強誘電二次元ペロブスカイトにおいて カイラル光学効果の電気的制御に成功 ―ハライドペロブスカイト半導体の新たな光機能を開拓―

本研究は、2024年11月13日に米国科学誌「Science Advances」にオンライン掲載されました。 

 京都大学化学研究所 湯本郷 助教(現 東京大学物性研究所 特任助教)、金光義彦 教授(現 特任教授)、若宮淳志 教授、原田布由樹 修士課程学生(現 博士課程学生)、中村智也 助教の研究グループは、室温で強誘電性を示す二次元ハライドペロブスカイトに電場を印加すると、顕著なカイラル光学効果が生じ、またそれが電場の大きさや向きに応じて連続的・可逆的に制御可能であることを発見しました。従来の研究では、カイラルな結晶構造を電場により変化させることが困難であるために、二次元ナノ材料においてこのようなカイラル光学効果の電気的制御に成功した例はありませんでした。本研究では、二軸強誘電性を室温で示す二次元ハライドペロブスカイト単結晶を合成し、固体結晶の対称性や強誘電分極方向を第二高調波発生(SHG)の偏光依存性から詳細に決定することができる偏光分解SHGイメージング測定を行いました。試料に電場を印加することにより、カイラルな結晶構造を持たないにも関わらず非線形なカイラル光学効果であるSHG円二色性が顕著に生じ、制御可能であることを発見しました。さらにその起源が、二軸強誘電性を反映した二つの直交する強誘電分極を持つドメインが混在するマルチドメイン構造が電場印加により生じ、カイラリティが生じるためであることを解明しました。本研究結果は、電場によるカイラリティ制御の新たなアプローチを実証しただけでなく、新奇なナノ光機能の創出やデバイス開発に向けて強誘電二次元ハライドペロブスカイトが有望な材料であることを示しました。

図 : SHG円二色性の電場制御。
左:実験の模式図。右:各印加電場における左回り/右回り円偏光の基本波により発生したSHG強度の空間イメージ。電場印加により二つのSHG強度に差(= SHG円二色性)が生じ、電場の値によりその大小が変化する。
 
1. 背景
 二次元ナノ材料はその特徴的な性質から、新しい物理現象や高効率な光学的・電気的機能の発見を目指して活発に研究が行われています。特に、二次元ハライドペロブスカイトL2An-1PbnX3n+1(L, A: 有機カチオン、X: Cl, Br, In: 整数)は、次世代太陽電池応用が期待されるなど優れた光電特性を示すことに加え、高い構造制御性に由来した多彩な電子・光機能が発現する新たな二次元半導体材料として大きな注目を集めています。近年、LやAサイトとして用いる有機カチオンの種類を工夫することにより、室温で強誘電性やカイラリティが発現することや、さらにはこの二つの特性を併せ持つ物質の作製が報告されました。このようなユニークな電子・光物性の解明やデバイス応用に向けては、外場、特に電場による物性制御が重要になり、強誘電分極を電場制御することによって強誘電二次元ハライドペロブスカイトの物性解明や機能開拓が行われています。一方で、電場によってカイラルな結晶構造を変化させることは困難であるため、カイラリティに起因した物性の電気的な制御は実現していませんでした。
 
2. 研究手法・成果
 今回本研究グループは、室温で二軸強誘電性を示す(BA)2(EA)2Pb3I10単結晶(BA = CH3(CH2)3NH3+、EA = CH3CH2NH3+)を合成し、スコッチテープ法により櫛形電極上に剥離・転 写した試料に対して電場を印加しました。結晶対称性や強誘電分極の振る舞いを詳細に調べるため、波 長1253 nmの基本波レーザー光から発生した波長627 nmの第二高調波発生(SHG)を基本波やSHG の偏光を分解しながら測定することができる偏光分解SHGイメージング測定系を構築しました。結晶の カイラリティは、右回りおよび左回り円偏光の基本波から発生するSHG強度の規格化した差であるSHG円二色性(SHG-CD)を測定することにより、感度よく評価することができます。そこで、電場の大き さや向きを連続的に変えながらSHG-CDを測定した結果、カイラルでない結晶構造を持つにも関わらず 電場の印加により顕著なSHG-CDが生じ、さらに連続的・可逆的なSHG-CD制御が可能であることを発 見しました。また、SHG強度の偏光依存性から、二軸強誘電性を反映した二つの直交する強誘電分極を 持つドメインが混在するマルチドメイン構造が電場により誘起され、この構造に由来したカイラリティの発現が、観測されたSHG-CDの起源であることを解明しました。
 
3. 波及効果、今後の予定
 本研究では、二軸強誘電性を示す二次元ハライドペロブスカイトに電場を印加することにより、結晶 構造がカイラルでないにも関わらず、電気的にカイラル光学効果を誘起・制御できることを明らかにし ました。本研究結果は、強誘電分極ドメイン構造に注目することにより、従来困難であったカイラリテ ィの電気的制御が可能であることを実証し、カイラリティに起因した光学機能や光電変換機能の新たな 可能性を明らかにしました。また、強誘電二次元ハライドペロブスカイトは新奇な物性が発現する二次 元ナノ材料であり、この物質を用いることにより新たなナノサイエンス・テクノロジーの創出が期待で きることを示しました。
 
4. 研究プロジェクトについて
 本研究は、下記の助成金の支援を受けて行われました。

  • JSPS 科研費・特別推進研究(JP19H05465)
  • JSPS 科研費・若手研究(JP23K13623)
  • NEDO グリーンイノベーション基金事業(JPNP21016)
 

●用語解説●

二次元ハライドペロブスカイト化学式L2An-1PbnX3n+1(L, A: 有機カチオン、X : Cl, Br, In:整数)で表される。[PbX6]4-八面体とAサイト有機カチオンから成る厚さnの二次元ペロブスカイト層An-1PbnX3n+1が、有機鎖Lを間に挟んで周期的に積層した直接遷移型の二次元層状半導体。ユニークな物性を示す二次元ナノ物質として盛んな研究が行われている。

 

カイラル光学効果鏡映対称性が破れている物質をカイラリティがある(=カイラルな)物質と呼 ぶ。このような物質は右回りおよび左回り円偏光の光に対して異なる応答を示し、この現象をカイラ ル光学効果(光学活性)と呼ぶ。

 

二軸強誘電性常誘電相における等価な結晶軸方向に対応して、強誘電分極が4方向を向くことがで きる性質。

 

第二高調波発生(SHG)空間反転対称性が破れた物質では、二次の非線形光学効果が生じる。第二高 調波発生(Second-Harmonic Generation)とは、周波数ωの基本波レーザー光を照射することに より周波数2ωの光が発生する二次の非線形光学過程もしくは発生した光のことを指す。