コロイド状C1-PtIn2ナノ粒子による可視プラズモン特性の発現 ―新規可視プラズモン材料としての金属間化合物ナノ粒子の設計指針―

本研究成果は、2024年1月9日に国際学術誌「Advanced Science」にオンライン掲載されました。 

 京都大学化学研究所 竹熊晴香 助教、佐藤良太 特定助教、寺西利治 教授の研究グループは、同研究所 治田充貴 准教授、倉田博基 教授(研究当時)、北海道大学触媒科学研究所 飯田健二 准教授、東京理科大学理学部 川脇徳久 講師、分子科学研究所 信定克幸 准教授(研究当時)とともに、C1構造をもつPtIn2ナノ粒子の液相合成に成功し、可視領域のプラズモン特性を明らかにしました。
 M. FaradayがAuコロイドの着色原理を解明してから160余年、本質的に可視域で局在表面プラズモン共鳴(LSPR)を示す無機材料として「貨幣金属(Au、Ag、Cu)を含んだ金属ナノ粒子」が主に研究されてきました。今回、研究グループは、貨幣金属を含まないナノ粒子として、C1型(CaF2型)の結晶構造をもつコロイド状PtIn2ナノ粒子を液相法により合成し、可視領域にLSPRを示すことを明らかにしました。C1-PtIn2ナノ粒子のユニークな可視プラズモン特性の起源を調べるため、スーパーコンピュータを用いたシミュレーションを行いました。C1-PtIn2と面心立方格子(fcc)構造のAuナノ粒子の電子構造と光励起電子ダイナミクスの違いを調べたところ、前者は後者に比べてバンド間遷移が減少しPt原子の束縛d電子によるスクリーニング効果が強くなっていることがわかりました。
 これらの結果は、金属間化合物ナノ粒子の結晶構造と組成を調整することにより、そのプラズモン特性を制御することが可能であることを強く示唆するものです。本研究から得られた知見をもとに、従来の貨幣金属ナノ粒子の代替材料となるような、金属間化合物ナノ粒子による新しいプラズモニック材料の開発が期待されます。

 

図1 :C1-PtIn2ナノ粒子の鮮やかな紫色の呈色
 
1. 背景
 ナノ粒子に特定の波長の光が入射すると、自由電子あるいはホールの集団振動が起こります。この現象は局在表面プラズモン共鳴(LSPR)と呼ばれ、その電場増強効果や鮮やかな呈色を活用しようと、生物学、光化学、物理学、さらには医学や芸術におよぶ広い分野で注目されてきました。
 LSPRと共鳴する光の「波長」は、ナノ粒子の「形状」、「サイズ」、そして何より「構成物質」によって制御できることが知られています。例えば、AlやPd、Ptなどの金属ナノ粒子であれば紫外域に、酸化インジウムスズ(ITO)やアルミニウムドープ酸化亜鉛(AZO)などの半導体ナノ粒子であれば近赤外域にLSPRを示すことが知られています。そのような中、Au、Ag、Cuの貨幣金属は例外的に可視域でLSPRを示す材料であり、可視プラズモニクスの発展を支えてきました。
 ナノ粒子を異方的な形状にすることで、AlやPdも可視域にLSPRを示すことや、4族の窒化物半導体(TiN、ZrN、HfN)材料が可視領域に伝搬型の表面プラズモン共鳴を示すことが徐々に明らかになっていましたが、本質的に「球状」で可視領域にLSPRを示すナノ粒子は、貨幣金属ナノ粒子と貨幣金属を主成分とする合金ナノ粒子しか知られていませんでした。
 
