スズを含むペロブスカイト半導体の界面構造制御法の開発とメカニズム解明ー高性能多接合(タンデム)型太陽電池の実現ー
京都大学化学研究所 若宮淳志 教授、Shuaifeng Hu 博士後期課程学生(研究当時、現:オックスフォード大学 博士研究員)、Minh Anh Truong 助教らの研究グループは、オックスフォード大学 Henry J. Snaith 教授、Junke Wang 博士、分子科学研究所 Pei Zhao 特任助教、江原正博 教授、理化学研究所 中野恭兵 博士、但馬敬介 博士らとの共同研究成果として、スズを含むSn-Pb系ペロブスカイト半導体の界面構造制御法を開発し、これをボトムセルとして用いることで、オールペロブスカイトのタンデム型太陽電池の高性能化を実現しました。
独自の添加剤として、アミノ酸基とカルボン酸基を分子内に併せもつフェニルアラニンをSn-Pb系ペロブスカイト半導体の前駆体溶液に用いることで、高品質なSn-Pbペロブスカイト半導体膜が作製できる手法を開発しました。各種分光測定の結果と理論計算により、塗布成膜過程でのフェニルアラニンがどのようにペロブスカイトの構成イオンと相互作用し、埋もれたペロブスカイトの下層の界面を選択的に構造制御するのかについて、化学的な視点からそのメカニズムの詳細を解明しました。この手法で得られた高品質なSn-Pb系ペロブスカイト層を用いて作製した、単接合セル、2接合型タンデムセル、および3接合型タンデムセルの各デバイスでは、それぞれ0.91 V、2.22 V、および3.46 Vの開放電圧が得られ、23.9%、29.7%(認証値 29.26%)、および28.7%の光電変換効率を達成しました。また、1 cm2のサイズの3接合デバイスでも、28.4%(産業技術総合研究所(AIST)にて27.28%の認証値)の光電変換特性を得ることができました。さらに本研究では、初めて4接合型のペロブスカイトタンデム型デバイスまで作製し、4.94 Vもの高い開放電圧と27.9%の光電変換特性が得られることを実証しました。
ABX3型(A: 1価の陽イオン、B: 2価の陽イオン、X: ハロゲン化物イオン)のペロブスカイト半導体を光吸収材料に用いたペロブスカイト太陽電池が、塗布法で作製できる次世代の高性能太陽電池として注目されています。従来のタイプの単接合型のペロブスカイト太陽電池では、世界最高の光電変換効率は26.7%(注1)と、理論限界に近い値にまで向上しています。この単接合型の放射限界1、2を超えて、さらに高い効率が得られる太陽電池として、異なる光電変換領域をもつ複数のセルを組み合わせた多接合太陽電池(タンデム型太陽電池)が脚光を浴びています。特に、接合する全てのセルがペロブスカイト太陽電池である「オールペロブスカイト型のタンデムセル」の高性能化には、長波長領域の光を光電変換できる狭バンドギャップをもつSn-Pb系ペロブスカイト太陽電池(Eg: ~1.25 eV)3の特性を改善することが重要となっています。
ABX3型のペロブスカイト半導体は、用いるイオンの組成を変えることで、様々なバンドギャップ(光電変換領域)をもたせることができます。例えば、Bサイトのイオンとして、Sn(スズ)とPb(鉛)を1:1で用いたSn-Pb系ペロブスカイト半導体(Cs0.1FA0.8MA0.3Sn0.5Pb0.5I3)は、1.25 eVの狭バンドギャップをもち1050 nmを超える近赤外領域の光を光電変換でき、ペロブスカイトのタンデム型太陽電池のボトムセルとして有望視されています。しかし、スズを含む太陽電池は、Sn(II)からSn(IV)への酸化が生じやすく、結晶化ダイナミクスの制御が難しいため4、これまでに様々な添加剤5や非酸化性溶媒6を用いてSn(II)の酸化を抑制したり、表面改質などによって特性を向上させようという研究3,7-9が行われてきました。一方で、前駆体溶液の化学的性質や結晶化プロセスや膜特性への影響に関する研究は限られていました。これに対して京都大学の若宮らの研究グループは、これまでに、ペロブスカイト半導体薄膜の上下界面に、電荷の取り出しに有利なダイポール(双極子)を発現させる構造修飾を施すことで、太陽電池における開放電圧が最大化できる添加剤を用いた界面の構造修飾法「ダイポール戦略」を提唱してきました10。実際、Sn-Pb系ペロブスカイト層の表面(上層)をEDAI28,10,(注2)やピペラジンなどのジアミン7,(注3)で処理することで、電子の取り出しに有利な界面構造修飾が可能になり、これにより開放電圧が向上することを見出しています。また、上層に比べてペロブスカイトの埋もれた下層側の表面処理は難しいと考えらますが、前駆体溶液にアミノ酸塩であるグリシン塩酸塩を添加することで、ペロブスカイト薄膜が形成される塗布成膜過程で、下層側の表面に優先的にグリシン塩が配置され、正孔の取り出し効率も改善できることを見出しています10,(注2)。これらの研究成果が発表されて以降、この戦略は高性能な単接合セルや多接合タンデムセルの作製に広く用いられています3。しかし、鍵となるメカニズムの理解は未解明のままであり、このアプローチを応用したさらなる優れた構造修飾法も未開拓のままとなっていました。
そこで本研究では、添加剤として用いるアミノ酸塩の役割を溶液化学の観点から理解するために、官能基の効果を切り離して捉え、分子中にアンモニウム基とカルボキシル基、またはその両方を含む、構造的に類似した3つの分子、塩化フェネチルアンモニウム(PEA)、3-フェニルプロピオン酸(PPA)、およびL-フェニルアラニン塩酸塩(PhA)を用いて検討を進めました(図1a)。
a. Chemical structures of the molecules.
