世界最小粒径のナノダイヤモンド温度計測に成功  ―細胞内など微細な対象の精密な温度測定へ前進―

本研究成果は、2022年7月13日に国際学術誌「Carbon」に掲載されました。 

 京都大学化学研究所 水落憲和 教授、藤原正規 同特定研究員、大木出 同研究員と、株式会社ダイセルとの共同研究グループは、独自に開発したシリコン-空孔(SiV)中心を含む爆轟(ばくごう)ナノダイヤモンド(SiV-DND)を用いて温度計測の実証に成功しました。今回用いたナノダイヤモンドの粒径は20 nm程度で、これまで温度計測が報告されているナノダイヤモンドの中で世界最小径です。
 細胞内などの微小な領域を計測できる温度センサとして、ナノダイヤモンド中の発光中心が注目されています。結晶中に存在する不純物や欠陥の中には、光照射すると発光する発光中心と呼ばれるものがあり、それらは構造に応じて様々な発光波長や特性を持ちます。ナノダイヤモンド温度センサとしては、発光中心の中でも窒素-空孔(NV)中心が盛んに研究され、高い温度感度が実証されていますが、高感度温度計測には可視光とマイクロ波の両方を照射する必要がありました。一方、SiV中心は鋭い発光スペクトルを示し、ピーク波長などの温度依存性を利用することで、光のみで温度変化を感度よく検出できるという応用上重要な特長があります。しかし、これまでSiV中心を用いた温度計測での最小粒径は200 nmでした。近年、株式会社ダイセル、京都大学、およびその他研究機関により、大量に合成可能な爆轟法によって、SiV中心を含む1桁nmサイズのナノダイヤモンドを効率的に合成することに成功しました。今回、構築した温度精密制御装置を用い、ナノレベルの微小なSiV-DNDの高感度温度センサとしての有用性を実証しました。今後は、ナノダイヤモンドの特長を活かし、生命科学分野等での応用が期待されます。

 
 
図 ナノダイヤモンドを用いた世界最小粒径での温度計測を実証。
 
1. 背景
 微小な領域の温度を計測できる、高空間分解能と温度の高感度を両立する温度センサとして、ナノダイヤモンド中の発光中心が注目されています。粒径が数百ナノメートル未満のダイヤモンド結晶(ナノダイヤモンド)は、発光中心と呼ばれる不純物や欠陥、及びそれらの複合体を結晶内に含むことで、様々な発光特性を持ちます。さらに、ナノダイヤモンドは物理的・化学的に安定であること、生体毒性が低いこと、表面処理技術を用いることで特異的なターゲティングや位置追跡が可能であること等の利点を有し、特に生命科学分野での応用が期待されています。ナノダイヤモンド温度センサでは、数ある発光中心の中でも窒素-空孔(NV)中心が盛んに研究されています。NV中心は、室温でも操作可能な電子スピンを持ち、それを可視光とマイクロ波を用いて制御・検出できます。その電子スピン状態が温度に対して敏感であることを利用して高い温度感度が実証されていますが、電子スピンの制御・検出には可視光とマイクロ波の両方が必要となります。一方、シリコン-空孔(SiV)中心は近赤外光(中心波長737 nm)に鋭く安定した発光を持ち、温度によって発光の中心波長が変化するため、光のみで細胞内部などの微細な領域の温度検出が可能なセンサとして期待されています。しかし、これまで温度計測が報告されているSiV中心含有ナノダイヤモンドの最小粒径は200 nmでした[参考1]。生命科学研究では、細胞膜や細胞核膜へのダメージを抑えつつ、細胞小器官や細胞核内に導入するには粒径30 nm以下であることが望ましいため、更なる小粒径化が課題でした。
 本研究グループはナノダイヤモンドの小粒径化に向けて爆轟法に注目しました。爆轟法は小粒径のナノダイヤモンドを大量に合成できるため、産業応用上重要な合成方法です。以前は爆轟法でナノダイヤモンド中にSiV中心を含有させる技術が確立されていませんでしたが、近年、株式会社ダイセル、京都大学、およびその他研究機関により開発した新規爆轟法で、効率的にSiV中心を含む1桁nmサイズのナノダイヤモンドを合成することに成功しました。今回、このSiV中心爆轟ナノダイヤモンド(SiV-DND)の温度依存性を調べることで、我々が開発した微小なSiV-DNDが、実際に高感度の温度センサとして利用できることを実証しました。
 
 
図1 (a) SiV中心含有爆轟ナノダイヤモンド(SiV-DND)の合成方法。シリコン化合物を添加し、起爆して爆轟を起こす。(b) 分級処理後のSiV-DNDの透過電子顕微鏡画像。画像から個々のSiV-DNDの粒径サイズを解析した結果、平均粒径はおよそ20 nmと見積もられた。
 
