メビウス構造をもつカーボンナノリングの合成に成功

本研究成果は、2022年11⽉9⽇に国際学術誌「Angew. Chem., Int. Ed.」にオンライン掲載されました。 

 京都大学 化学研究所の茅原栄一助教、寺林智昭氏(大学院生、当時)、張逸辰氏(大学院生、当時)、京都大学 国際高等教育院の加藤立久名誉教授、京都大学 化学研究所の水畑吉行 准教授、時任宣博特任教授、東京都立大学の西長亨准教授、京都大学 化学研究所の山子茂教授らのグループは、メビウスの輪構造をもつカーボンナノリングの一般的な合成法の開発に成功しました。

 
 
 
1. 背景
 π共役分子は、光吸収、発光、電荷輸送特性をはじめとする多彩な機能を示すことから、有機光・電子材料の開発における鍵物質です。しかし、有機合成により供給できるπ共役分子は、従来はポリアセチレンやポリパラフェニレンのような線状構造を持つ分子でした。一方、この10年余りの間に、フラーレンC60やカーボンナノチューブにみられる、環状構造を持つナノカーボン分子のボトムアップ合成が可能になり、環状構造に由来する特徴的な物性や機能が解明されつつあります。実際、山子グループもこれまでこの分野の発展に大きな貢献をしてきました。この研究では、さらに環状構造にねじれを導入することで、「メビウスの輪」構造を持つナノカーボン分子の創出に着目し、一般的な合成法を提案すると共に、その実現に成功しました。
 
2. 内容
 メビウスの輪構造を持つπ共役分子の合成法として、直交するπ軌道を持つ二つのユニットを融合させることがすでに提案されていますが、それを実現できた例はこれまでにありませんでした。一方、山子グループでは、環状構造を持つカーボンナノリング、シクロパラフェニレン(CPP)の新しい合成法を開発しています。この分子は分子の面内から放射状に広がったπ軌道を持つことから、この分子と通常の構造を持つπ共役分子を融合することで、「メビウスの輪」ナノカーボン分子の一般性の高い合成法を開発できるのではと考えました(図1a)。実際には、CPPの合成に用いる中間体をもとに、その分子にエチレンユニットやオルトフェニレンユニットを挿入することで、「メビウスの輪」1及び置換体2の合成に成功しました(図1a, b)。さらに2はいずれも結晶状態においてパラフェニレンの回転が抑制されているため、「メビウスの輪」構造を持つことを証明しました。なお、1を溶液に溶かすとパラフェニレンの回転のために「メビウスの輪」構造が消失しますが、2では溶液状態でも低温で「メビウスの輪」構造を保っていることを明らかにしました。また、比較のために、二つのエチレンユニットを導入した3も合成し、これが二重ねじれ構造を持つことも明らかにしました。
 
 
図1: (a) 本研究のコンセプト、
(b) CPPの合成中間体を利用した、メビウス、二重ねじれナノカーボンの合成
 
 さらに大変興味深いことに、1は捩れているのにも拘らず、分子内で共役がつながっていると共に、従来の平面π共役分子とは異なり、環サイズが小さいほどバンドギャップが小さくなる興味深い分子であることを明らかにしました(図2の赤線)。一方、3は従来の平面π共役分子と同じ傾向を示しました(図2の青線)。
 
 
図2: 13のバンドギャップの環サイズ依存性
 
 環状構造、ねじれ構造などの分子のトポロジーは、分子の物性と機能に直接影響することから、新しいトポロジーを持つ分子の合成は重要な基礎研究です。この成果は、今後、さらに異なるトポロジーを持つナノカーボン分子の合成設計の基盤となると考えています。また、「メビウスの輪」分子は原理的に光学活性体であることから、メビウス構造がより安定な分子を合成することで異方性を持つ新しい有機光・電子材料の創出にもつながる成果であるとも考えています。
 
3. 研究プロジェクトについて
 本研究は、JSPS科研費16H06352、21H05027、21H05481、JST 創発的研究支援事業 JPMJFR211Mの助成を受けたものです。また、本研究成果の一部は、京都大学化学研究所スーパーコンピューターシステムを利用して得られたものです。
 

●用語解説●

バンドギャップ半導体や絶縁体の最安定の電子状態において、電子が詰まっている一番上の準位と電子が空の一番下の準位の間に電子が存在できないエネルギー差。

 

トポロジー幾何学的物体の位相的性質。