白金単原子触媒を担体表面/内部に選択的に担持する方法を開発 ―錯体化学を用いた新しい合成戦略および触媒性能への効果―

この研究成果は、2023年7月15日に「Nature Communications」にオンライン公開されました。 

 京都大学化学研究所の遠藤健一 研究員(当時)、猿山雅亮 特定准教授、寺西利治 教授らの研究グループは、白金単原子触媒を担体表面/内部に選択的に担持する方法の開発に成功しました。 貴金属触媒粒子を極限まで小さくした単原子触媒は次世代の触媒として期待されていますが、その土台となる担体との位置関係がどう触媒性能に影響するか、またどのような手法でその位置関係を制御できるかは知られていませんでした。  
 今回研究グループは、白金イオンをCdSeナノ結晶に担持した単原子触媒において、錯体化学を利用した白金イオンの位置制御法を開発しました。原料となる白金錯体および溶媒を使い分けることによって、白金イオンがCdSeナノ結晶の表面に吸着された状態と、結晶内部に取り込まれた状態の2種類の担持構造を選択的に作り分けることができることを明らかにしました。さらに、白金イオンが表面に存在する構造の方が、光触媒水素発生反応をより高い活性と安定性で触媒することを示しました。  
 本研究から得られた知見は、単原子触媒の担体に対する位置関係が触媒性能に重要であることを示すとともに、担体内外における単原子触媒の位置を自在に制御する新しい手法を与えるものです。この知見をもとに、高性能な単原子触媒の設計・合成が進展することが期待されます。

 
 

図1 : CdSeナノ結晶表面/内部への白金イオンの選択的担持と、その光水素発生触媒性能変化

 
1. 背景
 貴金属元素からなる触媒はさまざまな化学反応に有用ですが、貴金属元素の希少性および価格の面から、できるだけ少ない使用量で高い性能を発揮することが重要です。一般に触媒反応は触媒粒子表面の露出した原子上で起こるため、表面原子の割合が大きくなるよう、できるだけ小さい触媒粒子が必要となります。近年では、究極的に小さい触媒粒子である原子一つ一つを分散させる手法の開発が進み、単原子触媒という名前で注目されています。
 単原子触媒の実現には、触媒原子を固定する土台となる物質(担体)が必要となります。しかし、原子は従来の触媒粒子と異なり非常に小さいため、担体内部に潜り込む可能性があります。これにより、表面で直接活性部位となる触媒原子の数が減少するだけでなく、触媒原子と担体の相互作用によって触媒特性が大きく変化する可能性があります。
 しかしながら、単原子触媒の合成制御や分析は難しく、触媒原子と担体の位置関係をどのように制御できるか、またそれがどのように触媒特性に影響するかについて、ほとんど知られていませんでいた。
 
