スズを含むペロブスカイト太陽電池: ペロブスカイト薄膜の相乗的表面修飾法を開発 ―22.7%の光電変換効率と高耐久性を達成―

本研究成果は、2022年12月8日に国際学術誌「Advanced Materials」にオンライン掲載されました。 

 京都大学化学研究所の若宮淳志 教授、シュアイフェン・フ 同博士課程学生、リチャード・マーディ 同講師、ミンアン・チョン 同助教、山田琢允 同特定助教、金光義彦 同教授、塩谷暢貴 同助教、長谷川健 同教授、分子科学研究所のペイ・ザオ 特任助教、江原正博 教授、理化学研究所の中野恭兵 博士、但馬敬介 同チームリーダー、および英国Oxford大学のヘンリー・スネイス 教授らの共同研究グループは、スズ-鉛混合系ペロブスカイト薄膜を効果的に表面修飾する手法(パッシベーション法)を開発しました。ペロブスカイト薄膜の表面をピペラジン(PP)などのジアミンで処理することで、表面でのプロトン移動反応によりジアンモニウムで構造修飾することが可能であり、さらにフラーレンのトリカルボン酸誘導体(CPTA)を塗布することで、ペロブスカイト薄膜表面のスズ上に選択的に配位結合できることを見出しました。これらを組み合わせた相乗的表面修飾法により、スズを含むペロブスカイト太陽電池で22.7%の光電変換効率を達成するとともに、窒素ガス雰囲気下で>2000時間、空気中でも>450 時間でも90%以上の出力を保つ高い耐久性を実現しました。

 
 

図 :
本研究で開発した相乗的ペロブスカイト表面パッシベーション法の概要図:① FA+やMA+(ホルムアミジニウムやメチルアンモニウム)からピペラジン(PP)へのプロトン移動、② CPTAがSn2+に結合、③ PP2+がペロブスカイトのグレイン界面に浸透、④アンモニウムからPPへのプロトン移動、⑤ グレイン界面でもCPTAがSn2+に結合、⑥ CPTAとPP2+ が水素結合で隣り合ってペロブスカイト表面を構造修飾(パッシベーション)する。
 
1. 背景
 近年、ペロブスカイト半導体材料を用いた太陽電池が、材料の溶液を塗って作製できる次世代型太陽電池として注目を集めています。これらの太陽電池の光電変換効率、耐久性の向上など、さらなる高性能化に向けて、ペロブスカイト層の表面の構造修飾(パッシベーション)技術の開発が活発に行われています。光電変換材料に用いるペロブスカイト半導体材料は、ABX3型(A: 1価の陽イオン、B: 2価の陽イオン、X: ハロゲン化物イオン)構造をもち、用いるイオンの組み合わせにより、光吸収波長(バンド構造)を自在に変化させることができます。特に、Bサイトにスズを用いた「スズー鉛混合型ペロブスカイト半導体」は、狭いバンドギャップ(~1.2 eV)をもち、近赤外(~1050 nm)までの長波長領域での光電変換も可能であり、超高効率が期待されるタンデム型太陽電池のための有用なボトムセル材料としても期待されています1-2)
   最近我々は、このスズー鉛混合型ペロブスカイト半導体薄膜の上下表面構造修飾法として、エチレンジアンモニウム ジヨード(EDAI2)とグリシン塩酸塩(GlyHCl)を用いた独自の手法を開発し、これにより世界記録となる23.6%の光電変換効率を報告しています2)。しかし、これらのアミンやアンモニウム塩を用いた処理により、どのようなメカニズムでペロブスカイト表面の構造修飾を可能にしているのか、その構造や電子的な効果の詳細はわかっていませんでした。
 
