層厚を制御した人工強磁性細線の作製に成功 —人工強磁性細線を利用した大容量メモリや磁気センサ開発へ道筋—

公開日:2025年3月24日
本研究は、2025年3月20日に学術誌「Applied Physics Express」にオンライン掲載されました。 

 京都大学化学研究所 小野輝男 教授、岐阜大学 大学院自然科学技術研究科 川名梨央 修士課程1年、大口奈都子 修士課程修了生(令和5年度)、工学部 山田啓介 准教授、吉田道之 助教、杉浦隆 教授、嶋睦宏 教授、名古屋大学 大学院工学研究科 大島大輝 助教、名古屋大学 未来材料・システム研究所 加藤剛志 教授、早稲田大学 ナノ・ライフ創新研究機構 齋藤美紀子 招聘研究員、早稲田大学 先進理工学部 本間敬之 教授の研究グループは、層厚を制御した多層構造をもつ人工強磁性細線の作製を二浴電析(電気めっき)法と細孔ナノテンプレートを用いて成功しました。層厚は数100 nmから最小で約3.5 nmの多層構造を有する人工強磁性細線が作製できました。さらに研究グループでは、1本の人工強磁性細線の磁気抵抗を測定し、人工強磁性細線の層厚が薄くなるほど、磁気抵抗比が増大することを確認しました。本研究の成果は、人工強磁性細線を利用する次世代磁気メモリや磁気センサの開発化へ道筋を開くものです。

 
1. 研究の背景
 次世代の情報記録デバイス実現を目指すスピントロニクスでは、次世代磁気メモリの候補として三次元磁壁移動型磁気メモリが提案され、研究開発が行われています(図1参照)。三次元磁壁移動型磁気メモリの構想では、細線1本で数ビットの記録容量をもつ人工強磁性細線が配置された構造となっており(図1(左図))、細線は記録層と磁壁層を交互に積層した多層構造になっています。中でも記録層はデータを保持する役割をもち、垂直方向の磁化の向きにより、データの0と1を区別します。一方、磁壁層は、記録層の磁化方向を緩やかに繋ぐ役割をもつ層として働く層で、磁壁層内の磁化は磁壁と呼ばれる磁化が緩やかに変化した領域となっています(図1(中図))。細線に電流を印加することで記録層のデータを動かし(図1(右図))、読み出し用の強磁性トンネル接合素子(Magnetic Tunneling Junction: MTJ)でデータを読み取ります。記録層と磁壁層として適している材料として、コバルト-プラチナ(Co-Pt)合金が計算による設計からわかっていましたが、メモリの開発に向け、メモリ素子となる人工強磁性細線の作製が一つの課題となっていました。
 

図1 : 三次元磁壁移動型磁気メモリの概略図
(左)三次元磁壁移動型磁気メモリの構造。(中央)人工強磁性細線の拡大図。(右)記録データ(0または1)の転送方法。細線に電流を印加することでデータを転送させます。
 
 人工強磁性細線の作製として本研究グループでは、電析(電気めっき)法と細孔ナノテンプレートを用いた手法に注目しました。電析法を用いた多層構造細線では、以前にはパルス電析法を用いた手法が多く報告されていました。しかしながら、細線の層厚を制御よく作製できた報告は少なく、多層構造細線の層厚の制御が課題となっていました。本研究グループでは、二浴電析法に注目し、層厚を制御した人工強磁性細線の作製を試みました。
 
2. 研究成果
 人工強磁性細線の作製は、材質がポリカーボネートの細孔ナノテンプレートを作用電極として加工し、コバルトとプラチナの濃度比が異なる電解質溶液を相互に電析する二浴電析法により作製しました(図2(a)参照)。電解質溶液は、組成比が異なる強磁性体であるコバルト-プラチナ(Co-Pt)合金を合成するために、濃度比が異なる2種類の電解質溶液を用いました。図2(b)に作製した人工強磁性細線の電子線回折による観察結果を示します。複数本の人工強磁性細線が像として写っており、Co71Pt29合金とCo13Pt87合金の層が綺麗に積層されていることがわかります。細線の直径は、約130 nm、Co71Pt29合金とCo13Pt87合金の1層の厚さの平均膜厚が11 nmでした。走査型電子顕微鏡による観察から細線の長さは最長で約19 μmでした。試料作製の設計より、細線の積層数は最大で約1300層でした。
 

図2 : 実験手法と作製した人工強磁性細線
(a)実験で用いた二浴電析法の概念図。(b)作製した複数本の人工強磁性細線の電子線回折による観察結果。細線の直径は約130 nm、Co71Pt29合金とCo13Pt87合金の1層の厚さの平均膜厚が11 nmです。Co71Pt29合金とCo13Pt87合金の層が綺麗に積層されていることがわかります。
 
