二次元層状ペロブスカイトにおける励起子スピンの特異な空間ダイナミクスの発見 ―新たな室温光スピンデバイスの開発に期待―

本研究成果は、2022年7月29日に米国科学誌「Science Advances」にオンライオン掲載されました。 

 京都大学化学研究所 金光義彦 教授、湯本郷 同助教、関口文哉 同特定助教、若宮淳志 同教授、橋本塁人 同博士後期課程学生、中村智也 同助教の研究グループは、偏光分解ポンプ・プローブ顕微鏡を開発し、二次元層状ハライドペロブスカイト半導体における励起子スピンが室温で特異な時空間ダイナミクスを示すことを発見しました。ハライドペロブスカイト半導体では、円偏光した光を照射することによってスピン偏極した励起子が生成します。そこで、円偏光ポンプ光によって生成された励起子スピンの空間イメージを各ポンプ・プローブ遅延時間で測定することにより、その時空間ダイナミクスを調べました。ポンプ強度が強い時、ポンプビーム形状を反映した励起直後のガウシアン形の空間パターンが、励起から時間が経つにつれてリング状になり、また同時に高速な励起子スピン輸送が生じていることを見出しました。さらに、このような励起強度に依存した特異な励起子スピンの時空間ダイナミクスが励起子多体相互作用に起因していることを明らかにしました。この結果は、二次元層状ハライドペロブスカイト半導体を用いることにより、励起子スピンを利用した新たな光スピンデバイスが室温で実現できる可能性を示唆しており、今後、励起子スピンを用いた情報処理デバイスや円偏光発光ダイオードなどの開発に貢献できることが期待されます。

 
 

図:励起子スピンの時空間ダイナミクス

二次元層状ハライドペロブスカイトに照射する円偏光ポンプ強度が強い時、励起子スピンの空間パターンが励起から時間が経つにつれてリング状になり、同時に高速な励起子スピン輸送が生じていることを発見。
 
1. 背景
 遷移金属ダイカルコゲナイトに代表される原子層半導体物質では、励起子スピンの空間パターン形成や長距離輸送が生じることが観測され、励起子スピンを情報担体として用いるデバイスの開発が期待されています。しかし、これらの物質における励起子スピン緩和時間は短いため、励起子スピンの空間自由度が顕著に現れる現象の観測は低温に限られていました。
 二次元層状ハライドペロブスカイトは有機鎖と二次元ペロブスカイト層が交互に積層した量子井戸構造からなり、量子閉じ込め効果誘電閉じ込め効果によって、励起子が室温でも安定に存在します。さらに、左・右回り円偏光により、スピン偏極した励起子が選択的に励起できるため、新たな光スピンデバイス材料として注目されています。特に、その比較的長いスピン緩和時間から、室温における励起子スピン輸送に向けた興味深い二次元量子材料系であり、その励起子スピンの時空間ダイナミクスの解明が望まれていました。
 
2. 研究手法・成果
 今回本研究グループは、二次元層状ハライドペロブスカイトにおける励起子スピンの時空間ダイナミクスを観測するため、サブピコ秒(<10-12秒)・サブマイクロメートル(<10-3mm)の時空間分解能をもつ偏光分解ポンプ・プローブ顕微鏡を開発しました。円偏光ポンプによって生成された励起子スピンの量を反映して、直線偏光プローブ光の偏光面が回転します。この回転角を高精度に計測し、時間分解空間イメージングを行うことにより、励起子スピンの時空間情報を明らかにしました。二次元層状ハライドペロブスカイト単結晶(BA)2(MA)3Pb4I13(BA = C4H9NH3、MA = CH3NH3)を対象に室温で測定を行った結果、弱励起条件では、ポンプビーム形状を反映したガウシアン形の空間パターンを保ったまま励起子スピンが緩和していく様子が観測されました。一方で、強励起条件では、励起直後のガウシアン形の空間パターンが励起から時間が経つにつれて、リング状の空間パターンへと発展していき、同時に高速な励起子スピン輸送が生じていることを発見しました。さらに、このような励起強度に依存した励起子スピンの時空間ダイナミクスが励起子・励起子交換相互作用に起因していることを明らかにしました。
 
