プランクトンを宇宙から観測する ―衛星データを入力データとする海洋真核微生物群集予測モデルの開発―

本研究は、2023年9月22日に国際学術誌「ISME Communications」にオンライン掲載されました。 

 衛星リモートセンシングは、海洋プランクトンの地球規模の動態をモニタリングするための強力なツールです。金子博人 京都大学理学研究科 博士後期課程研究指導認定退学(現所属 協和キリン株式会社 社員)、緒方博之 同大学化学研究所 教授、富井健太郎 産業技術総合研究所人工知能研究センター 研究チーム長、中村良介 同研究センター 総括研究主幹らの研究グループは、植物プランクトンや従属栄養性の原生生物を含むプランクトンの群集タイプを衛星データから予測するモデルを開発しました。
 従来、衛星リモートセンシングの分野では、光合成色素により光学的特性を持つ植物プランクトンをターゲットとして、その大きさや分類群を衛星データから予測するモデルが盛んに開発されてきました。しかし、こうした従来手法では、植物プランクトン以外の生物種にターゲットを拡大できず、プランクトン群集を構成する多様な生物種の全てを捉えきれない問題がありました。そこで研究グループは、全球規模の海洋真核微生物組成データに基づいて、観測地点ごとのプランクトン群集タイプを推定し、その群集タイプを衛星データから予測する機械学習モデルを構築しました。その結果、67%の正解率で群集タイプを衛星データから予測することに成功しました。さらに、このモデルに基づき、過去約20年間にわたるプランクトン群集タイプの全球分布を衛星データから予測し、群集タイプの分布の季節変動や、さらに長期間にわたる変動を捉えることに成功しました。

 

 
1. 背景
 海洋プランクトンは、地球上の炭素固定の約半分を担い、海洋食物網の基盤となり、さらに生物炭素ポンプを通じて大気中二酸化炭素濃度の調節にも関わり、その地球環境への影響力は極めて大きいと考えられています。しかし、プランクトンの種類や群集動態を調査するために、学術調査船を利用して、現場観測を全球規模かつ高頻度で行うことは現実的ではありません。一方、人工衛星による宇宙からのリモートセンシングは、全球規模かつ高頻度での観測が可能で、プランクトンの動態を広域かつ高密度でモニタリングするための強力なツールです。
 現場観測に対する衛星リモートセンシングの弱点は、得られるデータの種類が海色データや環境パラメータに限られ、プランクトンを直接観測することができない点です。研究グループは、過去最大規模の全球現場観測データセットとリモートセンシングデータを組み合わせることにより、プランクトン群集タイプを衛星データから予測するモデルを開発しました。
 
2. 研究手法・成果
 研究グループは、Tara Oceans 海洋プランクトン探査などの大規模海洋サンプリングで得られた真核微生物メタバーコードをまとめた、EukBankデータセットを活用しました。メタバーコードはサンプルに含まれる全ての真核微生物が持っている18SリボソームRNA遺伝子の配列を網羅的に解読したもので、サンプル中のプランクトンの組成を知ることができるデータです。
 まず、現場観測地点ごとのプランクトンの組成に基づき、全ての観測地点を6つの群集タイプに分類しました(図1)。この分類には、計算機による種間相互作用ネットワークの推定法や、グラフ理論的なモジュール検出法などを利用しました。

 

図1 : 各観測地点のプランクトン群集タイプ
 
 次に、機械学習の手法の一つであるサポートベクトルマシンを用いて、衛星データからプランクトン群集タイプを予測するモデルを構築しました。衛星データは、NASAが運営するTerra、Aqua衛星で取得された海色データと環境パラメータを使用しました。その結果、67%の正解率で観測地点の群集タイプを衛星データから予測するモデルを得ることに成功しました(図2)。
 

図2 : 群集タイプ予測モデルの交差検証における性能(左:混同行列、右:ROC曲線)
 
 続いて、構築したモデルを用いて、過去約20年間にわたるプランクトン群集タイプの全球分布を衛星データから予測しました。その結果、プランクトン群集タイプの季節変動や長期変動を捉えることができました。例えば、黒潮やメキシコ湾流などの西岸境界流の続流域では群集タイプの季節変動が大きく、特に秋季に特定の群集タイプが出現するパターンが見られました(図3)。この結果は、現場観測により知られている現象と一致するものでした。また、過去20年間で中・低緯度域の海水温は約0.4度上昇していますが、その中で分布が拡大・縮小する群集タイプや安定した群集タイプが見られ、群集タイプにより海洋温暖化に対する応答が異なることが示唆されました。
 

図3 : 衛星データから予測した、2021年の季節ごとの群集タイプ
 
 以上の結果から、今回研究チームはプランクトン群集タイプを衛星データから予測するモデルの構築に成功し、構築したモデルは環境と気候変動がプランクトン群集に与える影響の調査に今後有用であると期待されます。
 
3. 波及効果、今後の予定
 海洋には、植物プランクトンや従属栄養性の原生生物の他にも、原核生物やウイルスも存在します。しかし、原核生物やウイルスはサイズが小さく衛星観測は困難です。今回の手法では、群集タイプの特定に使用する生物組成データに真核微生物以外の生物も含めることでターゲットの拡大が可能であり、原核生物やウイルスもモデルに組み込むことができると考えられます。また、群集タイプの推定に使用したメタバーコードには、未知の微生物のデータも多く含まれています。こうした未知の微生物の動態や環境応答の調査にも応用できると考えています。
 将来的には、海洋生態系の詳細モニタリングや近未来予測、遺伝子資源の発見にも、衛星データを有効活用できる時代がくると期待されます。
 
4. 研究プロジェクトについて
 本研究は、科学研究費補助金・基盤研究(B)(18H02279)、基盤研究(S)(19H05667)、JST次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2110)、京都大学化学研究所国際共同利用・共同研究拠点(2020–29)より支援を受けました。
 

●用語解説●

Tara Oceans 海洋プランクトン探査科学探査船タラ号による、タラ号海洋プロジェクト2009-2013。日・欧・米の協働による海洋微生物探査で、日本からは京都大学のグループが参画しています。