 図3には、電子線回折による層厚の異なる人工強磁性細線の観察結果を示します。図3(a)~(d)は、Co71Pt29合金とCo13Pt87合金の1層の厚さ平均膜厚が、それぞれ、(a)約 80, (b) 35, (c) 17, (d) 3.5 nmの試料を示しています。図3の観察結果より、層厚を人工的に制御できていることがわかります。さらに図3(d)に示すように、層厚は最小で約3.5 nmの人工強磁性細線が作製できました。
 

図3 :電子線回折による層厚の異なる人工強磁性細線の観察結果
(a)~(d)は、Co71Pt29合金とCo13Pt87合金の1層の厚さの平均膜厚が、それぞれ(a)約 80, (b) 35, (c) 17, (d) 3.5 nmの人工強磁性細線です。人工強磁性細線の層厚を人工的に制御できていることがわかります。
 
 図4には、1本の人工強磁性細線の磁気抵抗を測定した結果を示します。1本の細線に電極を微細加工とリフトオフ法により付けた試料の光学顕微鏡像を図4(a)に示します。電極を付けた1本の細線に電流と磁場を印加し、異方性磁気抵抗(Anisotropic Magnetoresistance: AMR) を測定しました。その結果、図4(b)に示すように、人工強磁性細線の層厚が薄くなるほど、磁気抵抗比が増大することを確認しました。その他の磁気抵抗測定においても細線内で磁壁移動を示唆できる測定結果が得られたことから、人工強磁性細線が図1に示す磁気メモリとして動作できることを確認できました。これらの結果より、人工強磁性細線を利用する次世代磁気メモリや磁気センサの開発へ繋がる結果を示すことができました。
 

図4 :1本の人工強磁性細線の磁気抵抗測定
(a) 1本の人工強磁性細線に電極を付けた試料の光学顕微鏡による観察結果。(b)外部磁場印加は9.3 kOe、室温条件下で測定した各試料における磁気抵抗比の結果。平均膜厚が11 nmの人工強磁性細線は、単層Co80Pt20細線と比べると2.2倍大きな磁気抵抗比が得られました。
 
3. 本研究の意義・今後の展望
 本研究では、層厚を制御した多層構造をもつ人工強磁性細線の作製を二浴電析法と細孔ナノテンプレートを用いて成功しました。層厚は、最小で約3.5 nmの人工強磁性細線が作製できました。加えて、1本の細線に電極を付け、人工強磁性細線の層厚が薄くなるほど、磁気抵抗比が増大することを確認しました。これらの結果は、人工強磁性細線を利用する次世代磁気メモリや磁気センサの開発化へ繋がる結果です。今回の成果は、二浴電析法で層厚を制御して数ナノメートルオーダーの強磁性体の積層が可能である技術を示しただけでなく、省エネルギー・高密度・超小型化の次世代情報記録デバイスであるマルチビットに対応可能な磁気メモリの開発へ前進となる結果を示すことができました。
 
4. 研究サポート
 本研究は、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(CREST)「3次元磁気メモリの開発」(代表:小野輝男, 課題番号:JPMJCR21C1)の支援を受け実施されました。本研究の一部は、日本学術振興会 科学研究費 基盤研究C(課題番号:24K08198)の支援を受け、また名古屋大学未来材料・システム研究所における共同利用・共同研究(課題番号:JPMXP1224NU0211)として実施されました。
 

●用語解説●

人工強磁性細線:組成の異なる強磁性金属同士の層厚がnmオーダーで多層構造になった細線のこと。1980年代頃から研究が始まった「人工格子」(各層の厚さを原子層単位で制御して積層した人工的多層膜のこと)になぞらえて「人工強磁性細線」と名付けた。

 

二浴電析法:2種類の電解質溶液を利用して電析する手法。異なる電解質溶液で電析を行い、異なる物質を積層させることができる技術。一方で、積層させる電極などを異なる電解質溶液間で物理的に移動させる必要がある。

 

スピントロニクス:電子の持つスピンの自由度を利用することで、従来のエレクトロニクスに無い新機能・高性能素子の実現を目指す研究開発分野。

 

パルス電析法:時間とともに電流(または電圧)を変化させる電析法で、パルス波形を用いた手法。析出物の表面形態、結晶粒径、構造を制御できる手法である。直流電流(または直流電圧)に比べて拡散層の厚さを薄くでき、高いパルス電流密度で電析することができる。

 

異方性磁気抵抗(Anisotropic Magnetoresistance: AMR):強磁性体の磁化の向きと電流方向のなす角度に依存して、電気抵抗が変化する現象。電流方向と磁化方向が平行の時が、電流方向と磁化方向が垂直の時と比べて電気抵抗が大きくなる。磁化方向は外部磁場によって方向を制御する。磁場(磁化)方向と電流方向が垂直の場合と平行の場合の磁気抵抗をそれぞれ測定し、その差から磁気抵抗比[%]を求める。磁気抵抗比が大きいほど磁気センサとしての感度が高いことを示している。

 
京都大学HP記事 [最新の研究成果を知る]