無磁場下において超伝導ダイオード効果の制御に成功 ―超低消費電力の不揮発性メモリなどの実現に期待―

本研究成果は、2022年6月30日に国際学術誌「Nature Nanotechnology」にオンライン掲載されました。 

 京都大学化学研究所の成田秀樹 特定助教、小野輝男 教授らの研究グループは、同研究所の島川祐一 教授、菅大介 准教授、同大学大学院理学研究科の柳瀬陽一 教授、スイス連邦工科大学の石塚淳 研究員 (現 新潟大学助教)、極東連邦大学のAlexey V. Ognev 教授、Alexander S. Samardak 同教授らと共同で、強磁性体を含む極性超伝導多層膜において、外部磁場を用いずに一方向にのみ電気抵抗がゼロとなる超伝導ダイオード効果を観測しました。
 ダイオード効果とは、順方向に電流をよく流す一方で逆方向にはほとんど流さない効果であり、整流器やAC-DCコンバータ等の電子機器に広く用いられています。従来の半導体ダイオードは、低温では電気抵抗が大きく動作時のエネルギー損失や発熱が問題となりますが、超伝導体では電気抵抗がゼロであるため、非散逸な電子回路への応用が期待されています。しかし、これまでは超伝導体においてダイオード効果を実現するためには、外部磁場が必要であり、実用化には限界がありました。
 本研究では、ニオブ(Nb)層、バナジウム(V)層、コバルト(Co)層、バナジウム(V)層、タンタル(Ta)層から構成される極性構造を有した超伝導/強磁性多層膜において、強磁性体であるCoの磁気状態を制御することによって、外部磁場がない状態でも臨界電流の大きさが電流方向に依存することを発見し、さらに無磁場下において超伝導ダイオード効果の方向を制御することに成功しました。この成果は、超低消費電力の新しい不揮発性メモリや論理回路の実現へ貢献することが期待されます。

 
図 超伝導ダイオード効果のイメージ
 
ポイント
・物質中の空間反転対称性の破れに起因したダイオード素子は、主に半導体を用いた電子回路を構成する基本的な部品として使用されていますが、その概念を超伝導体に拡張した超伝導ダイオード効果を発現させるためには外部磁場が必要でした。
・本研究は、薄膜積層方向に極性構造を有する超伝導/強磁性多層膜Nb/V/Co/V/Taにおいて、外部磁場を印加せずに磁化と電流の方向によって超伝導―常伝導スイッチング(無磁場下における超伝導ダイオード効果)を実証しました。
・本研究成果により、超低消費電力の電子回路への応用に向けて空間反転対称の破れた新奇超伝導体における機能性の開拓が推進するものと期待されます。
 
1. 背景
 物質中に空間反転対称性の破れが存在するとき、電流の非線形応答によって非相反電荷輸送が生じることが期待されます。一般的な半導体ダイオードは有限の電気抵抗を持っており、さらに低温においても電気抵抗が大きいため、各部品におけるエネルギー損失が問題となります。一方で、そのような問題の解決に向け、電気抵抗がゼロである超伝導体を用いて、ある特定の方向においてのみ抵抗がゼロとなるような超伝導ダイオードが報告されてきましたが、その動作には外部磁場が必要であり、実用化への妨げとなっていました。
 
2. 研究手法・成果
 本研究では、空間反転対称性の破れた超伝導体として、Nb、V、Co、V、Taから成る多層膜をスパッタ法で成膜しました。図1(a)のような極性構造を有する多層膜試料を細線形状に微細加工し、図1(b)のような電流源と電圧計を用いた測定配置で4端子電気抵抗測定を行いました。多層膜面内かつ電流と直交する方向に外部磁場を印加し、強磁性体であるCo磁気状態を変化させながら、電気抵抗の直流電流依存性を調査しました。その結果、この多層膜では超伝導と強磁性が共存するだけでなく、Nb/V/Co/V/Ta多層膜の臨界電流が磁化と印加電流の方向によって異なり、Coの磁気状態を制御することによって、外部磁場が印加されていない状態においても超伝導―常伝導スイッチングを実証することに成功しました。さらに、磁化方向の正負で超伝導ダイオード効果の方向を制御することにも成功しました。
 今回観測された無磁場下における超伝導ダイオード効果は、多層膜積層方向の空間反転対称性の破れによる効果であると考えられます。
 
