新規ウイルス門の発見 ―ヘルペスウイルスの起源の解明に寄与―

本研究成果は、2023年4月19日に、国際学術雑誌「Nature」においてオンライン公開されました。 

 ヒトの病原体として、あるいは微生物の寄生体として数多くの二本鎖DNAウイルスが知られています。孟令杰 京都大学化学研究所 特定研究員、緒方博之 同教授らは、フランスの原子力庁 国立科学研究センター パスツール研究所等との国際共同研究により、「門」レベルの新たなウイルス分類群を発見しました。
 二本鎖DNAウイルスの多くは2つの分類群に分けられます。その2つの分類群は、デュプロドナウイルス域とバリドナウイルス域です。本研究により新たに発見されたミルスウイルスは、両グループの特徴を示すキメラ状のゲノムを有していました。ウイルス粒子構造に関わるの遺伝子は、ヘルペスウイルスを含むデュプロドナウイルス域に特徴的で、遺伝情報の発現に関わる遺伝子は、バリドナウイルス域に属する巨大ウイルスの特徴を示していました。また、ミルスウイルスは微細藻類などのプランクトンを推定宿主とする海洋ウイルスの主要なグループであることも示されました。本研究により、プランクトンを宿主とするミルスウイルスの祖先からヘルペスウイルスが進化してきたこと、二本鎖DNAウイルスの初期進化においてウイルス間遺伝子水平伝播が重要な役割を果たしたこと、この2つの可能性が示唆されました。

 
 
 
1. 背景
 二本鎖DNAウイルスの多くが2つの大きな分類群、つまりデュプロドナウイルス域(便宜上「D群」と称す)とバリドナウイルス域(V群)に分類されています。D群には、ヒトの病原体として知られるヘルペスウイルスの仲間と、細菌や古細菌などの原核生物に感染するウイルス(カウドウイルス)が含まれます。V群には、「巨大ウイルス」とも呼ばれる大型の核細胞質性ウイルスやアデノウイルスなどの小型のウイルスが含まれます。二本鎖DNAウイルスの分類の鍵となるのが主要カプシドタンパク質ですが、D群とV群の主要カプシドタンパク質の間には進化的な関係がありません。どちらのウイルス群にも原核生物に感染するウイルスと真核生物に感染するウイルスが存在し、それぞれの起源は全生物の共通祖先の時代まで遡ると考えられています。
 
2. 研究手法・成果
 本研究では、Tara Oceans海洋プランクトン探査から得られた大規模海洋メタゲノムデータから、海洋ウイルスのゲノムを再構築しました。その結果、巨大ウイルスの特徴を示す、新たなウイルス群のゲノムを111個構築することに成功しました。
 新たなウイルス群のゲノムは巨大ウイルス(V群)のゲノムに高い類似性を示していました。しかし、V群に特徴的な主要カプシドタンパク質の遺伝子が検出されませんでした。その代わりに、D群に特徴的な主要カプシドタンパク質の遺伝子を保持していることが、タンパク質の立体構造構造予測に基づく詳細な解析により明らかになりました。つまり、遺伝情報の発現に関わる遺伝子(「情報モジュール」)はV群に特徴的でしたが、ウイルス粒子構造に関わるの遺伝子(「構造モジュール」)はD群に特徴的でした。従って、新たに発見されたウイルスのゲノムは両群の特徴を有する予想外のキメラ構造だったのです。このウイルス群はミルスウイルスと名付けられ、分類学的にはヘルペスウイルスを含むD群に属し、その中で新たな「門」を構成するウイルス群であることが明らかになりました。
  D群のヘルペスウイルスの仲間はヒトを含む動物(後生動物)に感染し、細菌などの原核生物を宿主とするカウドウイルスから進化してきたと考えられています。しかし、類縁のウイルスに動物以外の真核生物(特に原始的な真核微生物、原生生物)を宿主とするウイルスは知られておらず、D群のウイルスには「宿主域」に関するギャップがありました。一方、V群のウイルスのゲノムは1万塩基対程度の小さなものから、200万塩基対を超える大きなものまで存在しますが、ゲノム長の分布が不連続で、5万塩基対以下の小型のウイルスと、数10万塩基から200万塩基対を超える分布を示す巨大ウイルスとの間で大きな溝がありました。
 研究者らはミルスウイルスが、この2つの隔たりを橋渡しするものと捉えています。つまり、原核生物に感染するカウドウイルスが、原始的な真核微生物を宿主とするミルスウイルスの祖先へと進化し、その後、より高等な動物へと宿主を乗り換えることにより、ヘルペスウイルスが誕生したと考えられます。また、「情報モジュール」の遺伝子がミルスウイルス(D群)と巨大ウイルス(V群)の祖先の間で、遺伝子水平伝播により共有されたことで、どちらか一方の系統でゲノムの巨大化が促進された可能性が示唆されました。ただし、この遺伝子水平伝播に関しては、どちらの系統からどちらの系統に伝播したのかは現在のところ不明です。
 ミルスウイルスは海洋に豊富に存在し、海洋プランクトンなど真核微生物を推定宿主とし、その存在量や活性において海洋生態系における主要なウイルス群の一つであることが本研究により明らかになりました。ミルスウイルスのゲノムは最大で43万塩基対に及び、新たな巨大ウイルスのグループと捉えられます。従来の巨大ウイルス(核細胞質性ウイルス)と類似した遺伝子を数多く持つ一方、光で水素イオンを輸送するヘリオロドプシンなど、他のウイルスではあまり見出されてない遺伝子も多数保有しており、特有の感染戦略を有しているかもしれません。
 
