光で冷える半導体 – 光学冷却の実証に成功 –

本研究は、2024年8月29日に⽶国化学会の学術誌「Nano Letters」に掲載されました。 

 京都⼤学化学研究所 ⼭⽥琢允 特定助教、⾦光義彦 特任教授、千葉⼤学⼤学院理学研究院 ⼭⽥泰裕 教授、同⼤学院融合理⼯学府 ⼤⽊武 博⼠前期課程学生、⼤阪⼤学⼤学院⼯学研究科 市川修平 准教授、⼩島⼀信 教授らの研究チームは、次世代太陽電池や発光デバイス材料としても期待されるハロゲン化⾦属ペロブスカイトを⽤いて、光で物質を冷やす“半導体光学冷却”の実証に成功しました。光を使った冷却は、物理的に孤⽴した状況にある物質でも冷却できるため、従来冷却⼿法とは全く異なる応⽤の可能性があります。

1. 研究の背景
 ハロゲン化⾦属ペロブスカイトは、次世代の太陽電池・発光デバイス材料として注⽬されていて、⾼い発光効率が特徴です。発光とは、物質が光のエネルギーを受け取って⾼エネルギーの状態になった後、元の状態の戻るときにまた光を放出する現象です。物質が吸収した光⼦の数と放出される光⼦の数の⽐を発光効率と呼びます。発光によって放出されなかったエネルギーは熱として物質中で放出されるので、温度の上昇に繋がります。

 ペロブスカイトのもう⼀つの重要な性質は、電⼦-フォノン相互作⽤が強いことです。この性質のお陰でペロブスカイトはアンチストークス発光(⼊射した光よりも⾼いエネルギーの発光のこと)、というユニークな性質を⽰します(図1)。もし、発光効率100%のアンチストークス発光があれば、光を照射すればするほど、物質は発光を通じてエネルギーを失うことになります。物質のエネルギーの総量が温度を決めており、このことは光によって物質を冷却できることを意味しています。実際に、希⼟類という発光効率がほぼ100%のイオンを分散させた結晶では、このような光学冷却が実現していますが、光の吸収率が⼩さく、冷却デバイスがどうしても⼤きくなってしまうほか、低温冷却にも限界があるという問題がありました。

 これまで半導体の光学冷却を⽬指した研究が数多く⾏われてきましたが、発光効率を100%に近づけることは困難でした。効率を下げる原因である不純物や⽋陥を可能な限り減らしても冷却が実現する⽔準にはたどり着きませんでした。

 ここで期待されているのがペロブスカイトの量⼦ドットです。量⼦ドットは⾼い発光効率を持ちますが、⼤変壊れやすく、特にペロブスカイトは⼤気暴露や継続的な光照射ですぐに発光効率が下がってしまいます。

 そこで研究チームは、丈夫で⾼い発光効率が維持されるドットインクリスタルという形状のペロブスカイトに注⽬し研究を⾏いました。これは、CsPbBr3という組成のペロブスカイト量⼦ドットがCs4PbBr6結晶の中に埋め込まれた構造(CsPbBr3/Cs4PbBr6)をしています。

 

 
図1 : (上)本研究で⽤いた試料(CsPbBr3/Cs4PbBr6)の写真。光照射で緑⾊の明るい発光を⽰す。
(下)アンチストークス発光の原理。
 
2. 研究成果
 半導体に光を照射すると、電⼦と正孔のペアである励起⼦が⽣成されます。励起⼦が再結合するときに発光が起きます。⼀⽅で、励起⼦の密度が⾼くなると、発光せずに熱を放出して再結合する過程が現れてきます。これをオージェ再結合といいます(図2 上)。半導体量⼦ドットでは、オージェ再結合が起きるため、強い光強度によって光冷却ではなく、光加熱が⽣じてしまいます。

