メドゥーサウイルスの正式な分類の提唱 ―マモノ(魔物)ウイルス科メドゥーサウイルス属―

本成果は、2023年2月5日に、国際微生物学連合ウイルス部会の公式ジャーナル「Archives of Virology」にオンライン掲載されました。 

   メドゥーサウイルスは、京都大学化学研究所 緒方博之 教授、東京理科大学教養教育研究院 武村政春 教授、自然科学研究機構生理学研究所 村田和義 教授らの研究グループが2019年に日本の温泉水から分離した新しい巨大ウイルスで、その複製やゲノムにはほかのウイルスにはない特徴があり、真核生物の起源と関わりがあることが示唆される進化系統学的に極めて興味深いウイルスです。その後、同研究グループにより、2021年にゲノムが非常によく似ており、姉妹株であると判断されるメドゥーサウイルス・ステノを京都の川から分離することに成功しました。そこで同研究グループは、ICTV(国際ウイルス分類委員会)に対し、これらメドゥーサウイルスのゲノム解析の結果をもとに、メドゥーサウイルスが属する新しい科(マモノ(魔物)ウイルス科)を提案した上で、域:Realm Varidnaviria(ヴァリドナウイルス域)/界:Kingdom Bamfordvirae(バムフォードウイルス界)/門:Phylum Nucleocytoviricota(核細胞質性ウイルス門)/綱:Class Megaviricetes(メガウイルス綱)/科:Family Mamonoviridae(マモノ(魔物)ウイルス科)/属:Genus Medusavirus(メドゥーサウイルス属)/種:Medusavirus medusaeならびにMedusavirus sthenusとして登録することを提唱しました。

 
 
 
1. 背景
 2003年のミミウイルスの発見を機に、ゲノムサイズ、粒子サイズがこれまでのウイルスよりも大きく、遺伝子数も多い「巨大ウイルス」と呼ばれるウイルスが多数報告されるようになってきました。巨大ウイルスは、タンパク質合成(翻訳)に必要な遺伝子を自分で持っていたり、他の小型のウイルスに感染したり、ウイルスと生物の中間的な位置づけにある存在だと考えられており、近年その多様性がクローズアップされてきております。その中で、巨大ウイルスが宿主の細胞内でどのように複製し、成熟するのか、そのメカニズムも極めて多様であることがわかってきました。
 メドゥーサウイルスは、2019年に京都大学化学研究所緒方博之教授、東京理科大学教養教育研究院武村政春教授、自然科学研究機構村田和義特任教授らの共同研究グループが発見・分離した核細胞質性大型DNAウイルスの一種で、日本で分離された初めての巨大ウイルスです。ゲノムサイズはミミウイルスやパンドラウイルスほどは大きくはないものの、ポックスウイルスなどと同程度のゲノムサイズをもち、真核生物がもつ5種類のヒストン遺伝子を持っていること、他の巨大ウイルスとは異なり、宿主であるアカントアメーバの細胞核をウイルス工場として用いるなど、極めて異質なウイルスであることがわかってきました。
   現在のメドゥーサウイルス研究は、京都大学緒方博之教授の研究グループがバイオインフォマティクス解析を、東京理科大学武村政春教授の研究グループがヌクレオソーム解析、感染メカニズム解析を、そして自然科学研究機構村田和義教授の研究グループがクライオ電子顕微鏡などを用いた形態解析を、それぞれ分担する共同研究体制により行っております。近年は、東京理科大学武村政春教授により提唱された細胞核ウイルス起源説にも関係が深いこと、その粒子構造が極めてユニークな特徴を持っているなどの研究も発表されており、メドゥーサウイルスはウイルス感染メカニズムの多様性、真核生物の進化との関係性などの視点からも注目されています。
   最近になって、フランスでクランデスティノウイルスとよばれる、メドゥーサウイルスと近い関係にあると思われる巨大ウイルスが分離されました。しかしこのウイルスは、メドゥーサウイルスとは異なりヴェルムアメーバというアメーバを宿主とし、ゲノムサイズもメドゥーサウイルスよりも大きく、保有遺伝子にも違いがあるもので、メドゥーサウイルスとの進化的系統については謎のままでした。
 
2. 研究内容・成果
 そこで本研究では、すでに明らかになっていたメドゥーサウイルスならびにその姉妹株(メドゥーサウイルス・ステノ)のゲノムに対して、バイオインフォマティクス、とりわけ分子系統学的手法を用いた比較解析を行い、これまでに知られていた巨大ウイルス、特にクランデスティノウイルスとの系統関係を改めて洗い出すことに成功しました。用いた遺伝子は、巨大ウイルスが共通して持っている遺伝子のうち7つの遺伝子(ヘリカーゼ、DNAポリメラーゼ、RNAポリメラーゼなど)です。
   その結果、メドゥーサウイルスならびにメドゥーサウイルス・ステノが、いくつかのフィコドナウイルス科のウイルスや、パンドラウイルス、モリウイルスといった巨大ウイルスと近い分子系統的地位にあることがわかりましたが、これらとは明らかに異なるグループに属することが示唆されたため、メドゥーサウイルスならびにメドゥーサウイルス・ステノは、これまでとは異なる新たな科に属することがわかりました。
   一方、クランデスティノウイルスとの関係は、上記7つの遺伝子を用いた分子系統解析から、巨大ウイルスの中でも分子系統的に最も近いことが明らかになりましたが、平均配列一致度、塩基組成類似度などを基準として解析したところ、最も近い関係にはあるものの、クランデスティノウイルスがメドゥーサウイルスならびにメドゥーサウイルス・ステノと同じ科に属するという積極的な根拠は得られず、現状では同じ科に分類するべきではないと結論付けました。
   以上の結果から本研究では、メドゥーサウイルスならびにメドゥーサウイルス・ステノを、以下の分類に位置づけることを提唱することとしました。これにより、ユニークな進化的、機能的特徴をもつメドゥーサウイルスの帰属を明らかにすることができ、今後の巨大ウイルスの真核生物の進化における生物学的意義に関する研究が促進されることが期待できます。
域:Realm Varidnaviria(ヴァリドナウイルス域)
界:Kingdom Bamfordvirae(バムフォードウイルス界)
門:Phylum Nucleocytoviricota(核細胞質性ウイルス門)
綱:Class Megaviricetes(メガウイルス綱)
科:Family Mamonoviridae(マモノ(魔物)ウイルス科)
属:Genus Medusavirus(メドゥーサウイルス属)
種:Medusavirus medusaeならびにMedusavirus sthenus
 
3. 波及効果・今後の予定
 メドゥーサウイルス研究は、その生態的な役割の解明やユニークな感染メカニズムの研究により、真核生物とウイルスとの共進化の謎の解明に貢献することができるものであり、その種が国際的かつ公式に設定されることにより、メドゥーサウイルスの研究の推進と、ウイルス学における新たな知見の蓄積に大きく貢献すると考えられます。
 
4. 研究プロジェクトについて
 本研究は、科学研究費補助金・基盤研究(B)(A)(18H02279、22H00384:研究代表者 緒方博之)、基盤研究(B)(20H03078:代表研究者武村政春)、京都大学化学研究所共同利用研究(2020-31:代表研究者武村政春)により支援を受けました。