ゼロ磁場下において超伝導ダイオード効果の磁化制御に成功
―エネルギー非散逸な不揮発性デバイスへの応用に期待―

この研究成果は、2023年7月6日に国際学術誌「Advanced Materials」にオンライン公開されました。 

 京都大学化学研究所 成田秀樹 特定助教、小野輝男 教授らの研究グループは、同研究所 島川祐一 教授、菅大介 同准教授、同大学大学院理学研究科 栁瀬陽一 教授、新潟大学工学部 石塚淳 助教らと共同で、超伝導体、強磁性体、重金属を含む極性超格子において、ゼロ磁場で一方向のみに電気抵抗がゼロとなる超伝導ダイオード効果の効率が40%を超えることを観測し、さらに超伝導ダイオード効果の磁化制御に成功しました。
 ダイオード効果は、順方向に電流をよく流す一方で逆方向にはほとんど流さない効果であり、整流器等に広く用いられています。しかし、超伝導ダイオード効果の実現には外部磁場[1]や磁性制御[2]、あるいは特殊な結晶対称性[3]が必要だと考えられており、さらに効率の改善も必要であるため、実用化には限界がありました。
 本研究では、ニオブ(Nb)層、バナジウム(V)層、タンタル(Ta)層、プラチナ(Pt)層、 鉄(Fe)層を含む極性構造を有した超格子を利用し、ゼロ磁場下において超伝導ダイオード効果の磁化制御に成功しました。この成果は、超低消費電力の新しい不揮発性メモリや論理回路の実現へ貢献することが期待されます。

 

 
ポイント

  • 物質中の空間反転対称性の破れに起因したダイオード素子は、電子回路を構成する基本的な部品として半導体が主に使用されています。これまでエネルギー損失の極めて小さい超伝導体を用いたダイオード効果を発現させるためには外部磁場[1]や複雑な磁気状態の制御[2]、あるいは特殊な結晶対称性[3]が必要だと考えられており、ダイオード効果の効率の改善も課題でした。
  • 本研究は、薄膜積層方向に極性構造を有する超格子において、外部磁場を印加せずに磁化と電流の方向によって超伝導―常伝導スイッチング(ゼロ磁場下における超伝導ダイオード効果)の高効率化とその磁化制御を実証しました。
  • 本研究成果により、ゼロ磁場における超伝導ダイオード効果の起源が明確になり、超低消費電力の電子回路への応用に向けて空間反転対称の破れた超伝導体における新奇物性の開拓が推進するものと期待されます。
 
1. 背景
 空間反転対称性の破れた物質では、電流の非線形応答によって非相反電荷輸送が生じることが期待されます。一般的な半導体ダイオードは有限の電気抵抗を持っており、ジュール熱による各部品におけるエネルギー損失が問題となります。一方で、エネルギー損失の低減に向けて、電気抵抗がゼロである超伝導体を用いた、ある特定の方向のみに抵抗がゼロとなる超伝導ダイオードが研究されてきましたが、その動作には主に外部磁場[1]や複雑な磁気状態の制御[2]が必要であり、ダイオード効果の効率も低かったため、実用化への妨げとなっていました。また、超伝導ダイオード効果の起源に関しても議論があり、超伝導ダイオード効果のデバイスへの応用や超伝導ダイオード効果を利用した電子状態の検出に向けて、超伝導ダイオード効果が発現する微視的なメカニズムを調査する必要がありました。
 
2. 研究手法・成果
 本研究では、空間反転対称性の破れた超伝導体として、Nb、V、Ta、Pt、Feから成る超格子をスパッタリング法で成膜しました。図1(a)のような極性構造を有する超格子試料を細線形状に微細加工し、図1(b)のような電流源と電圧計を用いた測定配置で4端子電気抵抗測定を行いました。超格子面内かつ電流と直交する方向に外部磁本研究では、空間反転対称性の破れた超伝導体として、Nb、V、Ta、Pt、Feから成る超格子をスパッタリング法で成膜しました。図1(a)のような極性構造を有する超格子試料を細線形状に微細加工し、図1(b)のような電流源と電圧計を用いた測定配置で4端子電気抵抗測定を行いました。超格子面内かつ電流と直交する方向に外部磁場を印加し、強磁性体であるFeに由来する磁化の方向を変化させ場を印加し、強磁性体であるFeに由来する磁化の方向を変化させながら、電気抵抗の直流電流依存性を調査しました。その結果、この超格子では超伝導と強磁性が共存するだけでなく、超格子の臨界電流密度が磁化と印加電流の方向によって異なり、超伝導体中で生成される電子の対であるクーパー対に作用する交換相互作用スピン軌道相互作用を顕在化させることによって、図2のように磁化の角度に依存した巨大な非相反な臨界電流密度(非相反臨界電流密度)を観測することに成功しました。

図1 :(a) 極性超格子を用いた試料の実験配置の概念図。空間反転対称性が破れているのは超格子積層方向であり、印加電流、及び磁化とそれぞれ互いに直交している。(b) 4端子電気抵抗測定に用いた極性超格子素子の光学顕微鏡図
 

図2 :ゼロ磁場下における非相反臨界電流密度の磁化制御の例(1.9 K)。 (a) 磁化の回転方向と測定の模式図 (b) 外部磁場を印加していない状態においても、磁化方向で非相反臨界電流密度の符号と大きさを制御することに成功しました。
 
