半導体ナノ粒子からの高次高調波観測により物質中の新たな光学遷移過程を発見 ―レーザー光で固体中の電流を超高速制御する次世代フォトニクス応用に期待―

本研究成果は、2022年6月23日に英国の国際学術誌「Nature Physics」にオンライン掲載されました。 

 京都大学化学研究所の金光義彦 教授、廣理英基 准教授、同大学大学院理学研究科 中川耕太郎 博士後期課程、猿山雅亮 特定准教授、寺西利治 教授、筑波大学計算科学研究センター 佐藤駿丞 助教らの共同研究グループは、赤外のレーザーパルスを半導体ナノ粒子に照射して生じる高次高調波強度のサイズ依存性を精密に測定することにより、固体における高次高調波の発生機構を明らかにしました。近年、原子や分子ガスに赤外線レーザーパルスを照射すると、その整数倍の振動数をもつ高次高調波が発生し、X線に至る高い振動数の光やアト秒(10-18秒)パルス光を作り出すことができるようになり 、新たなフォトニクス技術が生まれようとしています。最近では、ガスから固体材料へと高次高調波発生の研究が発展し、ガスに比べて高い原子密度を有する固体を利用した高効率な高調波光源の開発が可能となり、また発生過程を利用した固体材料自身の新たな分析方法としての応用が期待されています。しかしこれまで、固体からの高次高調波の研究は、そのほとんどがバルク結晶を対象とし、その発生機構の理解は十分ではありませんでした。本研究では、化学的な手法により精密にサイズ制御された半導体ナノ粒子(CdSe、CdS)からの高次高調波を測定し、直径が約2nmより大きくなるにつれて高調波強度が100倍程度増大することを発見しました。これは、レーザー照射中に生じるバンド間の多光子吸収過程と生成された電子のレーザー電場による加速運動が同時に起こることによって生じることがわかり ました。本研究でレーザーの光電場の周期という極めて短い時間内で固体中の電子運動を操作できることがわかり、高次高調波光の特性を制御する技術としてだけでなく、高精度なレーザー加工、レーザーの光電場で電流を制御する強電場フォトニクス開発にもつながる重要な知見を与えるものです。

 
 
図 赤外線レーザーパルスを半導体ナノ粒子に照射して、高次高調波が発生する様子を示す概念図。
 
1. 背景
 固体中の周期的ポテンシャルにおける荷電粒子(電子と正孔)の運動の記述は、量子力学の最大の成功の1つであり、この成功は固体物理学を大きく発展させ、エレクトロニクスの進化を通じて我々の社会を支えるまでに至りました。一方、近年急速に発達した高強度レーザー技術によって、固体内で電子が原子核から受けるクーロン引力(10 V/nm)に匹敵する強度の電場を物質に印加できるまでになりました。この高強度レーザーパルスの照射によって全く新しい現象を創発し、またその観測が可能となっています。現在もさらに研究は進展しており強電場光科学という学問が形成されつつあります。その重要な課題のひとつとして、固体からの高次高調波発生の研究があります。入射電場の整数倍の周波数をもつ高次高調波の発生は、アト秒パルス光源や、固体内の電子状態の光学的な観測に利用されつつあり、新たな強電場フォトニクス技術の確立に向けた研究が世界中で精力的に行われています。固体では、原子・分子における離散的なエネルギー準位に基づく高調波発生とは異なり、光電場によってごく短時間に強く駆動された励起電子のバンド内での運動に起因すると考えられてきました。しかし、これまで研究対象となった多くの物質は単純なバンド構造を持つバルクの半導体に限られ、固体の高調波発生メカニズムの解明には至っていませんでした。
 
2. 研究手法・成果
 固体における高次高調波発生では強いレーザー光電場による電子駆動が重要な役割を担っていると考えられてきました。ナノ粒子では、大きなバルク結晶(連続状態)と小さな原子・分子(離散化準位の電子)との中間に位置する領域でサイズを変化させることにより電子の動ける領域を操作できます。このため、バンド電子の加速運動や励起状態を制御でき、精密な分光により高調波発生のメカニズムに新た知見を与えることが期待されます。私たちは、ナノスケールで構造制御されたナノ構造体に対する系統的な実験が極めて重要であると考えています。本研究では、化学的手法により精密にサイズが制御された半導体ナノ粒子(CdSe、CdS)に、赤外線レーザーパルスを照射することで、可視から紫外領域の広い波長領域にわたる高次高調波を観測しました。そして、直径が約2nmより大きくなるにつれて高調波強度が100倍程度増大することを世界で初めて発見しました(図1)。高調波発生の機構の理解をさらに深めるために、赤外線レーザーパルス照射直後に生成するキャリア密度を測定し、発生する高調波の強度のナノ粒子サイズ依存性と同様の変化を示すことがわかりました。観測されたこれらのサイズ依存性を、半導体ナノ粒子の電子状態のサイズ効果を取り込んだ理論計算によって再現することにも成功しました。これらの結果から、レーザーパルス照射によって生じるバンド間の多光子遷移だけでなく、レーザー電場による電子の加速運動(バンド内遷移)によって多光子吸収が増強され、励起キャリア密度の増大さらには高調波発生効率が大きく増大することがわかりました。とくに、連続的な電子状態を有し電子運動が空間的に制限されにくい大きなサイズのナノ粒子では、より効率的なバンド内遷移が生じ、急激な高調波強度の増大をもたらすことを明らかにしました。
 
 
図1 赤外線レーザーパルスを半導体ナノ粒子(CdSe)に照射して生じる高次高調波強度の直径依存性。
 
3. 波及効果、今後の予定
 本研究は、これまで未解明であった固体からの高次高調波の発生機構の理解に大きな進展をもたらすものです。とくに、従来の非線形光学の教科書では説明できなかったバンド内遷移の重要性を明らかにし、極限非線形光学の研究を大きく進展させることができました。応用的には、レーザーの光電場の周期という極めて短い時間内での電子運動を、材料のサイズによって操作できることがわかり、高次高調波光の特性を制御する技術に重要な知見をもたらしました。これらのレーザー光強電場下での光学遷移に関する新たな知見は、レーザー加工の精度向上やレーザーの光電場で電流を制御する次世代のフォトニクス開発の礎となることが期待されます。
 
4. 研究プロジェクトについて
 本研究は、JSPS 科研費・特別推進研究(19H05465)の助成⾦の⽀援を受けて⾏われました。
 

●用語解説●

高次高調波レーザー光を物質に照射したときに、入射したレーザー波長の整数倍の波長を持って発生する光のことを高次高調波光と呼ぶ。原子や分子などの気体からの高次高調波発生が精力的に研究されてきて、最近では固体からの高次高調波発生が観測され、新たな研究領域として発展している。

 

バルク結晶空間の3次元方向のサイズが原子の大きさに比べて十分大きいとみなせる結晶。

 

バンド固体結晶内で電子が存在できるエネルギー準位で、特に帯状の構造のこと。

 

多光子吸収過程光励起によって電子が異なるエネルギー状態間を遷移する際に、複数のフォトンのエネルギーを吸収して遷移する過程。

 

離散的なエネルギー準位バルク結晶では電子は連続的なエネルギー状態をとりうる。これに対し、原子や分子の中の電子が存在できるエネルギーは飛び飛びとなり、その不連続なエネルギー状態のこと。