3. 波及効果、今後の予定
 本研究では、偏光分解ポンプ・プローブ顕微鏡を用いることにより、二次元層状ハライドペロブスカイトにおける励起子スピンが、室温で特異な空間ダイナミクスを示すことを明らかにしました。これにより、二次元物質における励起子スピン自由度を利用した光スピンデバイスが室温で実現できる可能性を示しました。さらに、このような特異な光スピン機能に加え、二次元層状ハライドペロブスカイトは、優れた光電・発光特性を示すことが知られており、次世代の太陽電池や発光ダイオード材料として注目されています。従来から盛んに研究されてきた電気・光学特性に加えて、スピンにも注目することで、新たな材料や光電デバイスの開発が期待されます。
 
4. 研究プロジェクトについて
 本研究は、JSPS 科研費・特別推進研究(JP19H05465)の⽀援を受けて⾏われました。
 

●用語解説●

偏光分解ポンプ・プローブ顕微鏡円偏光ポンプ光によって生成された励起子スピンの空間パターンを、直線偏光プローブ光の偏光回転角をイメージングすることにより計測する手法。ポンプ光とプローブ光の時間間隔を制御することにより、励起子スピンの時空間ダイナミクスが測定できます。

 

二次元層状ハライドペロブスカイト半導体[PbX6]4−八面体(X:ハロゲン)と有機分子やセシウムといったAサイトカチオンから成る二次元ペロブスカイト層An−1PbnX3n+1が、有機鎖Lを間に挟んで周期的に積層した二次元層状半導体。nは二次元ペロブスカイト層の厚さを表す整数で、化学式はL2An−1PbnX3n+1。優れた光電・発光特性を示すため、次世代の太陽電池や発光ダイオード材料として注目されている直接遷移型半導体材料。

 

励起子スピン電子・正孔ペアがクーロン力によって束縛した状態である励起子は、電子と正孔それぞれが持つ軌道角運動量とスピン角運動量を反映した角運動量を持ちます。二次元層状ハライドペロブスカイト半導体では、全角運動量の光の進行方向への射影成分が±1の励起子が光学応答を決定します。この射影成分や射影成分を持った励起子集団の事を励起子スピンと言います。

 

円偏光光の進行方向に対して垂直な面内で、光の振動電場が円を描き、角運動量を持っている偏光状態。

 

ガウシアン形ガウス分布(正規分布)と呼ばれる確率分布を表す関数の形。通常、レーザービームの強度分布はガウス分布で記述することができます。

 

励起子多体相互作用励起子と励起子の間に働く相互作用。

 

原子層半導体物質原子一個もしくは数個分の厚さしか持たない半導体材料。2010年のノーベル物理学賞で知られるグラフェンが最初の原子層物質として作製されて以来、半導体、金属、磁性体など様々な性質を示す原子層物質が作製されています。

 

量子井戸構造半導体材料中の電子を、三次元方向のうち一方向でナノメートル(10-9メートル)のスケールに閉じ込めた半導体ナノ構造。

 

量子閉じ込め効果、誘電閉じ込め効果量子井戸構造では、電子と正孔がナノスケールの空間サイズに閉じ込められるため、励起子束縛エネルギー(電子と正孔が束縛状態を取ることにより安定化するエネルギー)が三次元バルクの時に比べ増大します(量子閉じ込め効果)。また、励起子が存在する領域(井戸層)の近傍(バリア層)の誘電率が小さい時、励起子を構成する電子と正孔間に働くクーロン力の遮蔽が小さくなり、励起子束縛エネルギーが大きくなります(誘電閉じ込め効果)。