濃厚ポリマーブラシの防着氷機能を実証 ―その場分析により機能発現メカニズムを解明―

公開日:2025年2月10日
本研究は、2025年2月7日に国際学術誌「Communications Materials」にオンライン掲載されました。 

 雪/氷/霜がインフラ設備などの表面に付着することで、毎年多くの人的・経済的被害が出ています。この課題を解決するために、さまざまな表面処理・コーティング技術の開発がなされてきました。
 京都大学化学研究所 辻井敬亘 教授、玉本健 博士後期課程学生(兼:日本ペイント・サーフケミカルズ株式会社 研究員)、黄瀬雄司 助教らの研究グループは、横浜国立大学 中野健 教授、大久保光 助教らとの共同研究成果として、親水性濃厚ポリマーブラシが非オイル含浸系ながらも高い防着氷機能と優れた耐久性を両立することを実証するとともに、低温環境下でのブラシ内包水のその場分析に初めて成功し、その機能発現メカニズムを解明しました。

 

左図 : 雪氷による経済的被害例(Credit:SSEN-T(https://www.ssen-transmission.co.uk/))
右図 : 本研究の成果 親水性濃厚ポリマーブラシ(CPB)の防着氷機能と機能発現メカニズム 
 
1. 背景
 世界の全面積の内、約40%が寒冷地であると言われています1)。これらの地域では、インフラ設備や公共輸送システムへの着雪氷が事故や災害などを引き起こす要因となっています。現在、これらの課題に対して、着雪部を加熱する手法や融雪剤を塗布する手法などが採られていますが、設置・運用コストや環境負荷などが大きな課題となっています。こうした背景から近年、雪や氷の付着を防止する防着氷表面の開発ニーズが高まっています。これまでに開発されてきた高機能表面の多くは、オイル含侵型の潤滑表面でした。これらの表面は、オイルが経時で漏出することにより、機能と環境配慮の両観点で持続可能性を欠いています。非オイル含浸系として双性イオン型濃厚ポリマーブラシの防着氷機能に関して先行研究が報告されていましたが2)、さらなる高機能化と実用化の鍵となる「ブラシ構造が防着氷機能と耐久性に与える影響や機能発現メカニズム」については、明らかになっていませんでした。
 
2. 研究手法・成果
 本研究では、濃厚ポリマーブラシ効果を明示的検証すべく、モノマーとして非イオン性のPEGMA((Poly(ethylene glycol) methyl ether methacrylate (average Mn≈500))を選択して、さまざまなブラシ構造(グラフト密度とグラフト鎖長が2桁以上異なる広範囲をカバー)を有するポリマーブラシ表面を作製し、防着氷機能評価およびメカニズム解明に取り組みました。
 まず、ブラシ密度が防着氷機能に及ぼす影響を評価するために、ブラシ密度の異なるPEGMAブラシの凝着氷応力測定を実施しました。その結果、ブラシ密度が十分に高い濃厚ポリマーブラシ(図aの表面占有率が0.1以上)においてのみ凝着氷応力が100 kPa以下(実用化検討の基準)となり、優位に機能が高いことが明らかとなりました。なお、図中のエラーバーの狭さは耐久性と相関するものであり、濃厚ポリマーブラシ系の優れた耐久性を示しています。次に、高密度なブラシにおいて高機能となった要因を考察するために、低温環境下、ブラシ内包水の状態を顕微赤外分光法(顕微IR)により分析しました。従来、濃厚ポリマーブラシの膜厚は、100 nm程度と比較的薄いものであったため、その中に含まれる極微量な水を顕微IRなどの汎用手法で分析することは困難でした。当研究グループでは世界に先駆けて、高圧重合により濃厚ポリマーブラシを厚膜化(数μm)する技術を確立しており3)、この技術を駆使して作製した厚膜濃厚ポリマーブラシを対象として精密分析に成功しました。実際に顕微IRにより、低温環境下(-40度)においても、ブラシ内包水は凍結していないこと、また、ブラシ内包水が凍結しなかった理由として、バルク水の凍結時にブラシ内の凍結しやすい水が速やかに脱膨潤することが明らかとなりました(図b)。高い防着氷機能は、こうして凍結せずに残った水が氷塊との潤滑剤として働くためと結論しました。なお、この潤滑特性に関して、横浜国立大学 中野健 教授、大久保光 助教らは、独自に設計した試験機を用いて、氷塊滑りにおいて、粘性が支配的な挙動であることなども実証しています4)
 

