非相溶元素間の原子拡散障壁が未踏結晶相形成に及ぼす影響を解明 ―未踏結晶構造の探索に向けた新たな知見―

公開日:2025年9月19日
本研究成果は、2025年9月10日に国際学術誌「Chemical Science」にオンライン掲載されました。 

 京都大学化学研究所 精密無機合成化学研究領域 松本憲志 特定助教、佐藤良太 特定助教、髙畑遼 助教、寺西利治 教授、九州大学 工藤昌輝 学術研究員(現北海道大学特任助教)、名桜大学 立津慶幸 上級准教授の研究グループは、元素間に固有の相溶性(元素間相溶性)により安定化されるZ3型合金構造の形成過程において、非相溶な元素ペアの隣接が原子拡散の活性化障壁を大きくすることを明らかにしました。
 複数の金属元素で構成される合金の化学的・物理的な特性は、その結晶構造に大きく依存することが知られています。そのため、新しい物性や機能を発見する方法の一つとして、未踏構造の安定化が考えられます。ところが、これまで数多くの準安定相の形成が報告されていますが、未踏構造の探索はほとんど例がありません。そこで、我々が最近合成に成功した前例のないZ3型合金構造の形成機構(特に、原子拡散過程)を明らかにすることで、未踏構造探索の手掛かりが得られると考えました。
 本研究では、精密なナノ粒子合成により設計した2種類のナノ粒子- FePd3合金へのIn拡散(FePd3:Inナノ粒子)とPdInx合金相へのFe拡散(PdInx:Feナノ粒子)-に対して還元熱処理を施した結果、PdInx:Fe ナノ粒子に比べてFePd3:Inナノ粒子の方が、Z3型Fe(Pd, In)3合金ナノ粒子の形成に必要な温度が200 Kも高いことを発見しました。この温度差について調査するために、原子拡散過程を原子レベルに追跡したところ、非相溶な元素ペアであるFeとInの隣接の有無に原因があることを見出しました。第一原理計算により2種類の出発ナノ粒子の原子拡散過程で形成される中間構造の形成エネルギーを求めたところ、FeとInが隣接することで構造が大きく不安定化することが確認され、その分原子相互拡散の活性化障壁も高くなることが分かりました。
 これらの知見は、非相溶な元素ペアを含む未踏合金相を探索するうえで、原子拡散過程の制御が必要であることを意味しており、今後の未踏材料開発の促進に貢献すると考えられます。

 

図: 非相溶な元素ペアであるFeとInの異なる拡散経路により生じたZ3相に至るまでの形成温度の違いに関する概要図
 

●用語解説●

相溶性 (miscibility):特定の元素組成と温度に対応した熱力学的に安定な構造が記された平衡状態図から読み取ることの可能な元素間の原子レベルでの混じりやすさのこと。例えば、PdとInは複数の合金相を形成可能なため高い相溶性をもつが、FeとInは1273 K以上においても原子レベルに混ざることがないため非相溶である。

 

第一原理計算 (first-principles calculation):物質中の電子の運動エネルギーを量子力学の方程式に従って数値計算により解く手法のこと。

 

形成エネルギー (formation energy):合金になることで生じる安定化エネルギーのこと。例えば、Z3相の形成エネルギー(EZ3)は単位格子がFe2Pd5In1で構成されるため、EZ3 = E(Z3-Fe2Pd5In1)–{2E(Fe)+5E(Pd)+E(In)}となる。ここで、E(Z3-Fe2Pd5In1)、E(Fe)、E(Pd)、E(In)は0 Kにおける基底状態での電子の運動エネルギーであり、これらは第一原理計算により求められる。

 
研究者のコメント
「原子がどのように拡散をすることで未踏結晶相が形成されるのか疑問を抱くことで、本研究が始まりました。しかし、実験的にも理論計算的にも難しい研究対象だったため、どのように研究を進めることで形になるのか頭を悩ませていました。本研究は、共同研究者と一緒に悩みながら一つずつ明らかにしていくというまさに「研究活動」を通して達成することができました。改めて、この場を借りて共同研究者の皆様に御礼申し上げます。非相溶な元素を含む多元系金属合金の研究はまだまだ未開拓な研究領域ですが、引き続き気になるという自分の感性を信じながら一つずつ明らかにしていきたいと考えています。」(松本憲志)
 
 
研究領域情報
精密無機合成化学