 また、この巨大な非相反臨界電流密度を利用することによって、ゼロ磁場において超伝導―常伝導スイッチングを実証することに成功しました。この時、ゼロ磁場における臨界電流に対する非相反臨界電流の比で定義される効率は40%を超えており、さらに超伝導ダイオード効果の符号と大きさを磁化制御することにも成功しました(図3)。
 

図3 :ゼロ磁場下における超伝導ダイオード効果の効率の温度依存性。超伝導転移温度(Tc )で規格化された測定温度(T )に対する超伝導ダイオード効果の効率の実験結果(黒線)は、1.9 Kで40%を超え、理論式(赤線)に従うことを示しています。
 
 今回観測されたゼロ磁場下における超伝導ダイオード効果は、第一原理計算の理論結果と実験結果の比較から、強磁性体であるFeに近接しているスピン軌道相互作用の大きな重金属であるPtに磁気モーメントが誘起され、超伝導体中のクーパー対に対して交換相互作用とスピン軌道相互作用が効果的に作用することによって実現していると考えられます。
 
3. 波及効果、今後の予定
 本研究で観測されたゼロ磁場下における超伝導ダイオード効果は、超伝導ダイオード効果の制御指針に加え、エネルギー非散逸かつ方向制御可能な電子回路の確立に向けて新たな知見と可能性を提示しました。非対称な積層構造は、最も身近に空間反転対称性を破ることのできる手法の1つであり、ナノメートルオーダーの強磁性体、超伝導体、重金属を繰り返し積層させた多元素超格子では、様々な元素の機能を複合化することができます。このような超格子では、これまで多元素の合金で課題となっていた組成の不均一性の問題もなく、膜厚、積層回数、積層順序、構成元素等の自由度の高さを活かした物質設計が可能です。今後は本研究で得られた知見を発展させ、超低消費電力の新しい不揮発性メモリや論理回路への応用の観点から、新しい物質の探索やデバイス応用が行われると考えられます。
 
4. 研究プロジェクトについて
 本研究の一部は、科研研究費補助金「特別推進研究(15H05702)」、「基盤A(20H00337)」、「基盤A(20H00349)」、「基盤研究S(20H05665)」、「挑戦的研究(開拓)( 21K18145)」、「若手研究(21K13883)」、「スピントロニクス融合半導体創出拠点(JPJ011438)」、「東北大学電気通信研究所共同プロジェクト研究」、「スピントロニクス学術研究基盤連携ネットワーク、京都大学化学研究所共同利用・共同研究拠点」、「公益財団法⼈双葉電子記念財団」、「公益財団法⼈池⾕科学技術振興財団」、「公益財団法人住友財団」、「公益財団法人徳山科学技術振興財団」、「公益財団法人岩谷直治記念財団」の助成を受けて行われました。
 

●用語解説●

超伝導体通常の導体とは異なり、電気抵抗がゼロとなり、エネルギー散逸なく電流が流れる状態を超伝導状態と呼びます。

 

極性超格子、極性構造、超格子極性構造とは分子や結晶の構造に起因して、分子や結晶内に電気的な偏りが生じている構造。非対称な薄膜積層構造の場合には、積層方向に電荷の偏りが生じることが期待されます。超格子とは、成膜技術を用いて複数の種類の原子を繰り返しナノメートルオーダーで積層し、作製された薄膜のこと。本研究では外部磁場下で顕著な超伝導ダイオード効果を示す非対称なNb/V/Ta超格子の一部のVの間に対称なPt/Fe/Ptのユニットを挿入し、この構造を10回繰り返した構造を採用しています。[ABC][ABC][ABC][ABDEDBC]…という積層構造は空間反転によって[CBA][CBA][CBA][CBDEDBA]…という非等価な構造となるため、本研究の超格子は積層方向に空間反転対称性が破れています。極性超格子とは、極性構造を有する超格子のことです。

 

超伝導ダイオード効果物質中のある方向に電流を流した場合には超伝導状態(ゼロ抵抗の状態)になり、逆向きの電流の場合には常伝導状態(有限抵抗の状態)になる現象。

 

整流器電流を一方向にだけ流す作用を有する素子。

 

不揮発性メモリ電源を切っても記憶情報が保持されるメモリのこと。

 

空間反転対称性の破れ3次元の空間座標の符号を反転する操作のことを空間反転操作と呼び、この操作を施したときに元の状態と変わらないことを「空間反転対称性がある」と表現します。一方で、空間反転によって元とは異なる状態となることを「空間反転対称性の破れ」と言います。ダイオード効果の発現には空間反転対称性が破れている必要があります。

 

非相反電荷輸送電流方向の正負で電気伝導特性が異なる現象のこと。今回の場合、超格子の垂直方向に空間反転対称性が破れている極性構造であり、極性軸方向、電流方向、及び磁化方向が互いに直交している状態で、非線形な効果が生じていると考えられます。

 

臨界電流密度超伝導状態を保持した状態で、超伝導体に流すことができる最大の電流密度の値のこと。電流は波動関数の空間的な位相ずれを与えるため、位相秩序である超伝導を破壊する臨界電流密度が存在します。

 

交換相互作用2つの電子の軌道が互いに重なり合うときに生じるスピンに関係した相互作用。

 

スピン軌道相互作用電子が持つスピン角運動量と軌道角運動量との相互作用。この相互作用は物質中では様々な形で現れ、スピン状態に依存した電子輸送現象に寄与します。特に、空間反転対称性の破れに起因するRashbaスピン軌道相互作用は、超伝導ダイオード効果の発現にも関わります。