“ねじれた電子の流れ”が生む常識破りの芳香族性 ―4π電子系でも安定化する重元素分子の新原理―
京都大学化学研究所 水畑吉行 准教授、内田大地 大学院生、山田容子 教授らの研究グループは、ゲルマニウムを含む重元素環状分子において、従来の理論では説明できない新しい芳香族性の発現機構を発見しました。
本研究では、1,4-ジゲルマシクロペンタ-1,3-ジエンと呼ばれる5員環化合物を合成し、その電子構造を詳細に解析しました。その結果、通常は不安定とされる「平面4π電子系」であるにもかかわらず、芳香族的な安定化が生じていることを明らかにしました。これは、炭素のπ電子系(C–C部)、ゲルマニウム–炭素(CH2)結合のσ*軌道、さらにゲルマニウム由来の軌道が協働的に相互作用し、「ねじれた電子の流れ」を形成することによるものです。「ねじれた電子の流れ」とは、電子の波の位相が連続的に反転しながらつながる非局在化経路を指します。
この現象は、従来のヒュッケル則(4n+2則)に基づく芳香族性とは異なる非古典的な電子非局在化様式によるものであり、重元素化学における分子設計の新たな指針を提示するものです。

●用語解説●
重元素:有機化学においては第一および第二周期の元素(軽元素)を取り扱うことが多いが、第三周期以降の元素をここでは総称して重元素と呼ぶ。周期が高くなれば、必然的に元素の原子量は大きく(重く)なるからである。
芳香族性・反芳香族性・ヒュッケル則:環状に電子が非局在化することで分子が安定化する現象を芳香族性という。一般に、平面構造を持つ分子では4n+2個のπ電子を持つと安定化し、4n個の場合は不安定(反芳香族性)になるとされる(ヒュッケル則)。ただし本研究のように、σ軌道が関与する場合にはこの規則が成り立たないことがある。
π電子系:π軌道に存在する電子が分子内で連続的に広がることで形成される電子系。通常の芳香族分子では、このπ電子系が環状に広がることで安定化が生じる。
σ/σ*軌道:2つの原子軌道が同位相で重なり合うことで安定なσ軌道が、逆位相で重なり合うことで不安定なσ*軌道(反結合性軌道)が生じる。通常、σ*軌道は電子が入らない高エネルギー軌道であるが、今回このσ*軌道がπ電子系と相互作用し、電子非局在化に関与している。
「本研究では、従来の芳香族性の枠組みでは説明できない電子非局在化を実証することができました。重元素特有の軌道特性を活かすことで、新しい分子設計の可能性が広がると期待しています。」
(水畑 吉行)
有機元素化学
京都大学 化学研究所
国際共同利用・共同研究拠点