小野 輝男教授、小林 研介准教授、千葉 大地助教ら「磁石を使ったメモリに道:磁壁の電流による移動の要因を解明」(11/2/20「Nature Materials」誌にオンライン公開)

平成23年2月 トピックス

小野輝男教授、小林研介准教授、千葉大地助教ら

(材料機能化学研究系 ナノスピントロニクス研究領域)

(2011年2月20日 「Nature Materials」誌にオンライン公開)

 小野輝男 教授は、小林研介 准教授、千葉大地 助教、大学院生の小山知弘さん、上田浩平さん、近藤浩太さん(以上、京都大学化学研究所)、仲谷栄伸 教授(電気通信大学)、日本電気(NEC)株式会社との共同研究で、強磁性ナノ細線における磁壁移動の閾値を決める要因が、電流と磁場で全く異なることを発見しました。


小野輝男教授、小林研介准教授、千葉大地助教(写真左より)

 強磁性体の磁区と磁区の境界を磁壁と呼びます(図1)。磁壁はナノスケールの磁化のねじれ構造で、これを電流で移動させることが可能であることを京大グループが2004年に示しました(Phys. Rev. Lett., 92 (2004) 077205)。その後、この現象を利用した新規メモリ素子がIBMやNECにより提案されました(図2)。これらの新規メモリは、半導体メモリを凌駕する大容量性・高速性・低い消費電力を兼ね備えた廉価な不揮発性磁気メモリとして期待されています。これまで精力的な研究が行われてきましたが、情報保持の安定性と低消費電力化を両立するのは困難と考えられてきました。

図1:磁壁の概念図。磁壁内部では磁化がねじれた構造をとっている。スピン偏極した伝導電子(スピン偏極電流)を流すと、磁壁内部の磁化はトルクを受け、磁壁全体が電流と逆方向(伝導電子の流れの向き)に移動する。

図2:(左)IBMと(右)NECによって提案された電流による磁壁駆動を用いた不揮発性メモリの概念図。IBMの提案したメモリはレーストラック型メモリと呼ばれ、0と1の情報が書き込まれた磁性細線中の磁壁を電流で駆動して所望のデータを読み出す手法を用いる。NECにより提案されたメモリは中央の磁化方向を電流磁壁駆動によりスイッチさせデータを書込む。
[参考文献] (IBM):Parkin, S. S. P., Hayashi, M. & Thomas, L. Magnetic domain-wall racetrack memory. Science 320, 190 (2008).
(NEC):Fukami, S. et al. Low-current perpendicular domain wall motion cell for scalable high-speed MRAM. 2009 symposiumon VLSI technology. Digest Tech. 24 Pap. 230 (2009).

 研究チームは、コバルトとニッケルを積層した強磁性薄膜を40-300ナノメートルの幅の細線に加工し、細線中の磁壁を電流や磁場で駆動する実験を室温で行いました。磁壁が電流や磁場で動き出す閾値を、閾電流、閾磁場と定義します。閾磁場は細線エッジの凸凹や欠陥などの外因的な要因(外因性ピンニング)で決まります。研究チームは、閾電流が閾磁場とは無関係に決まっていること、閾電流が外部磁場に依存しないこと、を明らかにしました(図3)。これらの結果は、電流と磁場による磁壁駆動機構が全く異なることを意味します。磁壁内部の磁化は電流によりトルクを受けますが、トルクにより磁壁の構造が周期的に変化しならがら磁壁全体が移動します(図4参照)。閾電流は、この構造変化を引き起こすために乗り越えなくてはいけないエネルギー障壁(内因性ピンニング)に依存していると考えることができます。詳しい実験により、閾電流が細線幅に対して極小を示すことが分かりました(図3)。実際、閾電流が極小値を示す細線幅前後で磁壁の安定構造が切り替わることが実験的に証明され、閾電流が極小を示す細線幅では両磁壁構造のエネルギー差も極小となっていることが明らかになりました。

図3:(左)閾電流密度と閾磁場の細線幅依存性。閾電流密度は閾電流密度とは全く異なる細線幅依存性を示す。閾電流密度は細線幅が76 nm 付近で極小値を示す。前後で磁壁の安定構造がネール磁壁からブロッホ磁壁へ切り替わっていることが別な実験より確かめられた。つまり、磁壁の安定構造が切り替わる細線幅では、内因性ピンニングも極小になる(図4参照)。(右)閾電流密度の外部磁場依存性。閾電流密度は外部磁場に依存しないことが分かる。

図4:磁壁の内部構造(ブロッホ磁壁とネール磁壁)の概念図。磁壁が電流でトルクを受けて移動するとき、磁壁の内部構造はブロッホ→ネール→ブロッホ→…と周期的に変化する。閾電流は両者のエネルギー差に依存し、それを内因性ピンニングと呼ぶ。本成果は、実験的に、内因性ピンニングと閾電流の関係を明らかにしたものである。

 実用面からは、細線幅や膜厚などを制御することによりさらなる閾電流の低減が期待されます。また閾電流と閾磁場に相関が無いことから、高い閾磁場をもつ熱安定性の高い素子においても低電流で磁壁を駆動できると考えられます。閾電流値が外部磁場に依存しないことも大きな利点であり、高い外部擾乱耐性と安定動作を兼ね備えた、低消費電力な素子の実現が期待されます。これにより、不揮発性磁気メモリ開発に大きな進展をもたらすと期待されます。

本研究の一部は、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)「スピントロニクス不揮発性機能技術プロジェクト」によって支援されました。

この成果は、英国科学誌Nature Materials誌に2011年2月20日にオンライン公開されました。