b. 119Sn- and 207Pb-NMR spectra showing Sn(II) and Pb(II) signals in perovskite precursor solutions containing different additives.
c. Schematic illustration for the location and impact of PhA in the as-crystalised perovskite films.
d. 2D GIWAXS patterns of perovskite films.
e. QFLS mapping calculated from 2 mm × 2 mm PLQE images and PLQE of the perovskite films recorded at VOC conditions under illumination (equivalent to 1 sun intensity for a 1.26 eV bandgap).
これら3種類の添加剤を用いて、Sn-Pb系ペロブスカイト半導体の前駆体溶液のNMR、DLS、発光測定など各種分光法や理論計算を行うことで、これらの官能基が担う役割を化学的に明らかにすることができました。具体的には、1)ペロブスカイト半導体の構成イオンのうち、特にSn(II)種が前駆体や添加剤との相互作用を支配していることを発見し(図1b,c)、2)カルボン酸基が溶液のコロイド特性と膜の結晶化を制御するという役割を担い(図1d)、3)一方で、アンモニウム基は膜の光電変換特性を改善する役割(図1e)を担うこと明らかにしました。特に、これら2つの官能基を分子内に組み合わせた材料(アミノ酸塩、フェニルアラニン)は、ペロブスカイト薄膜の半導体としての品質と均質性を大幅に改善し、個々の官能基を別々の分子の一部として導入した場合(PEAIやPPA)の効果を凌駕することを見出しました。
このフェニルアラニン(PhA)を添加剤に用いて高性能なSn-Pb系ペロブスカイト半導体層が作製できるようになったことで、単接合、2接合、3接合の各デバイスで、それぞれ23.9%、29.7%(上海マイクロシステム情報技術研究所(SIMIT)により29.26%と認定)、28.7%の光電変換効率を持つ太陽電池を作製することができました(図2a,b,c)。これらのデバイスでの最高開放電圧はそれぞれ0.91 V、2.22 V、および3.46 Vにも達しています。
a. Device configuration (top to bottom), b. cross-sectional SEM images (top to bottom, scale bar: 1 µm), J–V curves of c. small and d. 1– cm2 cells of optimised single (1J)–, double (2J)–, triple (3J)–, and quadruple (4J)–junction cells.
e. EQEEL spectra of one representative triple-junction cell measured as a function of injected current density ranging from 0.5 to 115 mA cm–2.
f. Experimental and reconstructed J–V curves of the triple-junction device from the simulated EQE at different optical conditions and assuming a VOC of 95% detailed-balance limit is achieved in each subcell.
g. MPP tracking stability of an encapsulated triple-junction device.