2. 研究手法・成果
 そもそも何故Auは可視領域にLSPRを示すのか、という疑問に対しては、fcc-Auクラスターについての光励起電子ダイナミクスの理論的研究において、Auの自由電子の集団振動とバンド間遷移だけでなく、束縛電子のスクリーニング効果が重要であることが示唆されていました。そこで我々は、貨幣金属を含まずにLSPRを達成する金属間化合物ナノ粒子の設計にあたり、二つの条件を考慮しました。
 (i)電子構造が貨幣金属と類似していること(類似の自由電子振動とバンド間遷移)
 (ii)結晶構造(原子の配位環境)がfcc構造とは大きく異なること(異なるスクリーニング効果)
 我々は、この二つの条件を満たすナノ粒子として、C1(CaF2型)構造(図2-A)をもつPtIn2金属間化合物ナノ粒子を選択し、これが可視領域にプラズモン特性を示すと予想しました。
 C1-PtIn2ナノ粒子は、高温での固相反応によってLSPRを示さない小さな粒径でしか合成されていませんでしたが、我々は、Ptナノ粒子を原料とする液相合成法を開発し、明瞭なLSPRを示す10 nm以上の擬球状のナノ粒子を液相中で合成することに成功しました。
 透過電子顕微鏡(TEM)観察により、複数の大きさの擬球状ナノ粒子の生成が確認できました。また、X線回折(XRD)や広電圧超高感度原子分解能TEM、走査電子顕微鏡エネルギー分散型X線分光法(SEM-EDX)を用いて目的のC1構造が形成していることを確かめました(図2-B)。得られたC1-PtIn2ナノ粒子のクロロホルム分散溶液は、鮮やかな紫色を呈し、紫外-可視(UV–vis)吸収スペクトルは551 nm(2.25 eV)に極大波長を示しました(図2-C, D)。また、LSPRに特徴的なサイズ依存性や屈折率依存性が確認でき、走査型透過電子顕微鏡-電子エネルギー損失分光(STEM-EELS)分析や表面増強ラマン散乱(SERS)の測定からもC1-PtIn2ナノ粒子のLSPRの特徴が裏付けられました(図2-E)。
 C1-PtIn2ナノ粒子が可視領域でLSPRを示すメカニズムについては、Pt249In432とAu561という約600個の原子からなるナノ粒子モデルを用いて、シミュレーションから調べました。両者の電子構造を算出し比較すると、フェルミ準位近傍の自由電子はspバンドに存在し、PtとAuのdバンド端は可視領域に相当するエネルギー範囲に分布しているという類似点がありました。Inのd電子は低エネルギー領域にあり、可視光照射によるバンド間遷移には寄与しないことから、全体としてPt249In432ではAu561よりバンド間遷移が減少する可能性が示唆されました。一方、原子スケールでの光励起電子ダイナミクスの解析より、C1構造が最密充填構造ではなく、かつ、In原子の束縛d電子が空間的に強く束縛されているため、Pt周辺で比較的広い空間での電場の振動が可能となり、Pt原子の束縛d電子は数が少ないものの強いスクリーニング効果を示すことが明らかになりました。この二点が、C1-PtIn2ナノ粒子における可視LSPRの主な起源であると考えられます。
 

図2 :C1-PtIn2ナノ粒子の(A)結晶構造、(B)原子分解能TEM像およびTEM-EDX像。粒径17、24、44 nmのC1-PtIn2ナノ粒子の(C)クロロホルム分散溶液、(D)UV–vis吸収スペクトル。(E)2.1–2.5 eVにおけるC1-PtIn2単一ナノ粒子のEELSマップ。
 
3. 波及効果、今後の予定
 金属間化合物の結晶構造は種類に富み、原子配列、組成、規則化度などの結晶構造因子を調整することができることから、様々な金属間化合物ナノ粒子が従来のプラズモニック材料の代替材料になり得ることが強く期待されます。本研究成果は、その最初の一石であり、金属間化合物ナノ粒子のLSPR特性の理解に貢献するとともに、プラズモニックナノ材料のライブラリーの充実を促します。LSPRを示す他の金属間化合物ナノ粒子も今後報告予定です。
 
