ダイヤモンド量子センサによる暗黒物質探査法を提唱 ―軽い暗黒物質質量の幅広い領域を高感度に探索へ―

公開日:2025年5月16日
本研究は、2025年4月29日に米国の国際学術誌「Phys. Rev. D」にオンライン掲載されました。 

 我々の知る原子、分子などの物質は、宇宙に存在する全物質・エネルギーのわずか5%に過ぎないことが、これまでの素粒子や宇宙の研究から分かってきています。残りの95%のうち、27%が暗黒物質とよばれる正体不明の物質、68%が暗黒エネルギーとよばれる謎のエネルギーであるとされています。現代物理学の未解決問題を解決すべく、探索実験が世界各国で精力的に進められています。
 京都大学化学研究所 Ernst David Herbschleb 特定助教、水落憲和 教授、ローレンス・バークレー国立研究所(研究当時、現:マサチューセッツ工科大学研究員)千草颯 研究員、高エネルギー加速器研究機構量子場計測システム国際拠点/素粒子原子核研究所 羽澄昌史 特任教授、中央大学理工学部 松崎雄一郎 准教授、東北大学理学部 中山和則 准教授らの研究グループは、ダイヤモンド中のスピンと暗黒物質が相互作用することを利用する新たな探索法を提唱しました。既存の技術を用いて、暗黒物質の有力候補であるアクシオンに対し、十分な探索が行われていない、信号周波数にして100 Hz以下、質量にして電子の質量の1018分の1以下の幅広い領域で世界最高の制限がつけられ得ることを示しました。検出に用いる核スピンの核種を変えることにより、環境磁場などの微弱なノイズと、暗黒物質由来の信号を区別することもでき、今後の精密な観測が期待されます。

 

図1: (左) ダイヤモンドのNV中心の電子スピン(オレンジ色の矢印)は、磁場に対して非常に敏感である一方、窒素の核スピン(マゼンタ色の矢印)は低い磁気回転比のため、磁場に対してそれほど敏感ではありません。(右) しかし、暗黒物質のアクシオン場の勾配との結合にはそのような制限がないため、核スピンは長いコヒーレンス時間を利用してこの暗黒物質候補を高感度に検出することが期待できます。
 
1. 背景
 現在の素粒子物理学では、標準模型という理論モデルで宇宙の数多くの現象を説明・記述できることが知られています。一方で、標準模型では説明できない暗黒物質・暗黒エネルギーが宇宙の全エネルギーのうち約95%を占めていて、その正体が明らかになっていないため、こうした標準模型を超える新物理の探索実験が世界各国で精力的に進められています。
 スピンがアクシオンなどの暗黒物質候補と相互作用する際、スピンはあたかも磁場下に置かれている時と同様の振る舞いをすることが理論的に予想されています。このことから、スピンを用いた高磁場感度を有するセンサを用いると、こういった暗黒物質を検出することができると期待できます。最近、我々はダイヤモンド中の窒素-空孔(NV)中心の電子スピン状態を用いることにより、暗黒物質を幅広い領域で探索し得ることを示し、報告しました(関連論文)
 ダイヤモンド中のNV中心は、高感度な量子センサとして注目されています。室温で1個のNV中心が有するスピンを観測でき、さらに磁場、電場、温度、圧力などの高感度センサとしての応用が期待されています。センサ感度は一度に計測するNV中心の数を増やすことにより、感度を飛躍的に高めることができます。原理的には、液体ヘリウムを用いないと動作できない超伝導量子干渉計や、気相中のガスを用いた光ポンピング磁力計の感度レベルに、固体でありながら室温でも到達することが期待できます。このため、極めて高い感度が要求される分野においても、幅広い応用が期待されます。超伝導量子干渉計や光ポンピング磁力計などの非常に高感度な磁場センサでは、ダイナミックレンジが狭く、通常、磁気シールドされた環境下で使用されています。NV中心を用いたセンサは非常に高感度な量子センサで、且つ広いダイナミックレンジを有し、正体の分かっていない暗黒物質を探索する際には幅広い領域を探索できる利点があります。
 