2. 研究手法・成果
 私たちは白金イオン(Pt2+)をCdSeナノ結晶に担持した系を対象と、原料として様々な白金錯体を用いることで担持構造の制御を試みました。実験の結果、白金錯体cis-[PtCl2(dmso)2] (dmso: ジメチルスルホキシド)とCdSeナノ結晶を非プロトン性溶媒で反応させることにより、Pt2+イオンがナノ結晶の表面のみに担持されることを発見しました(図A)。一方で、原料錯体として[PtCl4]2−を、溶媒としてプロトン性溶媒を用い、反応後にアミン配位子で処理を行うと、Pt2+イオンがナノ結晶の内部に主に担持された構造となることが明らかになりました(図B)。 これら二つの異なる担持構造は、種々の分析により特定されました。誘導プラズマ発光分析法(ICP-OES)により、表面に担持されるPt2+イオンの最大量は、CdSeの表面Se原子の数と等しいことが確認されました(図C)。また、Pt2+イオンがCdSe内部に担持される場合は、Cd2+イオンを置換していることが確かめられました(図D)。X線光電子分光(XPS)では、表面に担持された白金イオンは原料錯体cis-[PtCl2(dmso)2]に近い酸化状態をもち、CdSe内部に担持されたPt2+イオンはPtSeに近い酸化状態をもつことが確認されました(図E)。この他、赤外吸収分光(IR)、紫外可視吸収分光(UV–vis)、広域X線吸収微細構造(EXAFS)を組みわせることで、表面および内部に存在するPt2+イオンの区別に成功しました。 Pt2+イオンの担持位置が変化する理由は、反応様式の違いに基づきます。表面への担持は、CdSe表面のSe原子が白金錯体の配位子を置換する配位子交換反応であることが分かりました。配位子交換反応はトランス効果によって促進されるため、トランス効果の強いcis-[PtCl2(dmso)2]では表面担持が進みやすく、トランス効果の弱い[PtCl4]2−では表面担持が進みにくくなります。一方で、内部担持はPt2+がCdSeのCd2+を交換するカチオン交換反応であり、この反応は酸性プロトンによって加速されることが分かりました。そのため、プロトン性溶媒を用いると内部担持が促進されます。 異なる位置にPt2+イオンを担持したCdSeナノ結晶について、水中での光触媒水素発生反応性能を比較しました。Pt2+イオンをCdSeナノ結晶表面に担持した触媒は良好な触媒活性を示しますが、Pt2+イオンがCdSeナノ結晶内部のみに存在する触媒は不安定で、活性がすぐに低下することが分かりました。これは、CdSe内部のPt2+イオンが歪んだ配位構造をとっているためと考えられます。また、同じ量のPt2+イオンがCdSe表面に存在する場合に、CdSe内部にもPt2+イオンを導入すると、触媒活性が低下することも分かりました。これは、CdSe内部のPt2+イオンが光励起状態の失活を促進するためであることが、紫外線光電子分光(UPS)より明らかになりました。これらの結果は、Pt2+イオンをCdSe表面のみに担持することが、高い光触媒性能を発揮する上で重要であることを示しています。

図2 : (A)Pt2+イオンをCdSeナノ結晶表面および内部に担持する際のそれぞれの反応式、(B)表面に担持される白金の量と白金錯体使用量の関係、(C)担持後の元素組成、(D)X線光電子分光(XPS)スペクトル、(E)可視光照射下での水素発生速度。

 
3. 波及効果、今後の予定
 単原子触媒は、貴金属の使用量を削減し効率のよい化学反応を実現する上で有望な物質です。本研究の結果は、単原子触媒の設計・合成において、担体との位置関係が触媒性能に影響する重要な要素であることを示しました。同時に、本研究では錯体化学を利用し、単原子触媒を担体内外に自在に配置する手法を新たに開発しました。これらの知見は様々な化学反応に対する単原子触媒の理解・合成に活用されることが期待されます。
 
4. 研究プロジェクトについて
 本研究は、文部科学省JSPS科学研究費助成事業 基盤研究(S)(Grant No. JP19H05634)、新学術領域研究(研究領域提案型)「配位アシンメトリー」(Grant no. 16H06520)、JST戦略的創造研究推進事業 CREST「自在配列システム」(Grant no. JPMJCR21B4)、JST創発的研究支援事業(Grant no. JPMJFR213I)、ナノテクノロジープラットフォーム事業(課題番号: JPMXP09A21KU0380、S-21-JI-0031)、高輝度光科学研究センター(課題番号: 2021A1506、2021A1380、2021A1319、2021B1708)の支援を受け実施いたしました。
 

●用語解説●

ナノ結晶数nm(10−9 m)〜数百 nmサイズの結晶粒子。大きな比表面積や量子閉じ込め効果による光学特性など、通常の大きな結晶とは異なる性質を示す。適切な前駆体、表面配位子、溶媒、温度条件を用いて合成される。

 

プロトン性溶媒・非プロトン性溶媒水素イオン(プロトン)を放出しやすい溶媒をプロトン性溶媒、放出しにくい溶媒を非プロトン性溶媒と呼ぶ。本研究で用いているメタノールはプロトン性溶媒、トルエンおよびアセトニトリルは非プロトン性溶媒にあたる。

 

トランス効果平面正方形型金属錯体の配位子交換反応において、交換される配位子の対面(トランス位)に位置する配位子がその交換を促進する現象のこと。トランス効果の強さは配位子の種類によって異なる。

 

カチオン交換イオン結晶中のカチオン(陽イオン)が別種のカチオンで交換される反応。条件によっては陰イオン配列や粒子外形を保持したまま行うことができ、様々なナノ結晶合成に利用されている。

 

光触媒水素発生反応光エネルギーを利用して水を還元し、水素ガスを発生させる反応。グリーンな水素合成法の一つとして注目されている。