また、より実用性の高い1 cm2のサイズの2接合および3接合デバイスでも、28.4%のの光電変換効率(産業技術総合研究所(AIST)(注4)にて、1 cm2サイズの3接合セルで27.28%の光電変換効率が認証)を得ることができました(図2d)。さらに光学シミュレーションの結果からは、現在の材料を用いてそれぞれのセルの膜厚等をさらに最適化することで、3接合セルでも光電変換効率はさらに34.4%にまで向上させることが可能であることが示唆されています(図2eおよびf)。一方、耐久性に関しても、封止した3接合セルは、大気下で860時間の光照射後も、初期効率の80%を維持しすることが確認されています(図2g)。さらに、本研究では、4接合型のオールペロブスカイトタンデムデバイスの作製にも成功し、4.94 Vもの高い開放電圧とともに27.9%の光電変換効率を得ています。これは、接合数が4以上のオールペロブスカイトタンデム型太陽電池の作製が可能であることを実証した初めての報告であります。
以上、本研究で示した成果は、オールペロブスカイトの多接合型太陽電池のベンチマークとなるものであり(図3)、ペロブスカイト太陽電池において3接合および4接合のタンデムセルへの道筋を明確に示したものであります。また、本研究では、従来の0.1 cm2以下のマイクロセルだけでなく、実用性を見据えた1 cm2サイズの3接合セルでも2接合セルに匹敵する光電変換効率が得られることを実証しました。今後、本研究で示した手法が広く採用され、薄膜タンデム型ペロブスカイト太陽電池デバイスの効率競争は、3接合セルや4接合セルが先導するようになるものと期待されます。
本研究成果は、京大発ベンチャー「(株)エネコートテクノロジーズ」(注5)にも技術移転し、高性能のペロブスカイト太陽電池の実用化に向けた開発研究を展開していく予定です。
●用語解説●
タンデム型太陽電池:異なるバンドギャップ(吸収する光の波長)をもつ2つ以上の太陽電池を直列に並べて、太陽光エネルギーをより高い効率で電気エネルギーに変換できるようにした太陽電池。短い波長領域の材料にペロブスカイト太陽電池をトップセルとして用いて、長い波長領域の材料にシリコンやCIGS、有機薄膜太陽電池(OPV)、ペロブスカイト太陽電池などをボトムセルとして用いたものなどが知られている。このうち、ボトムセルにもペロブスカイト太陽電池を用いたものは、オールペロブスカイトタンデム型太陽電池と呼ばれる。
NMR :核磁気共鳴(Nuclear Magnetic Resonance)を用いた分光法。
注釈
- 注1:NREL Best research-cell efficiency chart
(https://www.nrel.gov/pv/cell-efficiency.html) - 注2:京都大学 プレス発表、「スズを含むペロブスカイト太陽電池:23.6%の世界最高効率を達成ーペロブスカイト薄膜の上下表面構造修飾法を開発」、2022年4月13日
(https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2022-04-13-1) - 注3:京都大学 プレス発表 「スズを含むペロブスカイト太陽電池:ペロブスカイト薄膜の相乗的表面修飾法を開発-22.7%の光電変換効率と高耐久性を達成-」、2023年1月26日
(https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2023-01-26) - 注4:高い太陽電池の性能評価技術と基準太陽電池校正技術をもち、米国のNREL、欧州のFraunhoferと並ぶ世界の3大公的認証機関。
- 注5:株式会社エネコートテクノロジーズ:京都大学化学研究所でのペロブスカイト太陽電池の研究成果をもとに、京都大学発のベンチャーとして、2018年1月に設立。代表取締役 加藤尚哉氏。
(https://www.enecoat.com/)
謝辞
本研究では様々な測定で多くの方々にお世話になりました。京都大学化学研究所の岩崎保子氏(SEM測定)、長谷川健 教授(XRD測定)、東レリサーチセンターの白倉大地 博士(ToF-SIMS測定)に感謝申し上げます。また、本研究での太陽電池特性の測定に関して、NEDOの支援のもと、産総研の吉田正裕 博士、志村陽哉 博士、宮寺哲彦 博士などに技術的なサポートを頂きました。感謝申し上げます。
参考文献
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- 未来社会創造事業 「地球規模課題である低炭素社会の実現」領域(国立研究開発法人科学技術振興機構)
「『ゲームチェンジングテクノロジー』による低炭素社会の実現(探索加速型)」
研究課題名:「SnからなるPbフリーペロブスカイト太陽電池の開発」
研究代表者:若宮淳志(京都大学化学研究所 教授)
研究期間: 令和4年度〜令和8年度 - 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)
「太陽光発電主力電源化技術開発/太陽光発電の新市場創造技術開発」
研究課題名:「高自由度設計フィルム型ペロブスカイト太陽電池の基盤技術研究開発」
研究代表者:若宮淳志(京都大学化学研究所 教授)
研究期間:令和2年度〜令和6年度 - 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)
「グリーンイノベーション基金事業/次世代型太陽電池の開発」
研究課題名:「設置自由度の高いペロブスカイト太陽電池の実用化技術開発」
研究代表者:若宮淳志(京都大学 化学研究所 教授)
研究期間:令和3年度〜令和7年度 - 科学研究費助成事業 基盤研究A(独立行政法人日本学術振興会)
研究課題名:「Sn系ペロブスカイト半導体の薄膜界面の電子・構造制御」
研究代表者:若宮淳志(京都大学化学研究所 教授)
研究期間:令和6年度〜令和8年度 - 科学研究費助成事業 基盤研究B(独立行政法人日本学術振興会)
研究課題名:「二元機能をもつ多脚型正孔回収単分子膜材料を用いたペロブスカイト太陽電池の高性能化」
研究代表者:チョンミンアン(京都大学化学研究所 助教)
研究期間:令和6年度〜令和8年度 - 国際共同利用・共同研究拠点 (文部科学省,京都大学化学研究所)
「化学関連分野の深化・連携を基軸とする先端・学際グローバル研究拠点」
スズを含むペロブスカイト半導体の界面構造制御法の開発とメカニズム解明〜高性能多接合(タンデム)型太陽電池の実現〜