酸化物磁性薄膜における光磁化スイッチングの実現 -希土類フリー酸化物で世界初の光スイッチングを観測!-

本研究成果は、2023年1月16日に米国科学誌「ACS Applied Electronic Materials」にオンライン掲載されました。 

   京都大学化学研究所の菅大介 准教授、島川祐一 教授、兵庫県立大学大学院理学研究科の高橋龍之介 大学院生、和達大樹 同教授、公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)の大河内拓雄 主幹研究員らは共同で、ニッケル・コバルト酸化物NiCo2O4の薄膜において、レーザー照射のみでその磁気構造を変化させることに成功しました。
  磁場を使用せず、光のみで磁化を制御することは、次世代の光磁気デジタル磁気記録につながるため、基礎学理のみならず、その応用観点からも注目されています。この度の研究で、酸化物であり、希土類を含まない物質において、世界で初めて全光型磁化スイッチング(AOS)の観測に成功しました。多くの鉱物が酸化物として産出されるように、酸化物は化学的に非常に安定しています。また、希土類のような重たい元素が含まれていないという点で、応用材料として実用的な側面を持っています。

 
1. 背景
 電子の自由度のうちスピンを用いるスピントロニクスは、新たな情報記録デバイスの開発にもつながるということで注目されています。特に、磁性体の磁化を、磁場を使用せず光のみで反転させる、AOSは、光照射した部分のみの磁化を可逆的に反転させることができるということで、次世代の光磁気記録デバイスへの応用が期待されています。
 今までAOSは、希土類であるGdや、重元素である白金を含む、重い元素からなる物質で観測されてきました。また、化学的に大気安定な酸化物では、ほとんど観測例がありませんでした。今回我々は、そのような重元素を含まないニッケル・コバルト酸化物であるNiCo2O4薄膜において、磁気光学カー顕微鏡を用いて、超短パルスレーザーをNiCo2O4薄膜に照射し、AOSの観測を試みました。
 
2. 研究内容・成果
 研究グループは、パルス幅が200 フェムト秒で波長1030ナノメートルの超短パルスレーザーと磁気光学カー顕微鏡を組み合わせて、図1に示すレーザー照射下の磁区を観測できる装置を作製し、NiCo2O4薄膜のAOS観測を行いました。測定に用いたサンプルは、5 mm×5 mm の基板上に膜厚30ナノメートルで作製されました。磁場がない状態で、パルス間隔、レーザーのパワー、パルス数などのパラメータを変えながら、300Kから400Kの温度域でサンプル薄膜に照射しました。すると、図2のように、380 Kで、1000パルス以上照射することで、AOSリングを観測できました。このように、酸化物NiCo2O4薄膜において、パルスの蓄積と温度を上昇させることでAOSを生じさせることに成功しました。
 
図1. 超短パルスレーザーPHAROSと磁気光学カー顕微鏡を組み合わせた装置。レーザー照射されたサンプルを直接で観察できる。
 
図2. 温度380ケルビンにおける、レーザー照射されたニッケル・コバルト酸化物であるNiCo2O4薄膜の磁区画像。左からそれぞれ、1パルス、1000パルス、100000パルス、レーザー照射している。サンプル温度を380ケルビン以上で、1000パルス以上照射させると、レーザー照射された縁の部分にリング状の黒いAOSが観測された。白い磁区が黒い磁区へと反転したことを示している。
 
 
3. 社会的意義・今後の予定
 現在、情報化社会の著しい発展によって、社会全体が抱えるデータ量は膨大の一途をたどっています。本研究によって、酸化物であり希土類を含まないNiCo2O4薄膜において、磁場を使用せずにレーザーだけで磁化スイッチングが可能であるということを発見しました。この物質が酸化物であり、化学的に非常に安定しているということに加えて、希土類のような重たい元素が含まれていないという点で、応用材料として実用的な側面を持っています。このような材料で、AOSが可能であるという発見は、次世代のデジタル情報光磁気記録デバイスの開発につながります。今後はより効率的に、あらゆる物質において光磁化スイッチングを行う方法を模索していきたいと考えています。
 
4. 研究プロジェクトについて
 本研究は、文部科学省科学研究費補助金 新学術領域(研究領域提案型)「量子液晶の物性科学」(JP19H05823, JP19H05824)、文部科学省「光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)」 (JPMXS0118068681)、JSPS 科研費(JP21H01810, JP19H01816, JP19H05823, JP19H05824)、および 村田学術振興財団の科学研究助成のもとに行われました。
 

●用語解説●

レーザー光を増幅してコヒーレントな光を発生させる発振器を用いて人工的に作られる光をレーザーという。強度や指向性が非常に強く、超短パルス光を作ることもできる。本研究ではPHAROSのレーザーを用いており、波長は1030ナノメートルである。

 

全光型磁化スイッチング(AOS)磁場を用いずに、光だけで磁化の向きを反転させる現象のこと。AOSはAll-Optical Switching の略。

 

磁気光学カー顕微鏡磁性を持つ物質で光が反射すると、光の偏光が回転するという「カー効果」を用いて、磁区を観察できる顕微鏡のこと。

 

磁区磁性を持つ物質中に存在する、磁石の向きが揃った領域のこと。多くの磁石は、このような領域を作ることで、物質全体のエネルギーを小さくしている。