島村 一利さん、千葉 大地准教授、河口 真志さん、小林 研介准教授、小野 輝男教授ら「室温付近の広い温度範囲で電圧による磁力のスイッチが可能に」(2012年3月19日「Applied Physics Letters」誌にオンライン公開)

平成24年4月 トピックス

島村 一利さん、千葉 大地准教授、河口 真志さん、小林 研介准教授、小野 輝男教授ら
(材料機能化学系 ナノスピントロニクス研究領域)


前列左より千葉 大地准教授、島村 一利さん、河口真志さん
後列左より小野 輝男教授、小林 研介准教授

この研究成果は、2012年3月19日のApplied Physics Lettersに掲載されました。

材料機能化学系ナノスピントロニクス研究領域の島村 一利さん(同博士後期課程3年)、千葉 大地准教授、河口 真志さん(同博士前期課程2年)、小林 研介准教授(現大阪大学教授)、小野 輝男教授、電力中央研究所主任研究員の小野 新平氏、日本電気株式会社(NEC)の深見 俊輔氏、石綿 延行氏らの研究グループは、金属磁石の磁力を室温付近の100度程度の広い温度範囲にわたって、電気的にスイッチすることに成功しました。

 昨年、同チームの一部は、代表的な磁性金属であるコバルトの超薄膜に、固体絶縁膜を介して電圧を加えて、コバルト表面の電子数を変化させることで磁石である状態(強磁性状態)と磁石の性質を持たない状態(常磁性状態)を室温でオン・オフできることを明らかにしました。これにより、外部から磁界を加えたり、温度を変えたりすることなく、磁石の性質を電気的に、しかもほとんど電流を流すことなく制御できるため、消費電力の極めて小さな磁気記録デバイスやコイルを用いない電圧駆動式の磁界発生器などへの応用が期待できます。

 今回、同チームは、制御温度を大幅に拡張しつつ、制御電圧をこれまでの1/5に抑えることに成功しました。具体的には、固体絶縁膜の代わりに、イオン液体を含んだポリマーフィルムを利用することでこれを実現しました。図1に今回利用した素子の構造を示します。この素子にゲート電極からコバルト超薄膜に電圧を印加することで、コバルト表面にイオンが集まり、それに伴いコバルト表面に電荷が誘起されます。このようなイオンの層と電荷の層の対のことを電気二重層と呼びます。この手法の最大の特徴は、僅かな電圧でコバルト層に電荷を大きく誘起できることです。今回、この手法を利用してコバルトの磁石の性質を制御しました。


図1 素子構造。コバルト超薄膜、イオン液体を含んだポリマーフィルム(イオン液体フィルム)、ゲート電極によって構成されている。上下に電圧を印加すると、コバルト上にイオンが集まり、コバルト表面に電荷が誘起され、磁性を制御することができる。


図2 300 Kで測定した磁化の大きさの外部磁界依存性。2 Vの電圧印加で、磁石特有のヒステリシスが大きくなっていることが分かる。

 図2は磁化の大きさの外部磁場依存性です。電圧をかけていない状態(0 V)では磁石ではない状態(常磁性状態)に近いことが分かりますが、電圧をかけた状態(2 V)では磁化の大きさが大きくなり磁石特有の履歴曲線が得られることが分かりました。これは常磁性状態が電圧を2 Vかけただけで強磁性状態に変わったことを意味しています。

 図3は同様の試料を新たに作製して測定した磁化の大きさの温度依存性です。磁化の大きさがゼロになる温度が強磁性状態から常磁性状態に変わる温度(強磁性相転移温度)です。-2 Vから+2 Vの範囲の電圧をかけるだけで、相転移温度を室温を挟んでおよそ100 度変えることに成功しました。前回同チームが報告した結果と比較して、制御電圧は1/5、制御温度は8倍程度まで広げることを達成しました。


図3 磁化の大きさの温度依存性。磁化の大きさがゼロになる温度が強磁性転移温度。±2 Vのゲート電圧で100 K程度転移温度が変化していることが分かる。

 外部から磁界や電流を加えたり温度を変えたりすることなく、磁石の性質を室温で電気的に制御する手法は、将来的には、消費電力の極めて小さな磁気記録メディアへの応用や、コイルを用いない電圧駆動式の磁界発生器などへの応用が期待されます。また、電荷密度(=原子一個当たりの電子の数)を電圧で制御して、磁力をスイッチできるということは、材料科学の観点から、遷移金属の磁石が磁石であるための条件を考える上で大変有益な情報をもたらすと考えられます。

●用語解説●

強磁性状態:一般的には物質が磁石の状態にあることを指します。原子スケールで見ると、隣り合う各原子のスピンが同一の方向を向いて自発的に整列し(自発磁化)、全体として大きな磁気モーメントを持つ状態を指します。このとき、物質は外部磁場が無くても自発磁化を持つことができます。

常磁性状態:物質が磁石の状態を示さない状態にあることを指しますが、中でも、外部磁場が無いときには全体として磁化を持たず、磁場を印加するとその方向に弱く磁化する性質を示すときのことを指します。このとき、熱ゆらぎによるスピンの乱れが強く、自発的な磁化方向の整列が無い状態です。

強磁性相転移:一般的には、温度を変化させて、強磁性相と常磁性相の転移を引き起こすことを指します。今回の成果では、温度を固定したままで、電圧を印加することで強磁性相転移を引き起こすことに成功していることがポイントです。

本学ホームページ

本研究の一部は、JST戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)、科研費若手研究(A)の一環として行われました。

この研究成果は、電波新聞(3月26日3面)に取り上げられました。