図a : PEGMAブラシのブラシ密度と防着氷機能の関係
 

図b : 低温環境下でのPEGMA濃厚ポリマーブラシ内包水の描像
 
3. 波及効果、今後の予定
 前述の社会課題を背景として、濃厚ポリマーブラシの防着氷機能の更なる高機能化と非オイル含浸系としての実用化(関連特許2件出願済み)を目下検討中です。後者については特に、我々のポリマーブラシ技術の社会実装を目指す産学共同研究(SRTプロジェクト)により、大面積処理を視野に入れた当該材料のコーティング化検討も同時に進行中で、一定の成果が上がってきています。SRTプロジェクトでは、松川公洋プロジェクトマネージャーのもと、産学連携で取り組んだACCELプロジェクト(研究プロジェクト(3))の基礎研究成果として提唱したソフト&レジリエント・トライボロジー(Soft & Resilient Tribology)という独自概念を基盤に、ポリマーブラシ材料・技術の社会実装を目指しています。現在、京都大学、横浜国立大学のほか、鶴岡工業高等専門学校、物質・材料研究機構、大阪公立大学の関連研究グループに加えて、大日精化工業(株)、(株)エマオス京都、NOK(株)、日本ペイント・サーフケミカルズ(株)で産学共同研究コンソーシアムを形成し、防着雪/氷/霜コーティングの他、シールや軸受けなどの機械部品、船底塗料(研究プロジェクト(4))、分離材料(研究プロジェクト(5))などを対象に、アプリケーションごとの実用化検討を進めています。
 
 
参考文献
1) Peel, M. C.; Finlayson, B. L.; McMahon, T. A., Updated World Map of the Köppen-Geiger Climate Classification, Hydrol. Earth Syst. Sci., 11, 1633–1644 (2007).
2) Liang, B.; Zhang, G.; Zhong, Z.; Huang, Y.; Su, Z., Superhydrophilic Anti-Icing Coatings Based on Polyzwitterion Brushes, Langmuir, 35, 1294–1301 (2019).
3) Hsu, S.-Y.; Kayama, Y.; Ohno, K.; Sakakibara, K.; Fukuda, T.; Tsujii, Y., Controlled Synthesis of Concentrated Polymer Brushes with Ultralarge Thickness by Surface-Initiated Atom Transfer Radical Polymerization under High Pressure, Macromolecules, 53, 132–137 (2019).
4) Okubo, H.; Hase, K.; Tamamoto, K.; Tsujii, Y.; Nakano, K., In-Situ Observation of Ice-Adhesion Interface Under Tangential Loading: Anti-Icing Mechanism of Hydrophilic PPEGMA Polymer Brush, Tribol. Lett., 72, 1–9 (2024).
 
4. 研究プロジェクトについて

  1. 戦略的創造研究推進事業CREST「革新的力学機能材料の創出に向けたナノスケール動的挙動と力学特性機構の解明[ナノ力学]」領域(国立研究開発法人 科学技術振興機構)
    研究課題名:「超低摩擦ポリマーブラシの摩耗現象の階層的理解と制御」
    研究代表者:辻井敬亘(京都大学化学研究所 教授)
    研究期間: 2021年度〜2026年度
  2. 科学研究費助成事業 基盤研究A(独立行政法人 日本学術振興会)
    研究課題名:「濃厚ポリマーブラシの内包水異常性の解明と防着雪氷霜機能応用」
    研究代表者:辻井敬亘(京都大学化学研究所 教授)
    研究期間:2024年度〜2026年度
  3. 戦略的創造研究推進事業ACCEL(国立研究開発法人 科学技術振興機構)
    研究課題名:「濃厚ポリマーブラシのレジリエンシー強化とトライボロジー応用」
    研究代表者:辻井敬亘(京都大学化学研究所 教授)
    研究期間: 2015年度〜2020年度
  4. 環境研究総合推進費(独立行政法人 環境再生保全機構ERCA)
    研究課題名:「省エネ・低環境負荷を実現する次世代船底塗膜ならびに塗工プロセスの開発」
    研究代表者:辻井敬亘(京都大学化学研究所 教授)
    研究期間: 2022年度〜2024年度
  5. 成長型中小企業等研究開発支援事業Go-Tech(経済産業省 中小企業庁)
    研究課題名:「バイオ医薬品の精製コスト低減を実現する次世代モノリス膜カラムの開発」
    プロジェクトリーダー:石塚紀生((株)エマオス京都)
    サブリーダー:辻井敬亘(京都大学化学研究所 教授)
    研究期間: 2023年度〜2025年度
 

●用語解説●

親水性濃厚ポリマーブラシ基板から高分子鎖が高密度に生えた高分子集合体

 

凝着氷応力測定表面に対する氷の付着強度を測定する方法。値が低い方が高機能であることを意味する。一般に100 kPaを下回るものを“防着氷機能が高い”と認めることが多い。

 

謝辞

凝着氷応力測定に関しては、京都大学化学研究所 山子茂 教授、登阪雅聡 准教授に大変お世話になりました。また、顕微IR測定に関しては、大阪産業技術研究所 主幹研究員 舘秀樹 博士、主任研究員 二谷真司 博士に大変お世話になりました。皆様に心より御礼申し上げます。