4つのニッケル原子の協同作用で強固な炭素-水素結合を活性化 ―複数の金属が協力する分子の新たな可能性―

公開日:2026年7月30日
本研究成果は、2026年7月29日に英国の国際学術誌「Nature Communications」にオンライン掲載されました。 

 京都大学化学研究所 大木靖弘 教授、角南康平 同大学院生(研究当時)、田中奏多 同大学院生、山梨遼太朗 同博士研究員、檜垣達也 同助教(研究当時、現:東京都立大学)、伊豆仁 同助教らは、チャルマース工科大学 W. M. C. Sameera 研究員、京都大学 寺西利治 教授、髙畑遼 同助教、東京都立大学 山添誠司 教授、吉川聡一 同助教、筑波大学 二瓶雅之 教授、志賀拓也 同准教授、京都大学 加藤立久 研究員と共同で、4つのニッケル原子からなる新しい分子(ニッケルクラスター錯体)を開発し、安価で資源が豊富なニッケルを用いて、これまで困難と考えられてきた炭化水素炭素-水素(C–H)結合を穏和な条件で活性化(切断)できることを明らかにしました。

 炭化水素のC–H結合は有機分子中に広く存在する強固な結合であり、その結合を直接活性化して有用な物質へ変換する技術は触媒化学における重要課題です。これまで、このような反応にはロジウムやイリジウムなどの希少で高価な貴金属が主に用いられてきました。一方、ニッケルは安価で資源が豊富であるにもかかわらず、穏和な条件で炭化水素のC–H結合を活性化できる例は極めて限られていました。

 研究グループは、複数の金属原子が協力して電子を受け渡すクラスター錯体に着目し、その協同作用を利用した新しい分子の設計に取り組みました。独自に開発した合成法を用いて4つのニッケル原子を含む新しいクラスター錯体を合成したところ、ベンゼンやトルエンなどの芳香族炭化水素だけでなく、通常は反応性が低いn-オクタンなど飽和炭化水素のC–H結合も50 ℃という穏和な条件で可逆的に活性化できることが判明しました。実験と理論計算の結果から、この特徴的な高い反応性は、4つのニッケル原子が酸化還元を分担し協力することで生み出されることが明らかになりました。

 本成果は、複数の金属原子を集積した分子が、従来のニッケル錯体には見られなかった新しい反応性を示すことを明らかにしたものです。安価で資源が豊富なニッケルを利用した新しい触媒の開発に加え、複数の金属原子が協力して働く分子の設計と機能開拓をさらに発展させる成果として期待されます。

 

図: 4つのニッケル原子が協力して働くニッケルクラスター錯体による炭化水素C–H結合の活性化。芳香族および飽和炭化水素の強固なC–H結合も穏和な条件で可逆的に活性化できる。さらに、このクラスター錯体は触媒としても機能し、水素–重水素(H/D)交換反応を進行させる。図作成:伊豆仁助教(大木研究室)
 

●用語解説●

錯体:金属イオンに、配位子と呼ばれる分子やイオンが結合してできる化合物です。金属と配位子の組み合わせによって、多様な構造や性質を示します。

 

金属クラスター錯体:複数の金属原子が互いに近接して集まった分子です。複数の金属原子を1つの分子内に持つため、単一の金属原子からなる錯体とは異なる構造や反応性を示すことがあります。

 

炭化水素:炭素原子と水素原子だけからなる化合物の総称です。石油や天然ガスの主成分であり、医薬品、機能性材料、プラスチックなど多くの化学製品の原料として利用されています。本研究では、ベンゼン、トルエン、n-オクタンなどを対象としました。

 

炭素-水素(C–H)結合:炭素原子と水素原子を結ぶ化学結合です。有機分子中に最も多く存在する結合の1つであり、炭化水素の基本骨格を構成しています。結合が強く化学的に安定であるため、目的の位置だけを選択的に反応させることは容易ではありません。

 

結合活性化:C–H結合など反応しにくい化学結合を切断して反応可能な状態にし、新しい結合切断へと導く反応段階を指します。

 
 
研究領域情報
錯体触媒変換化学