2. 研究手法・成果
 今回用いた試料は、図1(a)に示す株式会社ダイセルが開発したSiV-DNDを基本として[参考2]、更に分散処理(凝集して固まっているナノダイヤモンドを分散)、表面ポリマーコーティング(次の分級処理のための作業で、再凝集をなるべく抑制する)、分級処理(超遠心分離で粗大な粒子を取り除く)をしたSiV-DNDを用いました。図1(b)は分級処理後のSiV-DNDを透過電子顕微鏡で観察した様子です。画像から個々のSiV-DNDの粒径を解析した結果、平均粒径はおよそ20 nmとなりました。
 図2(a)は自作の温度制御可能な共焦点レーザー顕微鏡で観察した、カバーガラス上のSiV-DNDの発光画像です。ガラス全面にSiV-DNDが分布していますが、強い発光を示す輝点でSiV-DNDの発光スペクトルと温度依存性の測定を行ったところ、この輝点はいくつかのSiV-DNDが集まった凝集体と考えられます。図2(b)は輝点部で観察した発光スペクトルです。温度22.0 ℃で測定すると、波長約737 nmでピークを持つSiV中心由来の発光が観測されましたが、温度を40.5 ℃に上昇させるとピーク波長は長波長側に移動しました。これは熱によって、ナノダイヤモンドを構成する炭素原子間の結合距離が僅かに変化することや、炭素原子間の振動の仕方が変化することなどが影響しています。図2(c)はピーク波長の温度依存性を調べた結果です。生きた細胞などの生体試料に適した温度(37 ℃前後)付近で、ピーク波長が温度に対して線型に変化していることが確認できます。また今回、26個の輝点で温度に対するピーク波長の変化率を調べた結果、平均値は0.011 nm/Kとなりました。これは既報のバルクダイヤモンド中のアンサンブルSiV中心で得られた結果(0.0124 nm/K)と近い値となり[参考1]、我々のナノダイヤモンドが温度センサとして利用できることを意味します。
 我々は、得られた変化率を利用して、輝点部での温度感度測定を行いました。温度感度とは測定時間1秒あたりに検出できる温度の正確性を表す指標です。今回調べた輝点では最高で1.1 K/(Hz)-1/2、平均で2.9 K/(Hz)-1/2となりました。これは10秒の積算時間で1 K以下の温度精度が得られることを意味し、生体試料の温度測定に十分適用可能な感度です。また、今回用いたナノダイヤモンドの粒径(20 nm程度)は、これまで温度計測が報告されているNV中心などの他の発光中心を含め、ナノダイヤモンドの中で世界最小径です。
 
 
図2  (a) カバーガラス上に塗布したSiV-DNDの発光画像。ガラス全面にSiV-DNDは塗布されている。強い発光を示す箇所(輝点)で特に強いSiV中心の発光スペクトルが確認できた。(b) 試料温度を22.0℃と40.5℃にした時の輝点部における発光スペクトル。波長約737 nmでピークを持つSiV中心由来の発光が確認でき、温度上昇に伴ってピーク波長が長波長側に移動している。(c) ピーク波長位置の温度依存性。青点が実験データ、赤線が直線フィッティングの結果。
 
3. 波及効果、今後の予定
 今回、我々が共同開発したSiV-DNDを用いてピーク波長の温度依存性を調べ、20 nm程度の極めて微小なサイズで、光のみによる高感度温度センサとして動作することを実証しました。NV中心を用いた温度センサに比べ、光照射と光検出のみにより動作する点が特長で、より簡便な計測応用への展開が期待されます。SiV-DNDの粒径サイズ20 nmは細胞内の小器官や細胞核内への導入が可能なサイズであり、バイオセンシングをはじめとした生命科学分野等での応用開発が期待できます。今後の予定としては、更なる高感度化、また実際にSiV-DNDを生体試料へ導入してのバイオイメージング及び温度センシングを進める予定です。より高い感度が得られれば、より短時間での測定が実現し、高い温度精度が得られます。そのためには個々のSiV-DNDに含まれるSiV中心の含有率を高めると共に、発光強度を高効率に検出できる検出系の改良や解析法の改良などの研究を進めていく予定です。
 
4. 研究プロジェクトについて
 本研究は、文部科学省光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)「量子生命技術の創製と医学・生命科学の革新」(代表者:馬場嘉信 量子科学技術研究開発機構 量子生命科学領域領域長、JPMXS0120330644)、科学研究費・基盤A「ダイヤモンドNV中心の量子状態高度制御による量子センシング顕微鏡計測研究」(代表者:水落憲和、21H04653)の支援を受けて行われました。
 

●用語解説●

爆轟法爆薬(TNTとRDXの混合物)を密閉した状態で起爆させることで、爆発時に得られる高温高圧環境を利用し、爆薬を構成する炭素原子から瞬時にナノダイヤモンドを生産する方法。ナノダイヤモンドの主要な合成方法の一つで、もう一つの主要な合成方法(高温高圧法で合成したマイクロダイヤモンドを破砕して小さくする方法)と比較して小粒径のナノダイヤモンドを安価に大量生産できる点が特徴。

 

透過電子顕微鏡電子線を試料に照射して対象を観察する顕微鏡。通常の光学顕微鏡では光(ランプ光、レーザー光)が照射源なのに対して、電子線を照射源に用いる。高エネルギーで電子を加速するため比較的大型装置が必要だが、通常の光学顕微鏡と比べて遥かに高い空間分解能が得られる。

 

共焦点レーザー顕微鏡レーザー光を試料の特定範囲に集光し、その位置からの発光のみが通過できるようなピンホールを検出器前に配置した光学顕微鏡。試料位置もしくはレーザー光の入射角を掃引することで2次元画像や3次元画像が得られる。通常の光学顕微鏡と比較して高い信号/ノイズ比と優れた空間分解能を持ち、細胞等の生体試料の観察にも利用される。

 

 
参考文献
[1] C. T. Nguyen, R. E. Evans, A. Sipahigil, M. K. Bhaskar, D. D. Sukachev, V. N. Agafonov, V. A, Davydov, L. F. Kulikova, F. Jelezko, M. D. Lukin, Appl. Phys. Lett. 112 (2018) 203102.
[2] Y. Makino, T. Mahiko, M. Liu, A. Tsurui, T. Yoshikawa, S. Nagamachi, S. Tanaka, K. Hokamoto, M. Ashida, M. Fujiwara, N. Mizuochi, M. Nishikawa, Diam. Relat. Mater. 112 (2021) 108248.