関口 康爾元特定助教、山田 啓介さん、千葉 大地助教、小林 研介准教授、小野 輝男教授ら「電流による磁気的な波の制御:スピン波のドップラー効果の実時間観測」 (2012年1月5日 「Physical Review Letters」誌にオンライン公開)

平成24年1月 トピックス

関口康爾元特定助教(現慶応大)、千葉大地助教、小林研介准教授、小野輝男教授ら

(材料機能化学研究系 ナノスピントロニクス研究領域)


小野輝男教授、小林研介准教授、千葉大地助教、 関口康爾元特定助教(左より)

この成果はPhysical Review Letters 電子版(1月5日公開)に掲載されました。

関口康爾元特定助教(現慶應義塾大学理工学研究科専任講師)、元大学院生の山田啓介さん(現パリ南大学研究員)、千葉大地助教、小林研介准教授、小野輝男教授(以上、京都大学化学研究所)と、Soo-Man Seoさん、 Kyung-Jin, Lee教授(Korea大学)からなる研究グループは、金属強磁性体に生じる磁気的な波(スピン波)の伝搬特性を電流によって制御することを試みました。その結果、伝搬速度と振幅を電流によって変調できることを明らかにし、電子のスピンを用いたエレクトロニクス(スピントロニクス)の開発に必須となる基礎的な物質定数の決定に成功しました。

 磁石などの磁性体には、電子のスピンが、(あたかも水面波のように)時間的・空間的に変化して遠くまで伝わっていくような状態が存在します。これをスピン波と呼びます。スピン波は、磁性体の内部を高速で伝搬するため、これを用いた新しいデバイスの開発が期待されています。
 研究グループは、金属強磁性体の超薄膜(厚さ35nm)を微細加工することによってスピン波の伝搬路を作製しました。パルス電流によって発生する局所磁場を用いることで、伝搬路を一方向に進むスピン波の波束を生成し、その伝搬特性に電流が与える影響を調べました(図1)。

図1 (a)電流によるスピン波制御の概念図。中央の金属細線ペアによってスピン波を励起・検出する。スピン波は電流の中を伝搬するように設計されている。
(b)スピン波の実時間イメージングの結果。検出距離を変化させる事によって、波束が弾丸のように伝搬する様子がわかる(この減衰率からダンピング定数が決定された)。

図2 (a) スピン波速度の電流依存性。電流を注入する方向に依存して、スピン波の加速・減速が生じるのがわかる。
(b) 速度変化から決定されたスピン分極率。
(c) スピン波振幅の電流依存性。電流によって増幅・減衰が生じることがわかる(非断熱スピントルク効果)。
(d)振幅変化から決定された非断熱スピントルク。

 電流は電子のスピンの流れでもあるため、このような実験によって、個々の電子スピンと、スピン波(電子スピンの集団励起状態)との間に、どのような相互作用が生じているかを定量的に調べることができます。その結果、電流をスピン波に打ち込むと、電流の向きに応じてスピン波が減速(加速)することを証明しました。このとき同時に、スピン波の振幅にも増幅(減衰)が生じることを明らかにしました。これはスピン波のドップラー効果に相当します。この効果は、スピントランスファー効果(電子スピンと局在スピンとのスピン角運動量のやりとり)に基づく現象で、その効果を定量的に解析することによって、スピントロニクス研究に有用な情報を得ることができます。実際に、本実験によって、スピン分極率・ダンピング定数・非断熱スピントルクというスピントロニクス研究で重要な三つの物質定数を決定することに成功しました。

 本研究で用いた手法は様々な磁性体に適用できるため、スピントロニクスデバイス研究の大きな進展をもたらすものです。また、スピン波のドップラー効果を電流によって制御できることは、高速磁気信号制御に新しい展開をもたらすと期待されます。

 本研究は、学術創成研究 「物質新機能開発戦略としての精密固体化学:機能複合相関新物質の探索と新機能の探求」および基盤研究(S)「新規スピンダイナミクスデバイスの研究」の助成を受けて行われました。