 まず研究チームは、時間分解発光分光を⽤いて、オージェ過程がどの程度起こりやすいかを調べました。その結果、⽐較的弱い強度でも光加熱が⽣じてしまうことを突き⽌めました。つまり、光学冷却を観測するためには弱い強度での実験が必要ということが分かりました。⼀⽅で、弱すぎると冷却もされないというジレンマがあります。また、今回取り扱った試料では、理論的には概ね室温から10Kほどが冷却の限界であることが分かりました。

 次に、光学冷却の実験に取り組みました。発光効率の⾼い部分だけを選択的に光照射するため、マイクロサイズの結晶を作りました。試料の温度は、発光スペクトルの形状から推定する⽅法を確⽴しました。数多くのマイクロ結晶で光学冷却実験を⾏ったところ、複数の試料で冷却が観測され(図2左下)、励起光の強度を変えていくと、冷却から加熱へと移り変わる様⼦も観測されました(図2右下)。

 半導体での光学冷却は、これまでにもいくつかの物質で報告されていますが、温度推定の⽅法に問題があるなど、⼗分な信頼性がありませんでした。本研究では信頼性の⾼い⼿法で光学冷却を実証しただけでなく、時間分解分光の結果から光学冷却の限界と可能性を明確に⽰した点で重要な成果です。

 

 
図2 : (上)オージェ再結合の概念図。(左下)光学冷却実証の典型的な実験結果。
(右下)光強度の増加による冷却から加熱への転換を⽰した実験結果(光を15分照射したときの温度変化)。
 
3. 今後の展開
 本研究では、光学冷却にはオージェ再結合によって決まる限界があることを⽰し、励起光強度に依存して冷却から加熱へと移り変わることを予測・実証しました。より低温への光学冷却を実現するには、量⼦ドットの密度を上げること、オージェ再結合を起こらないようにすることが必要です。サイズの⼤きな量⼦ドットを使うことが⼀つの⼿ですが、発光効率を上げるのが難しくなることが考えられます。今後は、量⼦ドットの周囲の物質を⼯夫することでオージェ再結合の確率を減らす試みが必要となります。
 
4. 研究プロジェクトについて
 本研究はキヤノン財団、京都⼤学共同利⽤・共同研究(2023-21)戦略的創造研究推進事業(科学技術振興機構; JPMJCR21B4)、科学研究費補助⾦(⽇本学術振興会; JP19H05465)の⽀援で⾏われました。
 

●用語解説●

電⼦-フォノン相互作⽤結晶を構成する格⼦の熱振動(フォノン)と電⼦の相互作⽤。電⼦-フォノン相互作⽤が強いほどアンチストークス発光が起こりやすく、冷却パワーが⼤きくなる。

 

量⼦ドット直径10nm以下の極めて⼩さい結晶。可視光の波⻑(400-700nm)より⼗分⼩さく、量⼦⼒学的な効果がみられる。

 

正孔電⼦で埋められている空間の中に存在する⽳(孔)。光を照射することで電⼦が⾼いエネルギー状態になり、その電⼦の元々いた位置が⽳、すなわち正孔となる。電⼦が負の電荷をもつのに対して、正孔は正の電荷をもつ。

 

励起⼦クーロン⼒によって結びついている電⼦と正孔のペアのこと。この対が再結合することでエネルギーが放出(発光)される。

 

オージェ再結合2つの励起⼦が互いにぶつかってエネルギーの受け渡しが⾏われ、⼀⽅のエネルギーが熱として放出される再結合過程。

 

10K(絶対温度)単位の”K”は「ケルビン」と読み、絶対温度の単位である。絶対温度とは、原⼦や分⼦の熱運動が完全になくなる温度を0K とした温度のこと。摂⽒温度で0℃のとき絶対温度は273.15K で、(絶対温度)=(摂⽒温度)+273.15K の関係にある。

 
京都大学HP記事 [最新の研究成果を知る]
光で冷える半導体 ~光学冷却の実証に成功~