金ナノクラスターの二重触媒特性の発見 ―超原子コアと分子修飾ステープルの協働効果―
京都大学化学研究所 附属元素科学国際研究センター 磯﨑勝弘 准教授、中村正治 教授、同大学院工学研究科 井芹建太 博士後期課程学生らの研究グループは、金ナノクラスターの構造要素である金原子のみからなる超原子コア、及びその表面を保護する金原子とチオラート配位子からなるステープルと呼ばれる部位が、それぞれ異なる触媒活性中心として作用し、単一の金ナノクラスターが二種類の触媒作用を同時に示すことを発見しました。この金ナノクラスターの二重触媒作用を利用することで、第三級脂肪族アミンと末端アルキンの脱水素型クロスカップリング反応が効率良く進行することを見出し、医薬中間体として有用なプロパルギルアミン類縁体を得ることに成功しました。さらに、アルキンが配位子として導入された混合配位子型の金ナノクラスターを合成し、密度汎関数計算と併せて反応性を検証することで、ステープル部位において配位子交換の起きた金ナノクラスターが触媒活性種として2種類の触媒反応を促進していることを明らかにしました。
本研究により、金属ナノクラスターが超原子コアと表面を保護する有機金属部位の触媒作用を同時に示す多機能触媒として作用することが明らかになりました。今後、金属ナノクラスターの多機能性を活用することで、複数の分子変換を一挙に行うような多段階触媒反応への応用が期待されます。
本研究の概要図 : 金ナノクラスターの二重触媒作用によるアミンとアルキンの脱水素型クロスカップリング
金ナノクラスターは特異な電子構造に基づく光物性に優れるとともに、ナノ粒子よりも遥かに小さなサイズを持つことから、高活性な触媒としての応用に期待が持たれています。特に、チオラート配位子で保護された金ナノクラスターは高い安定性を有することから、様々な組成の金ナノクラスターが合成され、その構造-物性相関が盛んに研究されています。中でも、チオラートで保護された金25核ナノクラスター(Au25クラスター)は安定に単離できることから、 X線単結晶構造解析により、金13原子から成る超原子コアとその表面を被覆するステープル(金-チオラートオリゴマー)により構成されることが明らかにされており(図1上図)、様々な触媒反応にも利用されています。Au25クラスターは超原子コアの光物性に基づいて光増感剤として作用することから、光増感によって生成した一重項酸素を利用する酸化反応への応用が報告されています(図1(a))。また、Au25クラスターは様々な反応に対する触媒としても作用することが知られており、特に末端アルキンの活性化を経る炭素-炭素結合形成反応に応用されています。この触媒反応では、超原子コアの寄与は小さく、表面のステープル部位が基質の活性化を担う触媒活性点であると考えられています(図1(b))。このように、金ナノクラスターのコア部位、ステープル部位に基づく触媒反応の例は既に報告されていますが、これらの異なる構造部位が同時に活用された例は未だ報告がありません。同研究グループはこれらの異なる構造部位が独立して触媒作用を示すことが可能であれば、金属ナノクラスターは多機能触媒として様々な触媒反応への応用が可能になると考え、Au25クラスターを基盤として二重触媒作用の解明に取り組みました。
図1 本研究の背景 : (a) 金13核超原子コアによる光増感作用、(b) ステープルにおける末端アルキンのC–H活性化を経たC–C結合形成
本研究グループは、酸素雰囲気、可視光照射、触媒量のAu25クラスター存在下、脂肪族第三級アミンと末端アルキンの脱水素クロスカップリング反応が効率良く進行し、対応するプロパルギルアミン生成物が得られることを見出しました(図2)。本反応は酸素、可視光、触媒のいずれが欠けても進行しないことから、Au25クラスターの光酸化触媒機能によるアミンの酸化と触媒機能による末端アルキンの活性化と引き続くクロスカップリング反応が進行していることが示唆されました。
本触媒反応において、Au25クラスターを保護する配位子は重要な役割を果たしており、広く使用されているフェニルエタンチオラートにより修飾されたAu25クラスター(PET-AuNC)に対し、同研究グループが開発した多点水素結合部位を有するペプチドデンドロンチオラートにより保護されたAu25クラスター(DOPx-AuNC)が高い触媒活性を示すことを見出しました。この結果はペプチドデンドロンチオラートの構築する水素結合超分子反応場により本反応が促進されたことを示唆しています。
図2 : 金ナノクラスターの二重触媒作用による脱水素クロスカップリング反応
基質である第三級アミン、末端アルキンについてそれぞれ検討した結果、20種類の基質の組み合わせで生成物が得られることを確認しました(図3)。アミン基質では、環状アミンだけでなく直鎖状のアミン、アミノ酸などを用いることができ、計10種類の例を示しています。アルキンが挿入される位置選択性から、アミンの酸化は光増感によって生じる一重項酸素による一電子酸化と水素原子移動を伴う反応経路を取ることが示唆されました。アルキン基質では、内部アルキンでは全く反応が進行しませんが、アリール基、アルキル基、シリル基を有する幅広い末端アルキンが適用可能であることが分かりました。このような広い基質適用範囲は本反応が有機合成手法として有用であることを示しています。