 
図1
(a) Nb/V/Co/V/Ta多層膜を用いた試料の実験配置の概念図。空間反転対称性が破れているのは多層膜積層方向であり、印加電流、及び外部磁場とそれぞれ互いに直交している。
(b) 4端子電気抵抗測定に用いたNb/V/Co/V/Ta多層膜素子の光学顕微鏡図。
 
図2 無磁場下における超伝導―常伝導スイッチングの例(1.9 K)。電流密度の値を72.7 kA cm-2にし、外部磁場を印加していない状態においても、磁化状態の正(+M)、負(-M)、または電流方向の正負を制御することによって、超伝導状態と常伝導状態をスイッチングできることが実証されました。
 
 
3. 波及効果、今後の予定
 本研究で観測された不揮発性超伝導ダイオード効果は、外部磁場を用いずに、エネルギー非散逸かつ方向制御可能な電荷輸送技術の確立に向けて新たな知見と可能性を提示しました。さらに多層膜構造では、構成元素、積層回数、積層順序等の物質設計の自由度が高いため、今後は超低消費電力の新しい不揮発性メモリや論理回路への応用の観点から、ダイオード性能の向上、及び新奇物質の探索が行われると考えられます。
 一方で、磁性によって超伝導体ダイオード効果が変調される微視的なメカニズムについては今なお不明瞭な点が多く残されており、実験と理論の両面からアプローチして解明することが求められています。
 
4. 研究プロジェクトについて
 本研究の一部は、科研研究費補助金「特別推進研究(15H05702)」、「基盤研究S(15H05745、18H05227、20H05665)、B(18H01178)」、「若手研究(21K13883)」、「挑戦的研究(開拓)( 21K18145)」、「新学術領域研究:多極子伝導系の物理(15H05884)、トポロジーが紡ぐ物質科学のフロンティア(18H04225)、量子液晶の物性科学(19H05823)」、「公益財団法⼈双葉電子記念財団(223061)」、「公益財団法⼈池⾕科学技術振興財団(0341068-A)」、「Russian Ministry of Science and Higher Education for state support of scientific research, scientific foundations and state research centres(075-15-2021-607)」、スピントロニクス学術研究基盤連携ネットワーク、京都大学化学研究所共同利用・共同研究拠点の助成を受けて行われました。
 

●用語解説●

極性超伝導多層膜、極性構造、多層膜極性構造とは分子や結晶の構造に起因して、分子や結晶内に電気的な偏りが生じている構造。非対称な薄膜積層構造の場合には、積層方向に電荷の偏りが生じることが期待されます。多層膜とは、成膜技術を用いて複数の種類の原子を繰り返し積層し、作製された薄膜のこと。本研究ではNb、 V、Co、V、 Taを1つのユニットとして考え、このユニットを20回繰り返したABCBD構造を採用しています。[ABCBD][ABCBD]…という積層構造は空間反転によって[DBCBA][DBCBA]…という非等価な構造となるため、ABCBD構造の多層膜は積層方向に空間反転対称性が破れています。極性超伝導多層膜とは、極性構造を有する超伝導を示す多層膜のことです。

 

超伝導ダイオード効果物質中のある方向に電流を流した場合には超伝導状態(ゼロ抵抗の状態)になり、逆向きの電流の場合には常伝導状態(有限抵抗の状態)になる現象。

 

整流器電流を一方向にだけ流す作用を有する素子。

 

超伝導体通常の導体とは異なり、電気抵抗がゼロとなり、エネルギー散逸なく電流が流れる状態を超伝導状態と呼びます。

 

不揮発性メモリ電源を切っても記憶情報が保持されるメモリのこと。

 

空間反転対称性の破れ3次元の空間座標の符号を反転する操作のことを空間反転操作と呼び、この操作を施したときに元の状態と変わらないことを「空間反転対称性がある」と表現します。一方で、空間反転によって元とは異なる状態となることを「空間反転対称性の破れ」と言います。ダイオード効果の発現には空間反転対称性が破れている必要があります。

 

非相反電荷輸送電流方向の正負で電気伝導特性が異なる現象のこと。今回の場合、多層膜の垂直方向に空間反転対称性が破れている極性構造であり、極性軸方向、電流方向、及び外部磁場の方向(または磁化方向)が互いに直交している状態で、非線形な効果が生じていると考えられます。

 

臨界電流超伝導状態を保持した状態で、超伝導体に流すことができる最大の電流値のこと。電流は波動関数の空間的な位相ずれを与えるため、位相秩序である超伝導を破壊する臨界電流が存在します。