2. 研究手法・成果
 そこで本研究では、新たにジアミンとフラーレンのカルボン酸誘導体を用いた表面処理法を開発し、これらの表面パッシベーションのメカニズムとその相乗的効果について明らかにしました。
   まず、新たな表面パッシベーション材料として、ピペラジン(PP)やピペリジン誘導体などのジアミンに着目し、従来のジアンモニウム塩ではなく、ジアミンとして用いた手法の開発に取り組みました。ペロブスカイト半導体ではAサイトカチオンとして、ホルムアミジニウム(FA+)を用いていますので、より強い塩基性をもつジアミンで表面することで、プロトン移動によりジアンモニウム塩へと変換できるものと期待しました。実際に、FAIとピペリジンの混合溶液の1H NMRを測定した結果、系中でピペラジニウムへと変換されることを確認しました。次に、これまでに開発した手法を用いて作製したスズー鉛混合型ペロブスカイト半導体膜(Cs0.1FA0.6MA0.3Sn0.5Pb0.5I3, MA = メチルアンモニウム)に対して、ジアミンの溶液での表面処理を行いました。得られた膜の特性をX線回折法(XRD、2D GIWAXS)で評価した結果、プロトン移動により系中で生じたジアンモニウムがペロブスカイト半導体薄膜の表面にAサイトとして組み込まれて、表面構造が再構築されることを確認しました。これらの表面処理により、ペロブスカイト半導体薄膜のバンドギャップに変化はない一方で、UPS測定では価電子帯準位(VBM)が0.11~0.20 eV低下し、表面が電子の取り出しに有利なn型特性をもつことがわかりました。
   続いて、さらなる表面修飾法として、電子回収層材料としても機能するフラーレンのトリカルボン酸誘導体(CPTA)に着目し、ピペラジン(PP)と混合した溶液で表面を処理することを考えました。混合溶液の1H NMR測定の結果、3つのカルボキシル基をもつCPTAから、ジアミンへプロトンが移動するし、ジアンモニウムとカルボキシレートが形成することが確認できました。
   実際に、これらの表面修飾を施したペロブスカイト半導体を用いて、太陽電池(FTO/PEDOT:PSS/ペロブスカイト/C60/BCP/Ag)を作製し、特性を評価しました。ジアミンだけで処理をした場合、20.8%の光電変換効率が得られ、表面処理により開放電圧が40 mV向上しました。しかし、その一方で、J-V曲線には大きなヒステリシスが残ることもわかりました。これに対して、CPTAとジアミン(PP)の混合溶液で処理することで、ヒステリシスがなくなり、開放電圧がさらに向上するとともに、曲線因子(FF)と短絡電流密度も向上し、22.3%の光電変換効率(VOC = 0.88V, JSC = 31.2 mA cm–2, FF = 0.81)を与えることがわかりました。本手法を用いることで、再現性よく高効率の太陽電池の作製を可能にし、三ヶ月間にわたり作製した太陽電池セルの各月の光電変換効率の平均値は、21.10±0.67%、20.07±0.72%、21.61±0.40%を記録し、最大で22.7%の光電変換効率が得られました。また、得られた太陽電池は高い耐久性を示し、不活性ガス雰囲気下で保存したセルは、ジアミンのみの処理の場合では初期の特性の69~83%にまで低下した一方で、CPTAとジアミンを組み合わせた処理を行なったセルは2000時間後でも96%の特性を保持し、連続光照射条件下でも、>450 時間でも90%の特性を保持しました。  
   本研究では、XPS測定の結果と理論計算に基づいて、ピペラジンと3つのカルボキシル基をもつフラーレン誘導体CPTAが、ペロブスカイト半導体薄膜の表面でどのように相乗的に機能し、効果的なパッシベーションを実現しているかの詳細を明らかにすることに成功しました(図)。
 
3. 波及効果、今後の予定
 本研究成果は、スズー鉛混合型だけでなく、スズ系ペロブスカイト半導体3-5)の表面修飾にも適用可能なものであり、今後、鉛フリー型のペロブスカイト太陽電池のさらなる高性能化も加速するものと期待されます。本研究成果は、京大発ベンチャー「(株)エネコートテクノロジーズ」(注1)にも技術移転し、高性能のペロブスカイト太陽電池の実用化に向けた開発研究を展開していく予定です。

注1) 株式会社エネコートテクノロジーズ:京都大学化学研究所でのペロブスカイト太陽電池の研究成果をもとに、京都大学発のベンチャーとして、2018年1月に設立。代表取締役 加藤尚哉氏。 https://www.enecoat.com/

参考文献
1) S. Hu, M. A. Truong, K. Otsuka, T. Handa, T. Yamada, R. Nishikubo, Y. Iwasaki, A. Saeki, R. Murdey, Y. Kanemitsu, A. Wakamiya, Chem. Sci. 2021, 12, 13513.
2) S. Hu, K. Otsuka, R. Murdey, T. Nakamura, M. A. Truong, T. Yamada, T. Handa, K. Matsuda, K. Nakano, A. Sato, K. Marumoto, K. Tajima, Y. Kanemitsu, A. Wakamiya, Energy Environ. Sci. 2022, 15, 2096.
3) J. Liu, M. Ozaki, S. Yakumaru, T. Handa, R. Nishikubo, Y. Kanemitsu, A. Saeki, Y. Murta, R. Murdey, A. Wakamiya, Angew. Chem. Int. Ed. 2018, 57, 13221.
4) T. Nakamura, S. Yakumaru, M. A. Truong, K. Kim, J. Liu, S. Hu, K. Otsuka, R. Hashimoto, R. Murdey, T. Sasamori, H. D. Kim, H. Ohkita, T. Handa, Y. Kanemitsu, A. Wakamiya, Nat. Commun. 2020, 11, 3008.
5) T. Nakamura, T. Handa, R. Murdey, Y. Kanemitsu, A. Wakamiya, ACS Appl. Electron. Mater. (Spotlight) 2020, 2, 3794.

 
4. 研究プロジェクトについて
(1) 未来社会創造事業 「地球規模課題である低炭素社会の実現」領域(国立研究開発法人科学技術振興機構) 「ゲームチェンジングテクノロジー」による低炭素社会の実現(探索加速型)」
研究課題名:「SnからなるPbフリーペロブスカイト太陽電池の開発」
研究代表者:若宮 淳志(京都大学 化学研究所 教授)
研究期間: 令和4年度〜令和8年度
(2) 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO) 「太陽光発電主力電源化技術開発/太陽光発電の新市場創造技術開発」
研究課題名:「高自由度設計フィルム型ペロブスカイト太陽電池の基盤技術研究開発」
研究代表者:若宮 淳志(京都大学 化学研究所 教授)
研究期間:令和2年度〜令和6年度
(3) 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO) 「グリーンイノベーション基金事業/次世代型太陽電池の開発」
研究課題名:「設置自由度の高いペロブスカイト太陽電池の実用化技術開発」
研究代表者:若宮 淳志(京都大学 化学研究所 教授)
研究期間:令和3年度〜令和7年度
(4) 科学研究費助成事業 基盤研究A(独立行政法人 日本学術振興会)
研究課題名:「鉛フリー型ペロブスカイト太陽電池の高性能化のための基礎化学研究」
研究代表者:若宮 淳志(京都大学 化学研究所 教授)
研究期間:令和3年度〜令和5年度