4. 研究プロジェクトについて
 本研究は、JST戦略的創造研究推進事業 CREST「自在配列システム」(課題番号:JPMJCR21B4)、文部科学省JSPS科学研究費助成事業 基盤研究(B)(課題番号:JP 18H01953、20H02552)、挑戦的研究(萌芽)(課題番号:JP17K19178)、若手研究(課題番号:JP19K15513)、新学術領域研究「ハイドロジェノミクス」(課題番号:21H00027)、特別研究員奨励費(課題番号:JP20J15759)、京都大学化学研究所国際共同利用・共同研究拠点(課題番号:2021-57)、北海道大学触媒科学研究所共同利用・共同研究(課題番号:No. 21B1026)、矢崎科学技術振興記念財団 奨励研究助成、東電記念財団 研究助成(基礎研究)、高輝度光科学研究センター(課題番号:2021B1708)、マテリアル先端リサーチインフラ事業(課題番号:JPMXP1222KU0005)、北海道大学革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラシステム利用研究課題(課題番号:hp210156)の支援を受け実施いたしました。
 

●用語解説●

コロイド(colloid)ひとつの相(気相・液相・固相)が他の相に分散している分散系を指す。構成粒子のことをコロイド粒子、あるいは単にコロイドと呼ぶ。その場合、1 nm(10−9m)〜1 µm(10−6m)の大きさで定義される。

 

ナノ粒子(nanoparticle)1 nm(10−9m)〜100 nm(10−7m)サイズの粒子。数百nmのものを指すこともある。そのサイズの小ささにより、大きな比表面積や量子閉じ込め効果による光学特性など、通常のバルク(塊の)状態とは異なる物理的、化学的性質を示す。

 

局在表面プラズモン共鳴(localized surface plasmon resonance:LSPR)粒子の大きさが光の波長より小さくなると、粒子中の自由電子・ホールが入射した光と共鳴して振動する。この現象は局在表面プラズモン共鳴(LSPR)と呼ばれる。共鳴波長は粒子の形状・サイズ・構成元素(組成)に依存して大きく変化する。特に有名なのはステンドグラスの赤色で、Auコロイドに由来する。

 

プラズモニクス(plasmonics)プラズモン(plasmon)に関連する学問分野、技術のこと(接尾辞-ics)。2001年にA. Atwaterらにより命名された。光の回折限界以下の狭い領域への光のエネルギー閉じ込め(光閉じ込め効果)など、既存のフォトニクスとは異なる特徴を持つ。

 

伝搬型の表面プラズモン共鳴(propagating SPR)二次元界面に局在し、界面に沿って伝搬する電磁波(表面電磁波)の一種。自由電子の振動により生じている場合に表面プラズモンと呼ばれる。例えば、金と誘電体(水や空気)によって形成される単一の無限平面界面は、伝搬型の表面プラズモン共鳴を生じる。局在表面プラズモン共鳴と異なり、対象がナノサイズではない。

 

バンド間遷移(interband transition)一般的には、絶縁体や半導体において、価電子帯の電子が禁制帯を越えて伝導帯へと遷移する現象。貨幣金属(Au、Ag、Cu)の場合、dバンドからspバンドへの電子の遷移を指す。例えば、Auでは、電子が充填された5dバンドから、フェルミ準位近傍に広く存在する6spバンドへのバンド間遷移が起こり、その吸収端は可視領域にある(2.45 eV, 500 nm)。

 

スクリーニング効果(screening effect)ナノ粒子に光が入射すると、自由電子の集団振動が起こり、ナノ粒子表面には正と負の分極電荷が生じる。この分極に誘起される形で、各原子の束縛電子は自由電子の集団振動とは逆位相で振動する。このような逆位相の電子振動は、本来のLSPRの電場の減衰に寄与する。この効果をスクリーニング効果と呼ぶ。

 

金属間化合物(intermetallic compound)二種類以上の金属が、整数比の原子組成で規則性のある結晶構造を形成した時の、その化合物のこと。合金の一種であるが、異種元素の秩序正しい規則格子構造が特徴である。構成金属の種類によりその結晶構造は多岐にわたり、二種類の原子の組み合わせ(二元系)に限っても百数十種類におよぶ。