2. 研究手法・成果
 今回、我々はダイヤモンド中のNV中心を構成する窒素の核スピンに注目しました。核スピンは電子スピンに比べ、磁気回転比が3桁程度小さいため、電子スピンに比べると磁場感度が3桁程度小さくなり、磁場に対して敏感ではありません。このことから、これまでNV中心を用いた量子センサでは電子スピンをセンサ源として用いるのが常識でした。しかし、スピンとアクシオン暗黒物質との相互作用には磁気回転比が関わらないため、磁場感度の場合の大きな差がなくなり、さらに核スピンの長いコヒーレンス時間を利用して、この暗黒物質候補を高感度に検出することが期待できるのではないかと着想しました。
 我々は、ある量子センサの計測手法を用いた探索法について、アクシオンの各質量における窒素核スピンとの相互作用の大きさを理論的に見積もりました。今回の計測手法では、核スピンとの相互作用を電子スピンの状態変化を介して計測します。その結果、図2に示したように既存の検出技術と手法を用いて、1020個程度の十分な量のNV中心を用意し、1年程度の十分な時間をかけて計測すれば、暗黒物質の有力候補であるアクシオンに対し、周波数にして100 Hz以下、質量にして電子の質量の1018分の1以下の幅広い領域で高感度に計測でき、幅広い領域で世界最高の制限がつけられ得ることを示しました。
 さらに、検出に用いる核スピンの核種を変えることにより、環境磁場などの微弱なノイズと、暗黒物質由来の信号を区別することができる点も重要です。信号を観測しても微弱な信号の場合、それが観測しようとしていたアクシオンと核スピンの相互作用に由来するのか、それとも単なるノイズなのかを区別することが極めて重要になります。窒素の場合、質量数が14(14N)と15(15N)の同位体がありますが、それらでは陽子の数は同じですが、中性子の数が異なります。アクシオンと陽子、中性子の相互作用が違うことから、14Nと15Nでは、相互作用の大きさが異なり、この違いから、観測した信号がアクシオンと核スピンの相互作用に由来するのか、それとも単なるノイズなのかを区別できます。
 

図2 : 核スピンとアクシオンの相互作用(縦軸)とアクシオン質量(横軸、横軸上は周波数に換算)。橙色で塗りつぶされた領域が、今回示されたダイヤモンド量子センサで探索が期待される領域。赤色実線、緑色実線、青色実線は、それぞれNV中心の個数(N)が1012個、測定時間(tobs)1秒の時の値、NV中心の個数が1012個、測定時間1年の時の値、NV中心の個数が1020個、測定時間1年の時の原理的限界の射影ノイズを採用した際の値。それぞれの色の点線は、実験的に得られているショットノイズを採用した際の値。黒の破線は既に探索されている限界値。
 
3. 波及効果、今後の予定
 今回の成果と最近の関連研究(関連論文)により、ダイヤモンド量子センサを用いて、軽い暗黒物質質量の幅広い領域を高感度に探索できることが示されました。ダイヤモンド量子センサについては更なる高感度化が必要ですが、低温における高感度化、量子センシング手法開発、高品質ダイヤモンド合成などにより、更なる高感度化が期待できます。今後は、高感度化に取り組みつつ計測システムを構築し、幅広い領域について探索を行うことを計画しています。
 
4. 研究プロジェクトについて
 本研究は、高エネルギー加速器研究機構 量子場計測システム国際拠点において、文部科学省世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)の支援を受けて行われました。また、部分的に、DOE, Office of Science under Contract(DE-AC02-05CH11231)、Quantum Information Science Enabled Discovery (QuantISED) for High Energy Physics (KA2401032) 、JSTムーンショット型研究開発事業(JPMJMS226C)、JSPS科研費(20H05661, 23H04390, 20H05661, 24K07010)、JST CREST (JPMJCR23I5) の支援を受けて行われました。
 
関連論文

タイトル:Light Dark Matter Search with Nitrogen-Vacancy Centers in Diamonds

     (ダイヤモンドの窒素空孔中心を用いた軽い暗黒物質の探索)

著  者:So Chigusa, Masashi Hazumi, Ernst David Herbschleb,Norikazu Mizuochi,
     Kazunori Nakayama

掲 載 誌:Journal of High Energy Physics, DOI:10.1007/JHEP03(2025)083
     (2025年3月12日オンライン掲載)

 

●用語解説●

アクシオン:強い相互作用の持つCPと呼ばれる対称性を説明するための理論や、標準模型と重力相互作用を矛盾なく融合した万物の理論の候補である超弦理論を考えると、その存在が予言される軽い素粒子。暗黒物質の有力候補で、相互作用に応じて電磁場と同様の信号を検出器に残す。

 

窒素-空孔(NV)中心:ダイヤモンド結晶を構成する炭素原子の代わりに不純物として窒素原子(Nitrogen)が配置され、その隣に炭素原子の抜け穴(空孔, Vacancy)が配置された、窒素と空孔のペアを窒素-空孔(Nitrogen-Vacancy, NV)中心、NV中心、もしくはNVセンタ―と呼ぶ。