プラズモンを用いたエネルギーアップコンバージョン -未使用エネルギー赤外光の活用方法に道-

本成果は、2022年10月18日に英国の国際学術誌「Nature Sustainability」にオンライン掲載されました。 

 太陽エネルギーのおよそ半分を占める赤外域の太陽光の有効利用の実現は、人類に新たなクリーンで持続可能なエネルギー資源をもたらします。一方で、赤外光のエネルギーは可視光と比べると低く、赤外光を人類に有益なエネルギーに変換する際にはエネルギーの低さが問題となっていました。
   低いエネルギーの光から、高いエネルギーを作り出すアップコンバージョンという現象は、エネルギーの低い赤外光を触媒反応や光発電に応用するためのカギを握る現象です。京都大学化学研究所 坂本雅典 准教授、 Lian Zichao 同博士課程学生(研究当時、現:上海理工大学教授)、立命館大学 小林洋一 准教授、岡山大学 Junie Jhon M. Vequizo 博士研究員、Chandana S. K. Ranasinghe 同博士研究員 兼 豊田工業大学所属、山方啓 同教授、国立研究開発法人 物質・材料研究機構(NIMS)長井拓郎 主幹エンジニア、木本浩司 同主席研究員 兼 電子顕微鏡グループ グループリーダー、大阪市立大学 小林克彰 講師(研究当時、現:大阪公立大学講師)、京都大学高等研究院 田中晃二 特任教授、京都大学化学研究所 寺西利治 教授らの共同研究グループは、局在表面プラズモン共鳴(LSPR : Localized Surface Plasmon Resonance)を示す材料を用いた赤外光のエネルギーアップコンバージョン技術を開発し、可視光でしか進めることのできない光化学反応を赤外光を用いて進めることに成功しました。LSPR材料を用いたエネルギーアップコンバージョンの機構は分光測定技術と赤外光照射下の触媒活性の評価によって明らかにされました。開発された技術は、赤外光で多彩な反応を進めることが可能な光触媒や赤外光応答太陽電池への応用が期待されます。今後は、触媒の更なる性能向上とともに、今回発見されたエネルギーアップコンバージョン機構の詳細な解明を進める予定です。

 
 

プラズモンを用いたエネルギーアップコンバージョンを利用した赤外光触媒反応
 
1. 背景
 人間社会の持続的な発展を支えることのできるクリーンで持続可能なエネルギー源として太陽光に大きな注目が集まっています。ところが、全太陽光のうち、およそ半分を占める赤外域の太陽光の有効利用は、現在までに実現していませんでした。赤外域の太陽光の有効利用が実現すれば、人類に新たな太陽光エネルギー資源をもたらします。また、現行の太陽光利用研究は可視光を対象としているため、自然のエネルギー生産システムである光合成と競合してしまいますが、赤外光は自然と競合しないため、真に自然と共存したエネルギー変換を実現することができます。このため、赤外光の利用は太陽光エネルギーの研究の中でも、ひときわ困難ではあるが実現時の社会的、産業的貢献が大きく期待される研究課題と位置付けられてきました。研究グループは、光触媒や太陽電池を用いた赤外光のエネルギー資源化の研究に取り組んできました。
   赤外光のエネルギーは可視光と比べると低く、赤外光をエネルギー変換する光触媒や太陽電池を開発する際にはこのエネルギーの低さが大きな問題となっています。低いエネルギーの光から、高いエネルギーを作り出すアップコンバージョンという現象は、エネルギーの低い赤外光を触媒反応や光発電に応用するためのカギを握る現象です。局在表面プラズモン共鳴(LSPR : Localized Surface Plasmon Resonance)を示すナノ粒子を光励起するとエネルギーの高いホットエレクトロンとホットホールが発生しますが、発生したホットエレクトロン、ホットホールの間のエネルギーの差は入射光よりも大きくなることが知られています。この性質を利用したアップコンバージョン技術の開発が期待されてきましたが、赤外光を対象とし、かつ、太陽光程度の光量で駆動する効率的なアップコンバージョン機構の開発は困難でした。今回、研究グループはLSPRを示す材料を用いた赤外光のエネルギーアップコンバージョン技術を開発し、可視光でしか進めることのできない光化学反応を赤外光を用いて進めることに成功しました。
 
