これは1831年にファラデーが発見した電磁誘導の法則であり、現代エレクトロニクスの根幹をなす法則です。この起電力は磁場が電子の「電荷」に作用する古典的な力(ローレンツ力)を反映しています。一方、ミクロな世界を扱う量子力学を用いると、電子の磁気的な性質である「スピン」に作用する力の存在が示されます。この力はスピン起電力と呼ばれ、強磁性金属中のねじれた磁化構造が運動する時に発生することが知られています[1,2]。しかしスピン起電力は磁化の運動の付随する複雑な効果であるため、平均化したシグナルの検出報告しかありませんでした。

 今回、我々の研究チームは磁気渦(図1)と呼ばれる特殊な磁化構造の運動を用いて、スピン起電力を局所的にかつリアルタイムで検出することに成功しました。磁気渦構造は数マイクロメートル程度の磁気円盤に生じる渦状の磁化構造で、中心部分に、コアと呼ばれる磁化の向きが円盤に垂直方向に立ち上がる領域が存在します[3]。コア近傍では磁化構造が大きくねじれているため、コアを運動させることによって大きなスピン起電力が発生します。


図1 磁気渦の概念図。磁気渦内部は磁化がねじれた構造をとっている。この領域の磁化が動くことでスピン起電力が発生する。磁気渦の中心で磁化が面直方法を向いているのがコア(赤色の部分)である

 磁気渦構造は、交流磁場によって共鳴的にコアを円運動させることができます。我々はこの磁気渦構造の共鳴運動によって生じるスピン起電力の実時間観測を行いました。図2(左)はコア近傍に現れる交流電圧を示しており、およそ1マイクロボルト程度の電圧が周期的に検出されていることが分かります。この周期はコアの円運動の周期と一致しており、これはコアの円運動に付随した起電力、すなわちスピン起電力であることを示しています。コンピュータシミュレーション[4]を用いた計算結果(図2(右))と比較しても、実験結果と計算結果はよく一致していることが分かります。このように、我々は磁気渦構造のコアの運動から発生するスピン起電力のリアルタイム測定に成功しました。


図2(左) 実験的に検出されたスピン起電力シグナル。


図2(右) 同一の条件でコンピュータシミュレーションにより得られたスピン起電力シグナル。

今回の結果は、磁気コア付近のナノスケールの領域にアップスピン電子とダウンスピン電子に逆向きに力を与える電界が磁気コア運動によって生み出されたと理解することができます。

●用語解説●

スピン起電力:磁化構造のねじれた領域が時間変化したときに発生するスピン由来の起電力。電子は電荷とスピンという2つの自由度を持っています。ファラデーの法則は回路に貫く磁束を変化させると回路内で起電力が発生する効果で、電荷に由来する効果です。それに対して、スピンに注目しても同じような起電力が存在し、これをスピン起電力と呼んでいます。

磁気渦構造:直径数マイクロメ―トル程度の磁気円盤中で現れる渦状の磁化構造。特に渦の中心部分に面直に磁化が向く領域があり、この部分をコアと呼ぶ。

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本研究の一部は、科研費基盤研究(S)「新規スピンダイナミクスデバイスの研究」、特定領域研究「スピン流の創出と制御」によって支援されました。

この研究成果は、京都新聞(5月23日23面)、Yahooニュース等に取り上げられました。

[参考文献]
[1] S. E. Barnes, & S. Maekawa, Phys. Rev. Lett. 98, 246601 (2007).
[2] A. Stern, Phys. Rev. Lett. 68, 1022 (1992).
[3] T. Shinjo et al. Science 289, 930 (2000).
[4] J. Ohe & S. Maekawa, J. Appl. Phys. 105, 07C706 (2009).