海洋微生物も”密”ならウイルスに感染する
頻度依存的なウイルス感染を大阪湾で実証

本成果は、2023年2月1日に、国際学術雑誌「mSystems」にオンライン掲載されました。 

   ウイルス感染は地球上のあらゆる生物に起きると考えられます。しかし、目に見えない海洋微生物の場合、その大半は分離することが難しく、優占種であっても実際にウイルス感染の有無を観察するのは困難です。京都大学大学院 農学研究科 富永賢人 博士課程学生 (現 東京大学 特任研究員)と吉田天士教授らは、京都大学化学研究所 緒方博之 教授、大阪府立環境農林水産総合研究所 山本圭吾 主任研究員らとの共同研究で、大阪湾を定点として、原核微生物とウイルスの動態を約2年間月ごとに追跡しました。そして大阪湾での原核生物とウイルスの季節動態と、ゲノム配列情報を利用したウイルスの宿主予測の比較により、6,000を超える原核生物の優占種とウイルスの感染ペアを明らかにしました。この結果は、原核生物の分類群や季節動態に関係なく、優占種にはウイルス感染が普遍的に起こることを示唆しています。本研究により、ウイルス感染は、優占種の溶菌・死滅を通じて地球規模の物質循環や微生物群集組成に影響を与える重要な生態学的なプロセスだと改めて支持されました。

 
 
 
1. 背景
 地球には約1031粒子もの膨大な数のウイルス粒子が存在します。海洋もその例外ではなく、1mlの海水にも約100万個ものウイルス粒子が漂っています。海水をコップ一杯すくうと、その中には地球上の全人口に匹敵する数のウイルス粒子が存在します。これらの海洋ウイルスの大部分は微生物(特にそのほとんどは細菌や古細菌などの原核生物)に感染すると考えられており、一日に海洋中の10~40%もの微生物がウイルス感染により死滅していると試算されています。微生物へのウイルス感染・溶菌を経由して海洋を循環する炭素の量は、海洋の一次生産量の約25%にも達すると考えられています。このようにウイルス感染は海洋物質循環を理解する上で必須なプロセスです。
 一般的にウイルスは種類ごとに特定の宿主となる生物種にのみ感染できます。したがって、海洋物質循環過程を理解するためには、海に漂う一つ一つのウイルスがどの宿主に感染するのか(Who infects Whom)を知ることが最初のステップとなります。ところが、海洋ウイルスのうち、分離培養され宿主が検証されているのは全体のごくわずかでしかありません。ウイルスの宿主は、生物そのものあるいは細胞に対してウイルスを実際に感染させる感染実験により確かめられます。しかし、宿主となる微生物のほとんどは培養が難しく、現在までに分離培養された種は全微生物種の1%にはるかに届きません。たとえ海洋で優占している種であっても、ほとんどが実験室では増殖させることができずにいます。そのため、まだ最初のステップである”Who infects Whom“がクリアされずにいました。近年、遺伝子配列解析技術の発展により、環境中に存在するウイルスの種類をDNA配列情報からまとめて調べることが可能になりつつありますが(ヴィローム解析)、肝心の宿主が不明なため、海水中でどの原核生物の種にウイルス感染が起きているのかよく分かっていませんでした。
   ただし、ウイルス感染は、原核生物の中でも環境での密度が高い優占種ほど起こりやすいと考えられています (Kill the winner仮説)。その理由は、私達が感染症対策で密閉・密集・密接を避けることが推奨されているように、宿主とウイルスの接触頻度がウイルス感染の起こりやすさを決める重要な要因であるためです。優占種がその頻度に依存してウイルス感染を受け死滅しやすくなることは、ごくわずかな種の原核生物による環境中での一人勝ちを防ぐことに繋がります(頻度依存的選択)。そのため、ウイルス感染には原核生物群集の多様性を維持する役割があると考えられています。ただし、海洋に普遍的に優占するSAR11クレードなど一部の原核生物は、むしろウイルス感染を受けにくいために優占できるのではないかという仮説も提唱されていました。そのため、ウイルス感染が原核生物の優占種において本当に頻度に依存して起こるのかについて包括的な検証が求められていました。
 