2. 研究手法・成果
 LSPRを利用した赤外光エネルギーアップコンバージョンを実現する光触媒を開発するため、ナノ粒子合成の手法を用いて赤外光に応答するナノ粒子光触媒を開発し、アップコンバージョンの過程を時間分解過渡吸収測定、赤外光触媒活性を赤外光照射下で生成した生成物をガスクロマトグラフと呈色剤を用いて定量化する事により評価しました。
   バンドアライメントの観点から赤外光によるエネルギーアップコンバージョンを可能なLSPR材料とワイドバンドギャップ半導体の組み合わせとして、硫化銅と硫化カドミウムを組み合わせたヘテロ構造ナノ粒子を合成しました。ヘテロ構造ナノ粒子は、合成した硫化銅ナノ粒子を種結晶としてseed-mediated growth法により合成しました。透過型電子顕微鏡観察の結果からディスク上の硫化銅の周りに花輪上に硫化カドミウムの層が形成されていることがわかりました(図1)。硫化銅はp型の半導体であり、硫化銅ナノ粒子はホールの集団振動に由来するLSPR吸収を赤外域に示すため、赤外域の太陽光を効率的に捕集することができます(図2)。
   赤外光をもちいてLSPRを励起した際に起こる現象を時間分解過渡吸収測定により評価した結果、硫化銅のLSPRを励起した際に発生したエネルギーの高いホットエレクトロンとホットホールが硫化カドミウムの伝導帯と価電子帯にそれぞれ注入されることが明らかになりました(プラズモン誘起電荷移動)(図3)。硫化カドミウムの伝導帯に電子が、価電子帯にホールが存在している状態は、実質上、赤外の光によって可視光に応答するワイドバンドギャップ半導体である硫化カドミウムを励起していることに相当します。すなわち、ヘテロ構造ナノ粒子において、入射した励起光よりも高いエネルギーをもつ硫化カドミウムの励起状態が作られており、エネルギーアップコンバージョンが起こっている事を示しています。
   この性質を利用して、ヘテロ粒子による赤外光触媒反応の還元側に水素生成反応、酸化側にメタノールの酸化をおいた酸化還元反応(coupled-redox reaction)における光触媒活性を評価しました。この結果、助触媒として白金を担持したヘテロ構造ナノ粒子は、波長800 nm以上の赤外光の照射下で水素生成-メタノール酸化のcoupled-redox reactionを進めることができることが明らかになりました(図4)。水素生成-メタノール酸化のcoupled-redox reactionを進めるために必要なエネルギーは1.72 Vであり、これは波長800 nmの赤外光のエネルギーである1.55 Vよりも高く、ヘテロ構造粒子中でLSPR材料である硫化銅ナノ粒子を利用したエネルギーアップコンバージョンが起こっていることが光触媒活性の評価からも明らかになりました。この成果は、エネルギーアップコンバージョンを用いることにより、今まで可視光でしか起こすことのできなかった反応をエネルギーの低い赤外光で進めることが可能となることを示しています。

 
図1:硫化銅/硫化カドミウムヘテロ構造ナノ粒子の透過型電子顕微鏡画像
 
 
 
図2:硫化銅ナノ粒子および硫化銅/硫化カドミウムヘテロ構造ナノ粒子のLSPRバンド
 
 
 

図3:エネルギーアップコンバージョンの機構
 
 
 
図4:硫化銅/硫化カドミウムヘテロ構造ナノ粒子を用いたcoupled-redox reactionの赤外光触媒活性
 
3. 波及効果、今後の予定
 今回の研究成果により、LSPRを用いたエネルギーアップコンバージョン技術を用いることで赤外域の太陽光から可視光相当のエネルギーを生みだすことができる事が明らかになりました。現時点での効率はまだまだ低いですが、エネルギーアップコンバージョンの技術が発展し、エネルギーの低い赤外域の太陽光からエネルギーの高い可視光相当のエネルギーを効率的に生産する事が出来るようになれば、赤外域の太陽光が光触媒反応や光電変換など様々な用途に応用されるようになると期待されます。このため、本発見は未使用エネルギーである赤外光の資源化を加速する大きなブレイクスルーとなると考えられます。
   エネルギーアップコンバージョンを用いることで赤外の光を用いて可視光相当のエネルギーが必要な触媒反応を進めることが出来るという事実は、可視光でしか起こすことのできなかった様々な反応をエネルギーの低い赤外光で進めることが可能な光触媒の開発や高効率の赤外光応答太陽電池への応用が期待されます。今後は、触媒の更なる性能向上とともに、今回発見されたエネルギーアップコンバージョン機構の詳細な解明を進める予定です。

 
4. 研究プロジェクトについて
 本研究は、下記の支援を受けて実施されました。
独立行政法人日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤A 「未開発エネルギー資源である赤外光による化学エネルギー変換プロセスの開発」(JP21H04638)、創発的研究支援事業「赤外光をエネルギーに変える透明太陽電池の開発」(PMJFR201M)、文部科学省「ナノテクノロジープラットフォーム」事業、NIMS微細構造解析プラットフォーム(JPMXP09A17NM0075)
 

●用語解説●

エネルギーアップコンバージョン(高いエネルギーを作り出すアップコンバージョン)アップコンバージョンの現象としては低いエネルギーを持つ光を高いエネルギーを持つ光に変換するフォトン・アップコンバージョンが良く知られていますが、今回は低いエネルギーの光から入射光では誘起することのできない高いエネルギーをもつ状態を誘起していることからエネルギーアップコンバージョンと呼称しています。

 

局在表面プラズモン共鳴(LSPR : Localized Surface Plasmon Resonance)入射光によって誘導される材料中の電子の集団振動を表面プラズモン共鳴といいます。ナノメートルサイズの構造における表面プラズモン共鳴を局在表面プラズモン共鳴と呼びます。

 

時間分解過渡吸収測定サンプルにパルスレーザーを光照射することによって光励起状態や反応中間状態等の過渡種を生じさせ、その減衰・生成過程を光吸収スペクトルの変化として追跡する測定法。材料中で起こるキャリアの動きを直接観察することができるため光誘起電荷移動の詳細な機構を解明する上で有効な計測手法です。

 

プラズモン誘起電荷移動金ナノ粒子と酸化チタンの界面など、LSPR材料と半導体などの接合界面において光照射を行うと、LSPRバンドの励起に伴ってLSPR材料中に形成された熱キャリアが半導体に注入されます。この現象をプラズモン誘起電荷移動と呼びます。