図3 : 本研究の基質適用範囲の概略図
本反応では、アルキン基質がチオラートと配位子交換することで、ステープル上にアルキニル配位子が置換されたAu25クラスターが中間体として生成していると考えらえます。そこで、チオラート配位子とアルキニル配位子の混合配位子によって保護されたAu25クラスター (MixL-AuNC) を合成し、その触媒特性を調べることでAu25クラスターの二重触媒特性を明らかにしました(図4)。具体的には、混合配位子型金ナノクラスターは触媒前駆体であるAu25クラスターと同様の光酸化触媒活性を示したことから、配位子交換が起きても構造に変化が生じない超原子コアの光触媒特性は維持されることが分かりました。また、脱水素カップリング反応においては、触媒前駆体であるAu25クラスターでは見られた誘導期間が存在せず、光照射後速やかに触媒反応が開始されることから、アルキニル配位子に置換されたステープル部位が炭素-炭素結合形成反応の触媒活性種であることが確認されました。これらの超原子コアの光物性の維持、および配位子交換されたステープルによる触媒反応の進行は密度汎関数計算によっても支持され、確かにAu25クラスターが二重触媒として作用し、光触媒サイクルと触媒サイクルの両方の触媒として作用していることを明らかにしました(図5)。
図4 : (a) 混合配位子型金ナノクラスターの合成、 配位子の違いによる (b) 光酸化反応、
及び (c) 光触媒脱水素クロスカップリング反応の経時変化
図5 : Au25クラスターの二重触媒特性に基づく想定反応機構
本研究成果は、金属ナノクラスターが超原子コアと表面を保護する有機金属部位の触媒作用を同時に示す多機能触媒として利用可能であることを明らかにしました。今後、様々な金属の組み合わせにより任意の多段階触媒反応を同時に行うような多機能型触媒の開発につながると期待されます。
本研究は、科学研究補助金(JP23K17930、JP23KJ1383)、京都大学基金、池谷科学技術振興財団、プロテリアル材料科学財団、大陽日酸株式会社、および京都大学化学研究所の国際共同利用・共同研究拠点の補助を受けて行われました。
●用語解説●
超原子コア:数原子から数十原子で構成され、超原子コア全体の価電子数によって構成元素とは異なる元素に似た電子状態を有する構造体。超原子コアの価電子の分子軌道は超原子軌道と呼ばれ、一般の原子と類似した形状、同じ個数の軌道を有する。
チオラート:末端に水素化された硫黄原子、即ち–SHの構造を有する分子であるチオールの水素を金属に置き換えた構造を有する分子のこと。
ステープル:金属ナノクラスター中の構造体の一つであり、金属-配位子オリゴマーで構成される。超原子コアの表面を保護するほか、有機金属構造体として触媒としてはたらくこともある。
第三級脂肪族アミン:アミンのうち、窒素原子上に非芳香族性の置換基が三つ存在するもの。
末端アルキン:アルキンのうち、一方の炭素上には置換基と結合し、もう一方の炭素は水素原子と結合しているもの。
脱水素型クロスカップリング:両基質の炭素-水素結合の活性化を経て、形式上水素原子二つが脱離する形で新たに炭素-炭素結合を形成するクロスカップリング反応。
プロパルギルアミン:アミンの窒素原子のα炭素上にアルキンが結合しているもの。
配位子:金属に対し配位結合により結合し、中心の金属を安定化し錯体を形成する分子のこと。
密度汎関数計算:量子力学の手法の一つである密度汎関数理論をもとに計算を行い、原子や分子、構造体の電子状態やエネルギーを計算するもの。なお、密度汎関数理論においては、系のあらゆる物理量は電子密度の汎函数によって記述される。
金属ナノクラスター:数個から数百個の金属原子が金属-金属結合を介して結合したもの。特に、金属ナノ粒子と区別するために、金属性を示さない粒径約2ナノメートル以下程度の原子数のものを金属ナノクラスターと呼ぶ。
電子構造:原子や分子等における電子の状態やエネルギーのこと。
デンドロン:中心から規則的に分岐した構造を持つ高分子であるデンドリマーを構成する側鎖の部分。中心部のコアと結合し、デンドリマー構造を形成する。
超分子:複数の分子が非共有結合によって会合し、特定の構造や機能を生み出す分子集合体。生体内に存在するたんぱく質や脂質、DNAなどはいずれも超分子であり、非共有結合に基づいて特異な立体構造を形成している。
アリール基:芳香環上の水素原子を一つ除いた構造を持つ置換基のこと。
アルキル基:脂肪族飽和炭化水素であるアルカンから水素原子を一つ除いた構造を有する置換基のこと。
シリル基:有機ケイ素化合物のうち、三級のものからケイ素上の水素原子を一つ除いた構造を有する置換基のこと。
光触媒:光照射によって励起状態になり、励起エネルギーを何らかの形で他の分子、材料に与えることのできる物質を光触媒と呼び、光触媒の作用によって進行する反応を光触媒反応と呼ぶ。一般によく知られる酸化チタンは励起電子、および正孔による還元/酸化反応を行うが、励起エネルギー移動を行う光増感作用に基づく反応も光触媒反応の一つである。
誘導期間:触媒反応の開始段階において、生成物が生じず、触媒活性種が反応系中で生成するために要する時間のこと。