金谷教授、松葉助教、西田幸次准教授 「流動場における高分子結晶化」(07/5/15 Macromoleculesより)

平成20年5月 トピックス

金谷 利治 教授、松葉豪 助教、西田幸次 准教授
(複合基盤化学研究系 高分子物質科学)


左より金谷 利治 教授、松葉豪 助教、西田幸次 准教授

(2007年5月15日「Macromolecules」掲載)

コンビニでもらう買い物袋が、鉄よりも強くなる。
ポリ袋などの材料となる高分子の構造形成メカニズムを探れば、
鉄の強さを持ちしかも、しなやかな繊維創製への一歩となる。
現在、茨城県東海村で建設中の世界最大強度の中性子ビームを使い、その夢の実現に挑む。

図1 シシケバブの模式図。シシ:伸張鎖結晶、ケバブ:折り畳み鎖ラメラ晶

 高分子の流動場結晶化過程での高次構造をうまく制御すると、スーパーマーケットでもらうポリエチレンの買い物袋が鉄よりも強い繊維になる。この実現は高分子科学分野における一つの夢であり、これまで非常に多くの研究がなされてきた。実際に、ポリエチレンではかなり強い(高強度・高弾性率)繊維が実現されているが、すべての高分子で可能という訳ではない。我々の研究室では、高分子構造の精密解析と精密制御を大きな柱として研究を進めているが、どのような高次構造のために高分子が鉄より強くなるか、どのような機構でそのような高次構造が出現するかは大きなテーマである。実際、高強度・高弾性率繊維の高次構造を観察すると図1に示すようなシシケバブ構造と呼ばれる特異な構造が観察される。この名前は、トルコ料理の串刺しの焼き肉(シシが串で、ケバブがお肉)に似ていることからきており、シシは伸張鎖結晶、ケバブは折り畳み鎖ラメラ結晶と考えられている。シシケバブ構造の比率が高くなると弾性率が大きくなるため、高強度・高弾性率を支える分子構造的な起源であると考えられている。

 我々のような基礎研究の立場からは、その生成機構の解明が最も興味あり、重要である。何故なら、シシケバブ構造の生成の機構が明らかになれば、その制御も可能となると考えられるからである。すでに膨大な研究があるにもかかわらず、我々も流動場における高分子結晶化という古くて重要なテーマに取り組み始めた。その大きな理由は最近の測定、解析技術の進歩である。特に我々の研究室が頻繁に利用する中性子散乱、放射光X線散乱などの施設や技術の進歩が著しく、これらの手法を用いることにより新たなブレークスルーをもたらすことができると考えたからである。平成9年度より運転を開始した世界最高強度を誇る放射光X線施設SPring-8や原子力研究開発機構の研究用原子炉JRR-3を用いて実験すると新たな知見が得られる。図2は2.8%の超高分子量成分のポリエチレンを含む通常分子量の重水素化ポリエチレン延伸試料の小角X線および小角中性子散乱データとそれらを測定した装置である。これらの実験より超高分子量成分がシシおよびシシ前駆体を形成することを明らかにし、その数やサイズを世界ではじめて決定することができた。

図2 小角中性子散乱装置(SANS-U、原研JRR-3、東海村)と小角X線散乱装置(BL45XU、SPring-8、西播磨)(上段)。ポリエチレンD/Hブレンド延伸物の2次元散乱パターン(下段)


図3 建設中のJ-PARC/MLF中性子実験ホール

 さらに、東海村に建設中の大強度陽子加速器施設(J-PARC)の物質生命研究施設(MLF)では世界最大強度の中性子ビームが平成20年5月には供給される(図3)。これらを用いると、シシケバブの各部分が時々刻々と生成していく過程を明らかにでき、その生成機構の全容解明に大きな期待が持てる。

●用語解説●

伸張鎖結晶と折り畳み鎖ラメラ結晶:

高分子鎖は通常数百~数千のモノマー単位で構成され、その長さは数マイクロメートルにおよぶ。融体や溶液中ではエントロピー効果により糸鞠状になっている。そのような高分子鎖が伸びきった状態で結晶したものが伸長鎖結晶、何度か折り畳まれながら結晶したものが折り畳み鎖ラメラ結晶である。