小惑星リュウグウでみつかった窒化した鉄の鉱物 ―太陽系の遠方から辿り着いた窒素に富む塵―
本成果は、京都大学化学研究所 治田充貴 准教授、同大学白眉センター 松本徹 特定助教、同大学理学研究科 野口高明 教授、三宅亮 准教授、伊神洋平 助教、および国際的な共同研究者のグループによって行われたものです。
太陽から遠く離れた場所で生まれた氷天体や彗星にはアンモニウム塩のような窒素化合物が大量に貯蔵されています。このような窒素を含む固体は生命の材料物質としてとても重要だと考えられていますが、地球軌道の地域に輸送される証拠は見つかっていませんでした。本研究では、地球の近くに軌道をもつ小惑星リュウグウの砂を電子顕微鏡で調べ、砂のごく表面が窒化した鉄(窒化鉄:Fe4N)に覆われていることを発見しました。窒化鉄は、磁鉄鉱と呼ばれる鉄原子と酸素原子の鉱物の表面で見られます。我々は、氷天体からやってきたアンモニア化合物を大量に含む微小な隕石がリュウグウに衝突して、磁鉄鉱の表面で化学反応が起こり、この窒化鉄が形成したと考えました。小惑星の表層では、太陽から吹くイオンの風(太陽風)の照射などによって磁鉄鉱の表面から酸素が失われていて、アンモニアと反応しやすい金属鉄がごく表面に形成しています。このため、磁鉄鉱の表面ではアンモニアに由来する窒化鉄の合成が促されたと推測しています。この微小隕石は太陽系遠方の氷天体からやってきたかもしれず、これまで気づかれてきたよりも多くの量の窒素化合物が太陽系の地球付近に輸送されて、生命の材料となった可能性があります。
(B) 丸い磁鉄鉱の断面画像。元素の分布を色付けしている。表面に鉄と窒素に富む層が見られる(緑色の場所)。窒化鉄はごく表面の数十ナノメートルの厚みを覆っている。
アンモニアをはじめとする窒素化合物は、生命の材料物質や太陽系が形成した時代の物質の化学進化を促す重要な物質であると考えられてきました。近年の小惑星探査や地上からの観測によって、太陽から遠く離れた低温領域に軌道をもつ彗星や氷天体には、アンモニウム塩のような固体の窒素化合物が大量に存在することがわかってきました。一方で、生命の材料にもなるこれら窒素化合物が地球の軌道近くに運ばれた痕跡は、はっきりとわかっていませんでした。
そうした中、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の探査機「はやぶさ 2」は、地球近傍 C 型小惑星リュウグウを探査し、表面の砂を地球に持ち帰りました。リュウグウの現在の軌道は地球と火星の間を公転するような軌道となっています。リュウグウの砂は小惑星の表面で長年のあいだ宇宙空間に曝されていたため、微小隕石の衝突や、太陽から吹くイオンの風である太陽風の照射を経験しています。これらの現象が引き起こす変化は「宇宙風化」と呼ばれています。本研究では、リュウグウ試料における宇宙風化の証拠を調べることで、現在のリュウグウが位置している地球近傍の軌道へ飛来する物質について手がかりを得ることを目指しました。
宇宙空間にさらされたリュウグウの砂の表面を調べるため、走査型電子顕微鏡を使って、表面の微細な構造の観察を行いました。リュウグウには、水と鉱物との反応によって成長した磁鉄鉱(Fe3O4)や硫化鉄(FeNi-S 鉱物)といった鉄化合物が含まれています。宇宙空間にさらされた磁鉄鉱の表面は、とても多孔質であることがわかりました(図)。透過型電子顕微鏡を使って磁鉄鉱の表面の断面を観察すると、表面から数十 nmの深さで多孔質な層が広がり、そこでは、(1)磁鉄鉱の理想的な化学組成に比べて鉄が多く、酸素が少なくなっていること(図)、(2)磁鉄鉱には含まれない窒素や硫黄が濃集している(図)ことがわかりました。さらに電子線回折法によって、この層には金属鉄と窒化鉄(Fe4N)と呼ばれる鉱物が分布していることがわかりました。
小天体の表面では窒素の鉱物が成長する現象はこれまでに全く知られていませんでした。そこで、窒化鉄が成長する仕組みを説明するため、リュウグウの砂のごく表面が経験した特殊な環境について考察しました。磁鉄鉱の表面では、まず水素イオンで主に構成される太陽風が磁鉄鉱の表面に打ち込まれることなどによって、磁鉄鉱が還元されて金属鉄が生成すると考えられます。そして、金属鉄が窒素化合物と化学反応することで窒化鉄が生成したと推定しました。この窒素化合物として、我々は反応性の高いアンモニアを想定しました。太陽系遠方の低温領域で形成したと考えられる彗星や準惑星セレスなどの氷小天体には、アンモニアの氷や塩が豊富に含まれています。これらの天体から放出された塵が太陽方向に向かって移動し、地球付近に軌道を持つリュウグウに衝突することが十分に考えらます。衝突によって塵が気化するとアンモニアに富む蒸気が発生し、表面に暴露された金属鉄と反応することで、窒化鉄が形成したと推定しました。
一方で、リュウグウは彗星と起源のつながりが指摘されていることから、リュウグウにもしアンモニアに富む岩相があれば、その岩相への衝突現象と岩の蒸発によってアンモニアに富む蒸気が生まれ、窒化鉄が形成したかもしれません。今後のリュウグウの砂の分析が期待されます。
今回の研究は、リュウグウが現在位置する地球軌道の領域にアンモニアなどの窒素化合物が輸送される可能性を示しています。この結果の意義は、これまで気づかれてきたよりも多くの量の窒素化合物が太陽系の地球付近に輸送されて、生命の材料となりえたことを示唆した点です。
本研究では、地球付近にアンモニア塩を含む塵が輸送される可能性を示したことで、彗星から地球に飛来する塵(宇宙塵)の成分や、月面に輸送される窒素の化合物、初期地球に輸送された生命の材料としての窒素の起源についての研究を刺激すると期待されます。
一方で、窒化鉄に含まれる窒素の起源は(どのような天体から飛来したか?)完全に理解できておらず、今後の研究で窒素同位体分析などを組み合わせた分析から、小惑星表面の窒素化合物の正体がより明らかになると期待されます。
本研究は以下の支援により遂行されました。日本学術振興会科学研究費:21K113981, 21H05431, 19H0094,19KK0094, 21H05424, 20H00198, 20H00205, 20K14537.
●用語解説●
走査型電子顕微鏡:電子ビームを照射することで、試料表面の凹凸や化学組成を見ることができる顕微鏡。
透過型電子顕微鏡:100nm 厚さに薄く加工した試料に対して高電圧の電子線を照射し、電子が試料を透過したことで生じる電子の干渉像を得る顕微鏡。原子スケールに及ぶ微細組織の観察が可能。
電子線回折法:電子は波の性質をもっていることから、電子線が試料を透過したときに散乱と干渉が起こり(電子線回折という)、特有の斑点(回折パターン)が電子線下流部の検出器に生じる。回折パターンから結晶構造の情報を得る。