2. 研究手法・成果
 研究グループは、海洋原核生物の優占種に対するウイルス感染を検証するため、原核生物とウイルスの季節変動を比較しました。大阪湾において月に一回定期的に海水を採取し、遺伝子配列解析により、同じ海水サンプルに含まれる原核生物群集とウイルス群集の組成を調べました。まず、群集の類似度指標に基づき両群集の季節変動の傾向を調査したところ、原核生物群集とウイルス群集には共通して季節変動が認められ、群集間の変化には相関があることが示されました。これは、ウイルスの存在量が季節変動による宿主の存在量の変化を反映していることが示唆する結果です。
   そこで、ウイルスのゲノム情報を使って宿主の予測を行い、ウイルス量が本当に宿主の量を反映しているのかについてさらに検証を行いました。そのために、大阪湾のウイルスのゲノムに加え、公共データベース上のウイルスや原核生物の遺伝子配列を収集し、バイオインフォマティクス技術を駆使して大規模に配列比較を行いました。近縁なウイルス分離株の宿主の情報や、原核生物の獲得免疫機構CRISPRなどの宿主ゲノム上に残された感染の手がかりと照らし合わせて宿主の予測を行うことで、宿主の門や綱など比較的広い系統のレベルではあるものの、大阪湾のウイルス群集全体の約6割について宿主の予測に成功しました。この宿主予測の結果、シアノバクテリアの増加する夏にシアノバクテリアに感染すると予測されるウイルス全体の量が増加するなど、宿主と予測される系統とウイルスの量には関連があることが示唆されました。
   そこで、より直接的に個別の宿主-ウイルス同士の量の相関を捉えるために、原核生物の優占種とウイルスの変動パターンについて共起解析を行いました。その結果、宿主予測と一致する共起ペア(=宿主-ウイルスペア)が合計6,000以上得られ、原核生物優占種の約88%について共起するウイルスが検出できました。また、多くの共起関係では一種の原核生物に対して多数のウイルスが共起しており、環境中で1種の優占種に対する複数種のウイルスの感染を反映していることが示唆されました。一方で、SAR11クレードなど一部の優占種では、共起するウイルスの数は少ない傾向がありました。これらの系統に感染が予測されたウイルスでは宿主の優占時に優占するウイルスの種の変遷が見られ、特定の優占種に感染するウイルスが経時的に入れ替わっているために共起が検出されなかったと示唆されました。これらの結果は、沿岸域の海洋原核生物では、宿主の系統や季節動態に関係なく、頻度依存的なウイルス感染が広く起きることを示唆しています。

 
3. 波及効果・今後の予定
 本研究は、優占原核生物のウイルス感染による死亡が、海洋物質循環や原核生物群集の多様性の維持に大きく寄与することを支持する重要な成果だと考えています。ただし、本研究には宿主予測というやや弱い証拠に依存する点も多くあります。まだ培養系が確立していない優占種に感染するウイルスの分離株の拡充や、近年開発されつつある直接的な環境ウイルスの宿主同定手法によって、本研究を支える証拠がさらに積み重なることで、海洋におけるウイルスの重要性がより強固な証拠を持って示されることが期待されます。
 
4. 研究プロジェクトについて
 本研究は、JSPS科研費(番号16H06437、17H03850、21H05057)、挑戦的萌芽研究(番号26660171)、キャノン財団(番号203143100025)、二国間交流事業 共同研究・セミナー(日本・リトアニア研究協力プログラム)、京都大学化学研究所スーパーコンピュータシステムのご支援により行われました。
 

●用語解説●

ヴィローム解析環境中に存在するウイルスの粒子だけを濃縮し、存在するDNAの配列情報をまるごと解析することで、その環境中に存在するウイルスの種組成(ウイルス叢)やゲノム配列情報を調べる方法。ウイルスメタゲノム解析とも呼ばれる。

 

Kill the winner仮説原核生物とウイルスにおける集団動態のモデルのひとつで、栄養塩をめぐって競争関係にある原核生物のうち、ウイルスは競争に強い種(winner)に選択的に感染することによってその増殖を抑え、多種の共存を実現させているという仮説。

 

SAR11クレード地球で最も存在量の多い細菌系統の1つだと考えられており、全世界の海に普遍的に優占する。もともと、メタゲノム解析でのみその存在が知られていたため、現在でもSAR11クレードと呼ばれることが多い。現在ではCandidatus Pelagibacter ubique HTCC1062株など分離株も存在しており、細胞サイズやゲノムサイズが自由生活性の細菌としては極めて小さく、増殖が遅い貧栄養細菌であることが明らかにされている。

 

CRISPR原核生物が持つウイルスやプラスミドなどに対する獲得免疫機構であるDNA領域のこと。スペーサーと呼ばれる領域にウイルスやプラスミドなどの外来の遺伝子配列が組み込まれるため、この領域の配列を調べることで、原核生物の過去のウイルス感染の履歴を知ることができる。近年ではゲノム編集ツールなどとしても広く応用されている。