ハロゲン化スズペロブスカイト太陽電池用の開口フラーレン化合物 ―熱安定性が高く真空蒸着も可能な電子輸送材料―

本研究成果は、2024年1月22日に英国化学会誌「Chemical Communications」にオンライン掲載(Inside front cover)されました。 

 京都大学化学研究所 若宮淳志 教授、村田靖次郎 教授、Wentao Liu 修士課程卒業生、Guanglin Huang 博士課程学生、Chien-Yu Chen 特定助教、Tiancheng Tan 博士課程学生、原田布由樹 修士課程学生、Shuaifeng Hu 博士課程卒業生、中村智也 助教、Minh Anh Truong 助教、Richard Murdey 講師、橋川祥史 助教らの研究グループは、ハロゲン化スズペロブスカイト太陽電池の電子輸送材料として用いることができる開口フラーレン化合物を開発しました。従来のフラーレン誘導体よりも熱安定性が高く、溶液法に加えて真空蒸着法によっても膜を作ることが可能です。

 

 
1. 背景
 ABX3型(A: 1価の陽イオン、B: 2価の陽イオン、X: ハロゲン化物イオン)のペロブスカイト半導体を光吸収材料に用いたペロブスカイト太陽電池が、塗布法で作製できる次世代の高性能太陽電池として注目されています。これまでは、鉛を原料に含む鉛系ペロブスカイト太陽電池が主に研究されてきましたが、鉛が及ぼす環境や人体への影響が危惧されています。そのため、実用化の観点から、鉛を用いない新たなペロブスカイト材料の開発が強く求められており、鉛の代わりにスズを原料に用いたスズ系ペロブスカイト材料はその有力候補として期待を集めています。しかし、スズ系ペロブスカイト太陽電池の光電変換効率は鉛系よりも低く、最高でも15%程度にとどまっているのが現状です。
 スズ系ペロブスカイト太陽電池の課題のひとつに、得られる開放電圧が低いことが挙げられます。これは、スズ系ペロブスカイトの伝導帯準位が浅いため、一般的に用いられる電子輸送材料であるフラーレンC60の最低非占有分子軌道(LUMO)準位との間のエネルギーギャップが大きくなることが原因と考えられています。したがって、高い開放電圧を得るためには、より浅いLUMO準位をもつ電子輸送材料の開発が強く望まれていました。C60よりも浅いLUMO準位をもつフラーレン誘導体としては、フェニル-C61-酪酸メチルエステル(PCBM)とインデン-C60二付加体(ICBA)が一般的です(図1)。しかし、一付加体であるPCBMではLUMO準位が十分には浅くなく、一方、二付加体であるICBAでは、合成においてさまざまな異性体が生じ、それらを分離するのが困難であるという課題がありました。
 
2. 研究手法・成果
 村田らのグループでは、フラーレンに化学修飾により「穴」をあけ、小分子を導入して再び閉じる、「フラーレンの分子手術法」を開発し、様々な分子を内包させたフラーレンを合成してきました1,2。本研究では、その合成中間体である開口フラーレンの1種であるOCに注目し(図1)、本化合物をスズ系ペロブスカイト太陽電池の電子輸送材料として用いることを着想しました。本化合物は、PCBMよりも高いLUMO準位をもつとともに、異性体の混合物を生じずに純粋な化合物として合成できると期待しました。
 

図1 :従来のフラーレン誘導体および本研究で用いた開口フラーレンOCの分子構造

 

 合成した開口フラーレンOCの薄膜を作製し、電気化学測定(サイクリックボルタンメトリー)によりLUMO準位を見積もったところ、本化合物は、ICBA(–3.95 eV)よりは若干深いがPCBM(–4.14 eV)より浅い –3.98 eVにLUMO準位をもつことがわかりました(図2a)。スズ系ペロブスカイト材料の伝導帯準位(–3.66 eV)との差は0.32 eVと、PCBMの場合(0.48 eV)よりも小さくなり、太陽電池の開放電圧の損失が小さくなることが期待されました。そこで、本化合物を電子輸送材料に用いてスズ系ペロブスカイト太陽電池を作製したところ、PCBMを用いた場合(0.57 V)よりも高い0.72 Vの開放電圧と、9.6%の光電変換効率が得られました(図2b)。
 さらに、開口フラーレンOCは、PCBMICBAよりも優れた熱安定性を示すことがわかりました。フラーレン誘導体の熱重量測定を行ったところ、ICBAでは約140°C、PCBMでは約370°Cから熱分解による重量減少が見られたのに対し、OCは約450°Cまで安定で、500°Cでも元の重量の93%(–7%)を保持できることがわかりました。そこで、真空蒸着法によるOCの成膜を試みたところ、若干の化合物の分解は見られたものの、蒸着膜を用いた太陽電池素子でも7.6%の光電変換効率が得ることができました。

 

図2 :(a) フラーレン誘導体のエネルギー準位および (b) フラーレン誘導体を電子輸送材料として用いたスズペロブスカイト太陽電池の電流–電圧曲線

 

図3 :フラーレン誘導体の熱重量測定結果

 
3. 波及効果、今後の予定
 本研究では、開口フラーレン化合物がスズペロブスカイト太陽電池の電子輸送材料として機能することを初めて実証しました。今後、スズペロブスカイト太陽電池のさらなる高性能化に向け、独自の電子輸送材料の開発研究を展開していく予定です。
 
4. 研究プロジェクトについて
(1) 未来社会創造事業 「地球規模課題である低炭素社会の実現」領域(国立研究開発法人科学技術振興機構)
「ゲームチェンジングテクノロジー」による低炭素社会の実現(探索加速型)」
研究課題名:「SnからなるPbフリーペロブスカイト太陽電池の開発」
研究代表者:若宮淳志(京都大学化学研究所 教授)
研究期間: 令和4年度〜令和8年度
(2) 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)
「太陽光発電主力電源化技術開発/太陽光発電の新市場創造技術開発」
研究課題名:「高自由度設計フィルム型ペロブスカイト太陽電池の基盤技術研究開発」
研究代表者:若宮淳志(京都大学化学研究所 教授)
研究期間:令和2年度〜令和6年度
(3) 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)
「グリーンイノベーション基金事業/次世代型太陽電池の開発」
研究課題名:「設置自由度の高いペロブスカイト太陽電池の実用化技術開発」
研究代表者:若宮淳志(京都大学化学研究所 教授)
研究期間:令和3年度〜令和7年度
(4) 科学研究費助成事業 基盤研究A(独立行政法人 日本学術振興会)
研究課題名:「鉛フリー型ペロブスカイト太陽電池の高性能化のための基礎化学研究」
研究代表者:若宮淳志(京都大学化学研究所 教授)
研究期間:令和3年度〜令和5年度