レーザー核融合のキーパーツを開発
大型高出力レーザーのキーパーツ「ガラス製ファラデー素子」が レーザー核融合の実現可能性を加速させる
京都大学化学研究所 時田茂樹 教授、京都大学工学研究科 田中勝久教授、日本電気硝子株式会社、大阪大学レーザー科学研究所(以下、阪大レーザー研と略す)、核融合科学研究所らの研究グループは、大型高出力レーザーのキーパーツとなる「ガラス製ファラデー素子」を開発しました。このパーツを用いた光アイソレーターにより、高出力レーザーの運用における反射戻り光の課題を解決できます。高出力レーザーは、レーザー核融合のほか、宇宙デブリ除去や重粒子線がん治療など、幅広い分野での活用が期待されています。
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高出力レーザーの反射戻り光は、レーザー機器の破損リスクやノイズ問題を引き起こすため、装置の実現に向けた大きな課題となっていました。日本電気硝子は、小型の高出力レーザー対応光アイソレーターの開発経験を活かし、大型高出力レーザーの要件に応えるガラス製ファラデー素子を開発、京都大学と核融合科学研究所がガラスの評価を行い、阪大レーザー研が「SENJU」の光アイソレーターとして実装を進めています。
ガラス製ファラデー素子は、光アイソレーターに使用されるファラデー素子であり、磁場を利用して光の偏光面を回転させる特殊なパーツです。レーザーの反射光を制御する機器「光アイソレーター」のキーパーツとして使用されます。今回共同開発したガラス製ファラデー素子は以下の特長を持ち、TGGなどの従来素材を凌駕します。1-3)
・大型化が可能
直径90 mm以上の大型ビームを制御可能な、110×110×15 mm3のサイズを実現
・高出力光耐性が高い
従来のTGGと比較して吸光係数が低く、レーザーの出力を上げても品質が落ちない。
レーザー核融合に適切なガラスのサイズ・厚みの試作を継続するとともに、さらなる光学特性評価を進めます。また、実用化に向けて「ガラス製ファラデー素子を搭載した光アイソレーター」の試作へとステップを進めていきます。
レーザー核融合は、安定したエネルギー供給とカーボンニュートラルの実現に寄与する次世代エネルギー技術として注目されています。日本のエネルギー自給率が極めて低い中、レーザー核融合はエネルギー安全保障に大きな可能性を提供します。
●用語解説●
日本電気硝子株式会社:日本電気硝子株式会社は、滋賀県大津市に本社を置く、世界トップクラスの特殊ガラスメーカーです。新たな機能を生み出す特殊ガラスは、板や管、糸、粉末などさまざまな製品に姿を変え、半導体やディスプレイ、自動車、電子機器、医療、エネルギーなど多岐にわたる分野で活躍しています。当社が70年以上の歴史の中で磨き上げてきた技術と実績により開発された特殊ガラスは、暮らしのあたりまえから産業の最先端まで、幅広い分野で高い評価を受けています。https://www.neg.co.jp/
大阪大学レーザー科学研究所:大阪大学レーザー科学研究所は、1972年の設立以来、レーザー技術の開発と応用で世界をリードしてきました。特にレーザー核融合研究は、究極のエネルギー源を追求する学際研究で、多くの波及技術を生み出しています。また、レーザー宇宙物理学やプラズマフォトニクスといった新たな学問領域を開拓し、国際的に高いプレゼンスを誇ります。さらに、世界最大級の出力を誇るレーザー施設を擁し、学術・産業分野に貢献しています。
核融合科学研究所:核融合科学研究所は、核融合エネルギーを私たちが利用できる形で実現するために必要となるプラズマ物理をはじめ、量子プロセスや材料科学、レーザー機器の工学技術など、多岐にわたる研究課題に取り組んでいます。大学共同利用機関として、大型ヘリカル装置(LHD)やスーパーコンピュータなど、大型の研究施設をはじめ、様々な研究装置群を共同利用に供し、国内外の大学や研究機関との共同研究を進めることで、核融合科学の発展とともに、広く科学技術の基盤形成を推進しています。
高出力レーザー:レーザー核融合、宇宙デブリの除去、重粒子線によるがん治療などの先端医療に利用される先端的な光の複合技術。
ファラデー素子:光をコントロールするパーツのひとつで、磁石の力を使って光の偏光面の角度を回転させるもの。
光アイソレーター:金属と結合し、分子性化合物(錯体)を生じる物質の総称。例えば、水分子も配位子として金属に結合できる。本研究では、かさ高い炭化水素基を有するホスフィン配位子を用いた。この配位子は、Feと強く結合し外れにくいため、金属クラスター錯体を立体的に保護する目的で導入している。
レーザー核融合:強力なレーザー光を使用して核融合反応を引き起こす技術。核融合とは、軽い原子核(通常、重水素や三重水素などの水素の同位体)が結合してより重い原子核を形成する過程で、大量のエネルギーが放出される現象。
SENJU:複阪大レーザー研が開発中の世界最高平均出力を目指す高出力レーザー装置、Super Energetic Joint Unitの略。従来の高出力レーザーは、冷却に関する技術的問題から、数時間に1回しかレーザーを発射できないがSENJUは素材や冷却方法を工夫し、1秒間に100回のレーザーを発射できる。
TGG:TGG(テルビウム・ガリウム・ガーネット)は、光学用途で広く利用される特殊な結晶材料。高出力耐性は高いが、大型化が困難。
吸光係数:材料の光の吸収量を示す係数。レーザー光を吸収することで複屈折(光が特定の物質を通るとき、2つの異なる方向に屈折して分かれる現象)が発生する。それが偏光度を下げ、ビームの品質低下につながる。