エピタキシャルCrSbが生み出す結晶学的スピン軌道トルク ― 結晶方位を利用した次世代スピントロニクスデバイスへ ―

公開日:2026年9月10日
本研究成果は、2026年9月10日午前10時に国際学術誌「Advanced Functional Materials」にオンライン掲載されました。 

 京都大学化学研究所 Tseng Chih-Hsiang 博士後期課程学生(研究当時)、輕部修太郎 特定准教授、小野輝男 教授らの研究グループは、同研究所 佐藤良太 特定助教、寺西利治 教授らの研究グループ、米国ネブラスカ大学リンカーン校 Kirill Belashchenko 教授、日本電気株式会社 矢作裕太 研究員と共同で、交替磁性体として注目されるCrSbにおいて、電流が磁化に与えるスピントルクの大きさと方向が結晶方位に強く依存することを明らかにしました。結晶方位を制御したCrSb薄膜をエピタキシャル成長し、スピントルク強磁性共鳴測定によって2つのCrSb結晶面を比較した結果、従来のスピンホール効果では説明できないトルク成分を観測し、その主要な起源が交替磁性固有の効果ではなくCrSb/強磁性体界面の結晶・界面対称性にあることを示しました。トルク効率はPtやTaなどの重金属に匹敵し、結晶の向きを新たな設計自由度として利用するスピントロニクスデバイスや、将来の磁気ランダムアクセスメモリ(MRAM)への応用に向けた指針となります。

 

研究概念図:交替磁性体CrSbに電流を流すと、結晶の向きに応じて生成されるスピントルクの大きさと方向が変化します。本研究では、この結晶方位依存性が主にCrSb/強磁性体界面の結晶学的・界面的対称性に由来することを明らかにしました。©京都大学化学研究所 小野研究室 
 

●用語解説●

交替磁性体:反強磁性体のように、原子レベルの磁気モーメントが互いに反対方向を向いて全体の磁化が打ち消し合う一方、電子のエネルギーバンドには強磁性体に似た大きなスピン分裂が現れる新しい磁性相です。結晶の対称性とスピンの状態が強く結び付いていることが特徴です。

 

スピントルク(スピン軌道トルク):電子のスピン角運動量が磁性体の磁化に受け渡されることで生じる、いわば「磁化を動かす力」です。スピン軌道相互作用を利用して電流から生じるものをスピン軌道トルクと呼び、磁化の向きを電気的に制御するために利用できます。

 

エピタキシャル成長:基板となる結晶の原子配列や結晶方位にそろえて薄膜結晶を成長させる手法です。本研究では、この方法によってCrSbの結晶方位を制御しました。

 

磁気ランダムアクセスメモリ:磁性体の磁化状態を利用して情報を記録する不揮発性メモリです。高速動作と高い耐久性を持ち、次世代メモリの有力な候補として注目されています。