ミュー粒子を使って超伝導電子ペアの状態を解明
隣接する超伝導体の作る落とし穴に警鐘
最近注目度が増している量子物質とは、日常的なスケールでの性質が量子力学効果から創発する物質で、超伝導体はその最たる例です。その中でも銅酸化物高温超伝導体など、標準的な理論の枠では説明できない「非従来型超伝導体」が、現代の基礎研究の中心対象です。ルテニウム酸化物で約30年前に発見された超伝導も非従来型の典型例です。長年、電子ペアが磁石のような性質を保って量子情報を電気抵抗ゼロで運べる、スピン三重項超伝導という画期的な状態が実現していると考えられてきました。ところが最近の核磁気共鳴の実験から以前の結論をくつがえす結果が明らかになったため、ほかの実験手法で検証することが重要となっていました。
京都大学化学研究所 松木久和 助教(京都大学高等研究院 豊田理研‐京大連携拠点(TRiKUC)特定助教)・前野悦輝 連携拠点 教授、スイスのパウル・シェラー研究所(PSI) ルステム・カサノフ博士、東京大学物性研究所 湯池宏介 大学院生らの研究グループは、ミュー粒子を使った磁気共鳴の実験に新しい手法を導入することで、ルテニウム酸化物Sr2RuO4の超伝導はスピン一重項で矛盾なく説明できることを確証しました。その過程で、超伝導体についてのこれまでの多くのミュー粒子実験の手法に思わぬ落とし穴があったことを明らかにしました。ミュー粒子ビームを効率よく照射するために複数の超伝導単結晶試料を並べた場合、マイスナー効果を示す隣接試料からの漏れ磁場が大きな信号を生んでいたのです。本研究によって、原子核とは相補的に、ミュー粒子を使った磁気共鳴による超伝導体の研究がさらに発展すると期待されます。

●用語解説●
ミュー粒子(ミューオン、ミュオン):電子と同じく素粒子の一種であるレプトンに分類される粒子です。電荷は電子と同じですが、質量は電子の約207倍と重く、平均寿命は約2.2マイクロ秒です。その後、電子(または陽電子)とニュートリノに崩壊します。近年では、ミュー粒子が物質を高い透過力で通り抜ける性質を利用した「ミュー粒子透視(ミュオグラフィ)」技術が発展し、ピラミッドや火山、原子炉などの巨大構造物の内部を、レントゲン撮影のように非破壊で可視化する手法として注目されています。
ミュー粒子による磁気共鳴(μSR):ミュー粒子(ミュオン)のスピンの回転(Rotation)や緩和(Relaxation)を利用した実験手法です。磁場中では、ミュー粒子のスピンが特定の周波数で歳差運動を行います。この性質を利用して、物質中に打ち込まれたミュー粒子が感じる磁場の強さや不均一性、さらには磁場の揺らぎの時間スケールなどを、スピンの回転周波数や整列状態の時間変化として観測します。
本研究では、正の電荷をもつミュー粒子を超伝導体に照射し、ミュー粒子の崩壊によって放出される陽電子の分布を解析することで、超伝導電子ペアのスピン状態に関するミクロな情報を明らかにしました。
非従来型超伝導:超伝導とは、金属中の電子が低温で電気抵抗ゼロの状態になる現象で、1911年にオランダの物理学者カメリン・オネスによって発見されました。超伝導が起こる温度は超伝導臨界温度(Tc)と呼ばれ、Tc以下では電子が互いにペアを形成し、ボース・アイシュタイン凝縮に類似した量子凝縮状態になります。この仕組みを説明する理論は、提唱者の名前にちなみBCS理論と呼ばれ、長年にわたって超伝導の標準理論として受け入れられてきました。一方、電子ペアの性質や相互作用がBCS理論の枠組みでは十分に説明できない超伝導は「非従来型超伝導」と呼ばれます。代表的な例として、銅酸化物高温超伝導体、セリウムやウランを含む重い電子系物質の超伝導、鉄系超伝導体、そしてルテニウム酸化物超伝導体などが知られています。
ルテニウム酸化物超伝導体:銅酸化物高温超伝導体と同じ結晶構造を持ち、銅元素がルテニウム元素に置き換わった超伝導体です(図)。電子同士の強い相互作用や、多数の電子バンドが関与する電子構造をもち、超伝導臨界温度Tcは1.5∼3.5ケルビンと低いものの、現代の「機能性量子物質」に求められる特徴を兼ね備えた非従来型超伝導体であるため、特に基礎研究の対象として注目されています。

「非従来型の超伝導状態を完全に理解することは、現代の物理学でも極めて挑戦的なテーマになっています。そのよりどころとなる実験結果にも、専門家の間ですら意識されていなかった意外な技術的落とし穴がありうることを痛感しました。長年研究されてきた問題の解決には粘りと地道な努力が必要です。ルテニウム酸化物の超伝導については、残された重要な問題点が鮮明になっているので、一つ一つ解き明かして最終解決を目指します。」
(京都大学高等研究院 豊田理研‐京大連携拠点(TRiKUC)前野悦輝)
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ナノスピントロニクス
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