高強度テラヘルツ電流が引き起こす特異な超伝導スイッチング動作の発見 ―新規超伝導デバイス開発や性能向上に向けた新たな知見―

本研究は、2024年5月24日に国際学術誌「Nature Communications」に掲載されました。 

 京都大学化学研究所 関口文哉 特定助教(現 東京大学特任助教)、金光義彦 教授(現 特任教授)、廣理英基 准教授、小野輝男 教授、成田秀樹 特定助教らの研究グループは、直流電流の流れている超伝導体にテラヘルツ波(周波数0.1-3 THz帯に位置する電磁波)を照射することにより、臨界電流を制御できることを実証しました。超伝導体の最も重要な特徴の一つは、ゼロ抵抗で流れる超伝導電流です。しかし、臨界電流を超えると材料は超伝導状態を保持できず有限の抵抗が現れます。このような超伝導状態の破壊メカニズムの理解は、リニアモーターカーでも使用される超伝導ケーブルや粒子加速器、超伝導共振器といった様々なデバイス特性の改善に役立ちます。また、可視光、赤外線、またはテラヘルツ光子に対する極めて高い感度の光子検出器技術をもたらし応用上において大変重要な現象です。本研究では、超伝導体薄膜にテラヘルツ波を照射すると、臨界電流が大きく変化する現象を発見しました。この現象を利用すると、テラヘルツ波のような低いエネルギーのフォトンの偏光状態を検出できることを示しました。さらに、一度破壊された超伝導状態が臨界電流より大きい電流下で復活するという特異な振る舞いを観測しました。この非単調な超伝導破壊は、超伝導体内の磁気渦糸(超伝導電流が渦のように流れている状態)がテラヘルツ電流によって駆動される運動によって引き起こされることを示しました。我々の観測した特異な超伝導スイッチング現象は、超伝導材料応用に新たな知見を与えるものと期待されます。

 
図 :人工超伝導超格子における、直流電流とテラヘルツ高速電流の相互作用。
上:実験の模式図。左下:直流電流量に依存した非単調な超伝導-常伝導スイッチング。
右下:テラヘルツ電流により駆動される磁気渦糸運動のシミュレーション。
 
1. 背景
 超伝導体の最も重要な特徴の一つは、マイスナー効果に加えて、ゼロ抵抗で流れる超伝導電流です。しかし、臨界電流が存在し、この値を超えると材料は超伝導状態を保持できず有限の抵抗が現れます。直流電流下での超伝導状態の破壊のメカニズムを理解することは、超伝導マグネットのケーブルや粒子加速器の超伝導マイクロ波共振器や、可視光、赤外線、またはテラヘルツ光子に対する高い感度を持つ光子検出器を開発する上で大変重要です。また、最近では、人工超格子構造によって対称性が破れた超伝導体は、臨界電流が電流の正負に応じて異なるという超伝導ダイオード特性が京都大学化学研究所で発見され、電流誘起の超伝導状態の破壊に関する理解が基礎的な観点からも大変重要な課題と考えられています。しかし、これまでダイオード効果を発現する超伝導体の電流誘起破壊の実験は直流電流を用いて行われており、高速な電流応答、特に超伝導ギャップと同じエネルギースケールであるテラヘルツ周波数帯における振る舞いは未知の領域でした。
 
2. 研究手法・成果
 本研究では、人工超伝導超格子に直流電流印加とテラヘルツ波励起を同時に行い、その相互作用に関する実験的研究を行いました。この超伝導体を高強度のテラヘルツ波によって駆動する実験を行うため、低温・磁場・電流印加下でテラヘルツ分光を行う測定系を構築しました。実験の結果、直流電流の流れている超伝導体にテラヘルツ波を照射すると、臨界電流が大きく変化する様子を観測しました。特に、超伝導ギャップよりも低いエネルギーのテラヘルツ波を照射した場合、テラヘルツ電場の向きに敏感な臨界電流の減少が生じ、テラヘルツ波のような低エネルギーフォトンの偏光状態を検出できることを示しました。さらに、テラヘルツ波照射下で超伝導体の電流-電圧特性を詳しく調べると、一度破壊された超伝導が臨界電流より大きな電流下で再び出現するという特異な振る舞いが観測されました。この直流電流に対してこの非単調な超伝導の破壊現象を説明するためにシミュレーションを行い、テラヘルツ電流によって駆動される超伝導体内の磁気渦糸(超伝導電流が渦のように流れている状態)のダイナミクスによって理解できることを明らかにしました。

 
3. 波及効果、今後の予定
 人工超伝導超格子にテラヘルツ波を照射すると、その臨界電流がテラヘルツ波の偏光や波長、強度に対して劇的に変化することを明らかにしました。直流電流とテラヘルツ波照射によって流れる電流の相互作用によって現れる非単調な超伝導/常伝導状態のスイッチング動作は、赤外光やマイクロ波、テラヘルツなど低エネルギー光子を検出するための新しい光検出器や、超伝導量子ビットの操作など新たな超伝導量子エレクトロニクス技術をもたらすことが期待されます。
 
4. 研究プロジェクトについて
本研究は、以下の助成⾦の⽀援を受けて⾏われました。JSPS科研費・特別推進研究(JP19H05465)、挑戦的研究(開拓)(JP21K18145), 若手研究(JP21K13883、JP23K13045)、公益財団法人 池谷科学技術振興財団、公益財団法人 住友財団