松宮助教、渡辺教授ら 「多分岐高分子鎖のダイナミクス」(08/8/2発表)

平成20年8月 トピックス

松宮由実助教、渡辺 宏教授ら
(複合基盤化学研究系 分子レオロジー)


(上写真)左より松宮由実 助教、渡辺 宏教授

(2008年8月2日「Macromolecules」にて発表)

 分子レオロジー研究領域の松宮由実助教、渡辺宏教授、クレタ大学ブラソポロス教授ら、アテネ大学ハジクリスティディス教授の研究グループは、多分岐絡み合い高分子鎖が束縛解放機構を通じて緩和することを実験的に明らかにし、絡み合い高分子のダイナミクスの理解を一段と進展させました。


図1:管モデルの模式図

 流動を支配する高分子鎖の大規模熱運動には、鎖同士の絡み合いの効果が発現します。この効果の記述のために、着目する鎖(プローブ)の周囲の鎖(マトリクス)がプローブ鎖骨格に沿って管状領域を形成し、プローブ運動はこの管内に限定されると考える管モデルが広く用いられています(図1)。現在の管モデルでは、管軸に沿ったプローブ長は揺らぎ、また、管を形成するマトリクス鎖の運動に応じて管壁は消滅・再形成を繰り返すと考えられています。管壁の消滅・再形成によるプローブ運動は「束縛解放」と呼ばれ、平均場モデルである管モデルの枠内で、鎖の運動の協同性を表現しています。束縛解放の結果として、観測の時間スケールの増加と共に実効的管径は膨張します。鎖の緩和部分を単純な溶媒と見なして膨張管径を算出する現在のモデルは、分岐高分子の粘弾性量をかなり良く記述しますが、このモデルが鎖の運動そのものを正しく記述しているかどうかは不明のままでした。

 この問題に対し、松宮助教、渡辺教授らは、主鎖骨格に平行な A 型電気双極子を持つ鎖の粘弾性および誘電緩和関数μ(t)、φ(t) が同一の鎖運動を異なる形で平均化した物理量であることに着目して、鎖の緩和部分が単純な溶媒と見なされる場合のμ(t) とφ(t) の関係式 (μDTD(t) = {φ(t)}d + 管端揺らぎの寄与; d = 1-1.3) を導出し、これを実験的に検証しました。その結果、多分岐鎖の代表であり、A 型電気双極子を有するケーリー樹型シスポリイソプレン (図2の模式図) について、φ(t) データ (図2a) に基づいてこの関係式が与えるμDTD(t) がμ(t) データとは異なること (図2b)、すなわち、鎖の緩和部分は溶媒と等価ではないこと見出しました。これは、世界中で広く用いられているモデルに大きな欠陥があることを意味します。さらに、松宮助教、渡辺教授らは、この等価性を仮定することなく束縛解放と整合的に管が膨張する場合の関係式も導出し、このμCR-DTD(t) がμ(t) データ に近いことも見出しました (図2b)。この結果は、多分岐鎖の運動を精密記述する実験的基盤を与えるものです。

図2:ケーリー樹型ポリイソプレンの (a) 誘電緩和関数と(b)粘弾性緩和関数

●用語解説●

平均場モデル:
多体系の相互作用を、着目対象(たとえば着目する高分子鎖)以外について前平均し、多体問題を一体問題に近似するモデル。 (本文に戻る)

粘弾性および誘電緩和関数:
階段的歪みおよび電場に対する系の経時的応答を記述する関数。 (本文に戻る)