 
3. 波及効果、今後の予定
 メタゲノム解析により自然界に存在するウイルスの多様性に関する知見が近年飛躍的に拡大しました。しかし、今回の新規ウイルス門の発見は既存のデータを丹念に解析したことにより達成されたものです。このことは、既存のデータの中にもまだまだ未知のウイルス情報が隠れていることを示しており、ウイルスの世界の多様性を私たちが依然掌握しきれていないことを如実に表しています。
 ミルスウイルスは未だ分離培養されていないウイルスです。従って正確な宿主も不明です。ミルスウイルスを分離培養し、その多様性の意義を明らかにし、彼らが「何処で」、「誰に」、「どのように」感染しているのかを解明していくことが、この新たなウイルスグループの生態学的、進化学的意義を紐解くために重要です。こうした研究は、ウイルスの起源やウイルスと生物の共進化の謎の解明にも貢献すると期待されます。
 
4. 研究プロジェクトについて
 本研究は、科学研究費補助金・基盤研究(A)(B)(22H00384、18H02279:研究代表者 緒方博之)、京都大学化学研究所国際共同利用・共同研究拠点、京都大学連携研究基盤グローバル生存基盤展開ユニットにより支援を受けました。
 

●用語解説●

分類群ウイルスの分類には主要な階級が8階級あり、上位から「域(Realm)」、「界(Kingdom)」、「門(Phylum)」、「綱(Class)」、「目(Order)」、「科(Family)」、「属(Genus)」、「種(Species)」となっています。ミルスウイルスは上位から3番目の門を構成します。

 

全生物の共通祖先厳密には最終共通祖先(Last Universal Common Ancestor、LUCA、ルカ)と称されます。現存の生物は細菌、古細菌、真核生物の3つのドメインに分類され、ルカから進化を経て3つのドメインが進化してきたと考えられています。

 

Tara Oceans海洋プランクトン探査科学探査船タラ号による、タラ号海洋プロジェクト2009-2013(https://jp.fondationtaraocean.org/expedition/tara-oceans/)。日・欧・米の協働による海洋微生物探査で、日本からは京都大学のグループが参画しています。

 

ゲノムの再構築メタゲノムはゲノム配列の断片の集まりであり、その断片を種ごとにまとめて、種のゲノムを再構築することをメタゲノム・ビニングと呼びます。また、再構築されたゲノムをメタゲノムアセンブルゲノム(Metagenome-Assembled Genome: MAG)と呼びます。こうして再構築されたゲノムデータは、しばしばゲノムの一部の情報を欠いた不完全なゲノム情報です。

 

主要カプシドタンパク質ウイルス粒子のカプシド(殻)を構成する主要なタンパク質。V群の主要カプシドタンパク質はDJR(ダブルジェリーロール)という構造のタンパク質であり、D群の主要カプシドタンパク質はHK97と呼ばれる構造をとります。

 

ミルスウイルス接頭語「ミルス(Mirus)」はラテン語で「驚くべき」、「奇妙な」を意味します。